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龍と鑑定士  作者: ふっしー
番外編5 アムステリア編 『愛に狂った朧月』
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愛に狂った朧月


「ねぇ、ルミナス、最近はどう?」

「どうっていつも通りよ? お姉様」

「……あのね、ルミナス。もう我慢できないから言うけど、あのイングって奴とつるむのはもう止めなさい。あいつ、何考えているか全くわからないわ」

「そりゃそうでしょう? イング様のお考えは、凡人の私達には判らないわ」


 あの時以来、ルミナステリアはイングのことに心酔していた。

 呼称に様までつけるほど、彼のことを頼り切っていた。

 洗脳とはまた少し違うのだろう、ルミナステリアに虚ろな目はない。

 むしろ逆。

 見る者が恐怖し、思わず避けてしまうそうなほど爛々と輝いているのだ。


「違うでしょ、それ。あの男はなんだか不気味。贋作士の連中でも、特に危ない目をしているわ」

「お姉様。イング様は私の為にこれまで働いてくれたの。いくらお姉様でも、イング様を馬鹿にするのは許せないわ」

「どうしてそこまでイングに拘るの?」

「全部私達と、そしてリューリクの為よ」

「……リューリクの……!?」

「そのうち判るよ。お姉ちゃんだって幸せになれる」

「私も……?」

「皆、幸せになれるよ」


 ルミナステリアの視線は、およそ10年前、リューリクを埋めたあの墓標に集中していた。









 ――●○●○●○――









 ――真夜中、深夜二時頃。


「……何かしら……?」


 何やら聞き慣れない音に、アムステリアは目を覚まして周囲の様子を窺った。


「外から……?」


 一応泥棒という可能性も考えて、慎重に庭へと出た。


「……ルミナス?」


 こんな深夜にも関わらず、庭には何故かルミナステリアがいて、何やら作業をしていた。


「何してるの? こんな時間に――――!?」


 思わず目を疑った。


「あらお姉様。起きてきたの?」

「ルミナス……!!」


 絶句。

 ルミナステリアがしていたこと。

 それはリューリクの墓を掘り返すことであった。


「お姉様。ついに準備が整ったの! これで三人また仲良く暮らしていける……!!」


 ルミナステリアの目は、すでに狂気に駆られている色をしていた。

 アハハと笑いながら墓を掘り返すその姿は、不気味としか言いようがない。


「ルミナス! 何してんの! 止めなさい!」


 愚行を犯す妹に必死にしがみつく。

 ルミナステリアは、そんな姉の行動を嫌がり、突き飛ばした。


「……止めるもんですか。これでリューリクは生き返るの……!! お姉様とて邪魔するのは許さないわよ!」

「ルミナス、貴方本当におかしくなっちゃったの!? リューリクは十年以上も前に死んじゃったのよ! 人が生き返るわけがないの! 現実を見なさい!」

「お姉様は直接聞いていなかったもんね。リューリクは、生まれ変わっても私とまた生きたいと、そう言ったの。だから私は、彼の願いを果たすだけ。そのための力だってある! リューリクの遺体、いいえ、骨だけでもいい。それさえあれば!」


