『異端児』
「……もう、しつこいわね……!!」
「ねぇ、もう諦めてってば」
アムステリアの脱退は、すぐさま『不完全』の間で大問題となり、いつしかアムステリアは組織から命を狙われる立場となっていた。
当然、自分の命を救ってくれた組織を裏切ったわけだ。
アムステリアとて悪いとは思っている。特にイドゥはアムステリアの裏切りによって責任を追及されている事だろう。
だが、もうルミナステリアと決別した今、そしてイングのいるこの組織とは、縁を切らねばならないと決心したのだ。
「……クッ!」
「あらら、弓矢を手で掴みとった人なんて初めてだよ……。お姉さん、実は人間じゃない?」
「どうかしらね。一般人ではない、とだけは言えるけど」
「う~ん。弓でも無理なら今日は諦めるしかないね。ばいばい、お姉さん、また来るね!」
「もう来なくていいわよ!」
日増しに数を多くする敵の追手。
ほとんどの連中は大した実力ではなく、素手だけでも難なく倒せたのだが、問題はイドゥの送ってくる刺客であった。
イドゥの刺客のほとんどは、アムステリアよりも若い少年少女達である。
別に少年少女だからと言って、手加減したつもりはない。
ただ、彼らは強かった。強いと同時に忍耐力があったのだ。
――そして何より――狂っていた。
とある日は、長い爪を武器とする少年。
「俺が勝ったら、お前の目を貰う」
「下種な趣味してるのね。お姉さん、心配よ? 君みたいに若い子が、そんな気持ち悪いこと言うなんて」
「黙れ、ババァ」
「――――寝てなさい、クソガキ」
少年が意識を失うのに5秒も掛かってはいなかった。
とある日はロリータファッションの女の子。
「るーしゃをいじめたクソババア、殺す」
「また趣味の悪い奴が来たわね。るーしゃって誰よ?」
「貴方が昨日イジめた奴。私、許さない」
「あらら、貴方、あのガキのことが好きなの?」
「…………っ!!」
どうやら図星みたい。
「でもあんた、そいつから見向きもされてないでしょう?」
「うう……、そんなこと、ない、もん……」
「本当に? そうは見えないけど?」
「……ちょっと、るーしゃのことで悩んでる……」
「そっか。ならお姉さん、恋愛相談に乗っちゃおうかな。ほら、話してみると良い方法が見つかるかも。貴方、お名前は?」
「……スメラギ」
「スメラギは、そのるーしゃって奴をどうしたいの?」
「私の虜にしたい。恋の奴隷にしたい。監禁したい」
「……イドゥの奴、本当に趣味の悪い奴ばかり集めてくるわね……」
という風に恋愛相談しはじめたり。
とある日は、一番顔なじみになった少年が凝りずにやってきた。
「おねーさん、今日も来たよ! そろそろ殺されてくれないかな?」
「……また貴方なのね……」
名も知らない少年贋作士。
いつもいつも顔に仮面をつけている、気味の悪い少年だった。
年齢は、おそらく17か18くらい、20は歳を重ねていないだろう。
「そろそろオッサンがうるさいんだよね。おねーさんを早く殺せってさ。別に僕等はあまり興味がないんだけど」
「なら別に命令なんて無視してしまえばいいじゃない」
「うん。そうだね。命令違反なんていつものことだし、今日もいいかな?」
珍しく、この日は自ら武器を下げてくる少年。
「このまますぐ帰るもの億劫だし、少しお話しない? ほら、スメラギとはよく話してるそうじゃない?」
「そうね」
唐突に彼から出された提案。
「ええ。いいわよ。貴方とは一度話してみたかったし」
アムステリアもすぐに快諾した。
実のところ、アムステリアも彼らという存在に興味があった。
何せ自分と同じイドゥに命を助けられたというのだ。
「貴方、イドゥに引き取られた子? 他のガキンチョもそうなんでしょ?」
