戦慄のアムステリア
「噂はすでに広がっているか……」
一足先にベガディアル・オークションに着いたウェイルは人の多さに驚愕していた。
オークションは夜からだというのに、すでにオークションに参加するための列が出来ていた。
だが驚くべき点はそこではない。
これほどの人数が、真珠胎児を欲しがっているという点だ。
偽物だと知りつつも、噂の三つの本物欲しさにここに来ているのだ。
「こいつら本当に人間なのかよ!」
ウェイルが不満をぶちまける。
「ウェイル、落ち着いて」
アムステリアとフレスも後から到着した。
「凄い人数だね……。嫌な人達だよ……」
フレスも同じ気持ちのようだ。
「二人共、不満を漏らすのは後にして。中に入るわよ」
アムステリアが先陣を切り、三人は列を掻き分け入り口へと向かう。
「おい、まだ準備中だ。出品者以外は立ち入り禁止だ」
オークションハウスの警備員が道を塞ぐ。
「俺はプロ鑑定士だ。今日の競売品を鑑定しに来た。これが証明書だ。道を開けろ」
ウェイルは自分のプロ鑑定士免許を取り出し警備員に見せた。
これを見せれば大抵のオークションハウスに無条件で入ることが出来る。
しかしこの警備員は微動だにしなかった。
「だめだ。オーナーの命令で出品者以外立ち入り禁止だ。鑑定士だろうが例外は認めん」
どうしても道を開ける気はないらしい。
いくら免許を見せても入れてくれない警備員に、アムステリアがしびれを切らしイラついていた。そしてとうとう堪忍袋の緒が切れたらしい。
「下がりな、ウェイル。……おらぁ!!」
と、警備員の股間を蹴り飛ばした。
「ぐふぅ……」
警備員の身体はくの字に曲がり、そのまま崩れ落ちる。
周囲の人間は『痛そう……』、『ありゃ当分目覚めねぇな……』等と口々に噂した。
「あら、ごめんあそばせ! 足が滑ってしまいましたわ!! あはははははははは!!」
高らかにそう宣言するアムステリアからは、何者も寄せ付けない負のオーラが発されていた。周りの人々も怖気づいたのかアムステリアに近寄るものはいない。
「ウェイル……、やっぱりこの人怖すぎるよ……」
フレスはウェイルの服の袖を掴む。
「ああ……、俺だって怖いよ」
「二人共、急ぎな!」
三人はベガディアル・オークション潜入に成功した。
――●○●○●○――
内部はオークションの準備で忙しなく人が動いていた。
「貴様ら何者だ! 関係者以外、立ち入り禁止だぞ! 出て行け!」
偉そうな声が飛んでくる。
声の主はおそらく周囲に指示を出していたあたり、このオークションハウスのオーナー、ベガディアル本人のようだ。
「おい、真珠胎児の出品者はどこだ!!」
「答える義理はない。おい、摘み出せ!」
どうやら聞く耳を持たないらしい。
「うふん、どうやら私の出番ね。ねぇ、ベガディアル様?」
アムステリアが色気たっぷりな声でベガディアルを呼ぶ。
「うっ……。な、なんだ?」
「真珠胎児の出品者はどこ? 一目お会いしたくて」
――色っぽい。なんて艶のある声だ。
だがウェイルとフレスには悪魔の囁きにしか聞こえなかった。
鳥肌が止まらない。フレスも震えていた。
「そ、そんなこと答えられるわけないだろ!」
ベガディアルが一瞬たじろぐ。その隙をアムステリアは見逃さなかった。
――突如ベガディアルに手を回し、唇を奪ったのだ。
「――なっ!」
「どこ? 教えてくれたらもっといいことしてあげるのだけど?」
「なんだ!? そのいいことってのは……。私を嵌めようというのか?」
「やだ、私に言わせる気? いけずね」
アムステリアのウインク攻撃がベガディアルに襲い掛かる。
「嵌めようとしているわけじゃないのよ? ただ貴方に一目惚れしただけ。だって仕方ないじゃない? 貴方、男前なんだもの。ふふっ」
目を細めベガディアルを誘う。
その姿はウェイルにはただただ恐ろしくみえた。
「うっ……。……ふふふ、解った。そのいいことってのをしてやろうじゃないか……」
――落ちた。落ちてしまった。なんと恐ろしい……。
「それにもし罠だとしても私は男だ。女の貴様より力はある。たっぷりと料理してやるよ。真珠胎児の出品者はあの奥の部屋だ」
「アムステリアをそこらの女と同じに見ると死を見るぞ……」
ウェイルの呟きは幸か不幸かベガディアルの耳に入ることはなかった。
ベガディアルには少し同情してしまう。ともあれ場所を聞くことが出来た。
「ねぇ、ウェイル。いいことって何するの?」
純粋無垢なフレスがこれほどまでに可愛いものかと心底思い知らされた。
やはり純粋さが一番であるとウェイルは心から噛み締めた。
「何するの?」
「……後で教えてやる。それよりも出品者を探すぞ」
「うん。わかったよ。後できっと教えてよね♪」
(――教えるつもりはないけどな)
「さあ、こっちよ♪ ベガディアル様」
アムステリアがベガディアルを別の部屋へと連れ込んだ隙に、ベガディアルが指差した部屋に入る。
部屋には出品物と思われる箱が積まれていた。この部屋で間違いはないだろう。
部屋の奥から人の気配を感じる。
次第に会話が聞こえてきた。
人数は二人だろう。男と女の声だ。
「お前らが『不完全』だな! 姿を見せろ!!」
ウェイルとフレスは意を決し、二人の前に飛び出した。
だが次の瞬間、ウェイル達は凍りつくことになる。
「――なっ、お前っ……!?」
「――え……!?」
何故なら二人が見た『不完全』と思われる人物は――
――イレイズとサラーだったからだ。