 ルミナステリアは掘ることを止めない。

 そしてスコップは棺桶を掘り当てた。


「お願い、止めて、ルミナス! それ以上、リューリクを馬鹿にするような真似は! そっと眠らせてあげてよ!!」

「アハハハ、リューリク、今、助けるから! 薬を間に合わせることが出来なかったお姉様と違って、私は完璧にやるからね!」

「……ルミナス!!」


 今の台詞。それだけは許せなかった。

 もう一度ルミナスを力づくでも止めてやろうと、アムステリアが走り出そうとすると、彼女の首のあたりに、キラリと光る、冷たい金属が当てられた。


「動かない方がいいよ?」


 ぞっとするほど冷たい声。

 初めて聞いた声だったが、それが誰だかアムステリアは判っていた。


「貴方が、イング……!!」

「あら、どうして僕を知ってるのかな? 会った事、あるっけ?」

「ルミナスがいつも貴方のことを言うからね。いつからあの子をあんなに狂わせたの……!!」

「狂わせる? それはおかしいね。あれこそが彼女の本当の姿だ。もう十年も前に亡くなった大切な恋人の為に、全てを投げ捨てることの出来る、覚悟のある素晴らしい人材さ」

「ふざけないで! リューリクの墓を掘り返しているのも貴方の命令!?」

「命令した覚えはないよ。ただリューリクって子を復活させるには、その遺体が必要だって、教えてあげただけさ」

「…………!!」


 これではっきり判った。

 やはりルミナスを狂わせたのは、この男だったんだって。

 この男は危険だ。

 アムステリアはこの場での始末も考えた。


「イング様! リューリクの体、発見しました~!!」

「……リューリク……!?」


 もう十年も前に埋めたというのに、リューリクの体は残っていた。

 だが、それは本当にリューリクの体だったのかと疑いを持ってしまうほど、グズグズに朽ち果てていた。


「リューリク、久しぶり……。大好きだよ」


 そんな遺体を、ルミナステリアは愛おしそうに撫でている。


「ご苦労様。じゃあ、持って帰ろうか」

「は~い!」


「……それはさせない。リューリクの命を弄ぶようなことは、絶対にさせない」


 アムステリアは、当てられていたナイフを素手で掴むと、握力を込めてナイフを折り曲げてやった。


「凄い握力だね、お姉さんの方は」

「お姉様は昔から怪力だったからね。リューリクはお姉様のそんな力強いところも好きだったと思うよ!」

「いちいちリューリクの話を出さないで。ルミナス、これ以上リューリクを馬鹿にするようなことをするなら、許さないわよ」

「許さないって? それは私の台詞よ」

「なんですって……?」

「お姉様はあの時、結局リューリクを見殺しにしたじゃない! いくらリューリクが嫌がっても無理やり医者に見せていれば助かっていたかもしれない! お姉様がリューリクを殺したようなものよ!」

「……ルミナス……!!」


 アムステリアだって、本当はそうしたかった。

 どれだけリューリクが嫌がっても、後でどれだけ嫌われようとも、そうした方がいいことは判っていた。


「…………ッ!」


 唇を噛みしめる。血が出るほど強く。

 あの時のことを、アムステリアだってどれほど後悔した事か判らない。

 悔しさで震えるアムステリアを見て、ルミナスも多少落ち着いたのか。

 今度の言葉は優しかった。


「お姉様。私はただリューリクの為にしているだけ。またみんなで幸せになろうよ。お姉様がパイを焼いて、私が準備して。三人でまた一緒に寝たい。私はただ、それがしたいだけ」


 懐かしいことを口にするルミナステリアの目は、その一瞬だけは昔の色だった。

 でも、その目の色は、もうルミナステリアは捨て去ろうと思っているのかも知れない。


「そんな幸せな時間を取り戻そうとする私の邪魔をするのなら、いくらお姉様でも許せない」


 ルミナステリアがナイフを抜き、アムステリアの前で立ち塞がる。


「イング様? 先にリューリクを持って帰っていて下さい。私がお姉様を止めますから」

「うん、そうして貰える? あ、そうだ。ルミナス、頼みがあるんだけど、帰ってくる前に、誰かの心臓を取ってきて欲しいんだ。それをリューリクに埋め込めば、リューリクは動くことが出来るようになる」

「本当ですか!? でも、その人、死んじゃいますよね? 大丈夫なんです?」

「大丈夫大丈夫。僕等は贋作士だからね。当然贋作、代替の心臓は用意してるんだよ」


 イングが取り出したのは、鈍く赤く光る、心臓の形をした神器だった。


「ほら、この神器『無限龍心』(ドラゴン・ハート)を埋め込めば、埋め込まれた人間は心臓が要らなくなる。それどころか体はずっと丈夫になるようだよ。そうだ、君のお姉さんに、これをあげたらいいよ。これまで迷惑を掛けたお返しにさ」