「うん、そうだね。まあ、僕はイドゥに助けられてないけどさ。他の子は大抵そうかな。スメラギもそうだしさ」
「貴方の他にどれくらいいるの? 私が言うのも何だけど、子供の贋作士って珍しいから」
「子供って言っても、もう17なんだけどなぁ。見えない?」
「いつも仮面をつけてるもの。見えるわけないじゃない」
「アハハ、そっか、そうだよねー。で、今の質問なんだけど、そうだなぁ、20人くらいはいるんじゃないかな?」
「……最近はかなり多いのね?」
アムステリアが少女だった時代は、10人もいなかったはず。
「どうかなぁ。僕は僕の気に入った奴としか話さないから、詳しくは知らないんだけどね。普段から一緒にいるのは『異端児』の連中だけだから」
「『異端児』? なにそれ?」
「『異端児』っていうのは、僕らがもっと子供の頃、僕と同年代の友達で作ったグループの名前なんだ。昔ごっこ遊びでやっていただけだったんだけど、なんだか皆そのグループ名が気に入っちゃってさ。今でも『異端児』だけで仕事や遊んでたりするよ」
「『不完全』内の新派閥なの?」
「いやいや、そんな大層なもんじゃないよ。ただの遊び仲間さ。あ、そうそう、『異端児』って名前は、イドゥが付けてくれたんだよ? お前らは他の連中とはどこか違うからって」
人の事を言えるのかと、内心イドゥにツッコミを入れる。
「イドゥがねぇ。あいつも『不完全』内では異端な存在だもんねぇ、昔から。何せ私を助けてくれたくらいだし」
「そうそう! イドゥも結構無茶苦茶する『異端児』って感じなんだよね! 幹部連中といつも喧嘩してるし!」
過激派の連中と喧嘩する姿が脳裏に浮かぶ。
そういえばルミナステリアの件でも、イングに強く言ってくれたっけ。
イングは全く聞く耳を持っていなかったけど。
「その『異端児』のメンバーに私の知ってる人、いる?」
「う~ん、皆あんまり目立たないからなぁ。僕はこの仮面のおかげで目立ってるけど。あ、そうだ、ルシャブテ、知ってるよね? あいつも昔からの付き合いだよ」
「ルシャブテ……? 誰?」
「あ、酷いなぁ。本人が聞いたら泣くよ? その台詞」
「だって、本当に思い浮かばないんだもの」
「ほら、赤い髪で爪を伸ばしてくる奴いるでしょ。あいつ」
「ああ、あの雑魚ガキか」
「スメラギが聞いたら殺されるよ? お姉さん」
「あ、スメラギの言う『るーしゃ』って、あの男のことだったのね!」
「え、あ、うん。今頃気が付いたんだ……。ルシャブテ、可哀そう」
なんて言いつつも、仮面の少年はイシシと笑っていた。よほど仲が良いのだろうか。
「あの生意気な奴、名前はルシャブテ、だっけ? あいつ私に気でもあるのかしら、いつも絡んできてウザいのよね」
「おねーさんってまだ20くらいでしょ? ルシャブテは17だから、案外釣り合ってるかもよ?」
「嫌よ。あんなガキに興味なんてないもの。彼にもそう伝えておいて。スメラギと仲良くしなさいとも言っといてね」
「あらら、ルシャブテ、振られちゃってやんの~! ……スメラギの耳には入れないようにしよう……」
クフフと笑う仮面の少年は、話してみると年相応の少年であった。
こうしてアムステリアは、これから何かと『異端児』のメンバーと話すことが多くなった。
話してみると、彼らは皆、アムステリアと境遇の近い者達で、なんとなく親近感すら湧いたのだった。
イドゥという共通の親のような存在によって、感覚的には家族のような気がしていた。
明確にアムステリアに殺意を向けてきたのは、ルシャブテと、そしてルシャブテをアムステリアに盗られたと勘違いした白髪おかっぱの少女、スメラギだけであった。