「それ、名案です! お姉様、リューリクの為に心臓をくださいな♪」

「何頭イカれたこと言ってんの……!?」


 もう、アムステリアの我慢は限界だった。

 妹のルミナステリアは、この気持ち悪い男イングの、操り人形と化している。

 なんとしてもイングをここで殺さなければ、ルミナステリアは二度と普通には戻れない。


「イング、リューリクの遺体は持っていかせない」


 アムステリアは起きて、着の身着のまま外へ出たため、何も武器を持っていない。

 目の前にはナイフを持ったルミナステリアに、神器を持っているであろうイング。

 やるなら命懸けになる。勝つ見込みなど薄いだろう。


「よいしょっと」


 イングはリューリクの体を担ぎ、アムステリアのことなど無視して持っていこうとする。


「てやあああああっ!!」


 それがアムステリアには許せなかった。

 蹴り飛ばして、リューリクを取り戻さねば。

 目標はイングただ一人。ルミナステリアには手を出したくない。

 ルミナステリアを避けて、イングへと突っ込み、アムステリアは蹴りを入れた。


(――――とらえた――!!)


 ――はずだった。


 だが、アムステリアの蹴りは、無情にも空を切る。


「…………どうして……!?」


 今、自分の蹴りは完璧に敵を捕らえたはずだった。

 だが、目の前にイングはいない。

 どこへ行ったか、周囲を見渡す。


「どこへ……!?」

「ここだよ?」


 声がしたのは、なんと上空だった。

 見るとイングの体は、ほんのりと輝いている。

 咄嗟に悟る。これは神器が発動する時に光る、魔力光だと。

 イングの背には、何故か黒い翼が出現していた。それで咄嗟に空へと逃げたのだ。


「イング様ったら。またコレクションが増えたのかしら?」

「コレクション……!?」

「ええ。多分大型の鳥型神獣の死体ね、あれ」

「神獣の死体ですって……!?」


 イングが死体収集愛好家(ネクロフィリア)であることは『不完全』でも有名な話であったが、まさか神獣の死体まで集めているとは思わなかった。

 そしてその死体を自由に使えるとも、知らなかったのだ。

 だからこそ、アムステリアは心臓を失うことになる。


「さあ、ルミナス! 大切なリューリクを取り戻したいなら、お姉さんの心臓を取らないとね! 大丈夫、僕が手伝ってあげる」

「……くっ!」


 上空から見下ろしてくるイングを、恨めしそうに睨むアムステリアは、この時、自分の足元の警戒などしてはいなかった。


「……え!?」


 土が突如として盛り上がり、アムステリアは何者かに足を掴まれた感覚があったのだ。


「な、なんなの、これ!?」


 地面から次々と手が生えてきて、アムステリアの足を掴んでいく。


「は、離しなさい!」


 自慢の蹴りで、何とかその手から逃れようと試みるも、その手の握力は尋常ではなく、それも数が膨大であったため、アムステリアは動くことすら出来なかった。


「さあ、ルミナス。お姉さんは拘束したよ? 後は、心臓を貰うだけだ」

「ありがとうございます、イング様。後はやっておくので、先に帰っていてください」

「そうするね」


 イングはリューリクの体を空へ向かって投げると、その体に対して、腹を向けた。

 イングの腹から、巨大なリングが飛び出ると、リングはリューリクの体を吸い込んでいく。


「リューリク!!」


 アムステリアの叫びも空しく、リューリクの遺体はイングの体へと収まっていった。


「じゃあね~」


 にっこりとこちらに手を振ると、イングはそのままどこかへ飛んで行ってしまった。




「さあ、お姉様、心臓、頂戴しますね。大丈夫、代わりのこの神器をあげるからね。私、お姉様を殺すことなんて出来ないから」

「ルミナス、止めなさい……!! もう、リューリクは戻ってこないのだから……!!」


 ルミナステリアは、少しだけ憂いた表情を浮かべていたが、今度は一気に表情をしかめていく。


「違う、リューリクは戻ってくる。私はこの十年以上、それだけを願って生きてきた! そしてようやくリューリクを助ける方法を見つけることが出来た!」

「イングはただの死体収集家よ。リューリクのことを大切に思っているわけじゃない。ただのコレクションとして見ていないのよ!? そんな男を信用するの!?」

「だって、それしか方法がないんだから!!」


 はぁ、はぁ、とルミナステリアが息を切らす。

 ルミナステリアが、こんなに大声を出したのは、アムステリアは初めて見た。

 そして改めて悟った。

 ルミナスは、本当にリューリクのことを愛していたのだと。

 愛し過ぎて、恋焦がれすぎて、リューリクを失った朧月(ルミナステリア)は、狂ってしまった。


「ルミナス。これが最後にするわ。止めなさい。リューリクの為にも」


 アムステリアは、最後の望みを賭けた。

 これでも聞いてくれないのであれば、もうどうしようもないと思った。

 ルミナステリアは本気だ。これまでの異常な行動も、全てはリューリクのことを思っての、ただそれだけの行動だったのだ。


「……私は……ただ、会いたいだけ。もう一度、彼と会って、話がしたいだけ。私と、“お姉ちゃん”と、リューリクの三人で、もう一度仲良くパイを食べたい、ただそれだけなんだ」

「……そう」


 ルミナステリアは、改めてナイフを向けてきた。

 心臓の上、アムステリアの形の良い胸の上を、ナイフがなぞっていく。

 だが不思議とアムステリアに恐怖はない。

 ただ、なら仕方ないと、そう思ってしまったのだ。

 ルミナステリアの今の台詞、お姉様をお姉ちゃんと言っていた。

 その二人称が酷く懐かしく、そして当時を思い出して、切なくなった。


「……好きに、しなさい」


 もう、止める必要もない。ルミナステリアに止まる気など、最初から無いのだから。


「ごめんね、お姉ちゃん」


 ナイフが、アムステリアの胸に突き刺さる。

 それと同時にルミナステリアは神器を発動させていた。

 その影響だからだろうか。

 心臓をえぐられているというのに、全然痛くなかったのだ。

 それどころか心地いい。例えるなら運動した後、水を浴びて、すぐにベッドに横たわる感覚。

 全身が気持ちの良い疲労に包まれて、意識を手放すかのごとく眠りにつく。

 そんな感覚が強くなった感じだった。


 無意識に思う。


 自分はもう、人間の枠を超えたのではないかと。

 心臓が抜かれたのが判った。それと同時に、神器が入ってくるのも分かる。

 不思議と、入れられた神器は、最初からそこにあったかのようにしっくりとくるもので、しかもアムステリアの肉体に劇的な変化をもたらし始めた。

 体中に、力が満ち溢れてくる。

 人間の心臓が、どれほど弱いものなのか、今ならよく理解できる。

 代わりに入った神器は、人間の心臓とは比べ物にならないほど、タフで体を強化してくれた。


「……お、終わったの……?」

「ええ、終わったわ、お姉様」


 二人称が元に戻ったことに、少し落胆する。


「心臓を抜かれたんだもの。お姉様、少し休んだ方がよくってよ」

「余計なお世話よ……」


 とはいえ、限界に近いのは間違いない。

 確かに肉体が強化されたという実感はあったのだが、いかんせん、体がボーッとする。

 それもそのはず、周囲は真っ赤に染まっている。

 出血が多すぎたのだ。


「ありがとう、お姉様。ゆっくり休んで」


 意識を失う直前のルミナステリアの顔には、涙が浮かんであった。








 ――●○●○●○――








 アムステリアが目覚めたのは、それから三日後の、ベッドの上でのこと。


「ルミナス……」


 律儀にも、妹はあの後、自分をベッドへ運んでくれたようだ。

 あの神器の影響だろうか。体調はすこぶる良い。

 胸を見てみると、刺されたはずの心臓の傷など、どこにも見当たらなかった。

 改めて、胸に入った神器の強さを感じる。


「……決めた」


 アムステリアは決断した。


 私は、今日限りで『不完全』から脱退すると。



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