イングの来訪
リューリクには両親がいないし親戚もいない。
だから葬儀はアムステリアとルミナステリアだけで行った。
略式の葬儀を執り行った後は、二人で庭に穴を掘った。
二人で掘った穴は、これから大切な人が眠る場所。
だから丁寧に、心を込めて掘っていく。
掘り終ると、リューリクの入った棺桶を、二人で抱えて中に入れた。
涙はとっくに枯れ果て、二人とも疲労と心労で衰弱していた。
それでもリューリクのことを思えば、疲労なんて吹き飛ぶほどの絶望が二人を包んでいた。
笑顔のリューリクを思い浮かべて、心が壊れるのをなんとか耐えながら、ゆっくりと優しく、丁寧に棺桶を持って、そっと穴の中に置いた。
最後に棺桶を開けて、安らかに眠るリューリクの顔にキスをして、改めて閉めて土をかけ始める。
大好きなリューリクが埋まっていくのは、二人とっては胸が引き裂かれる以上に辛かった。
もしアムステリアかルミナステリア、どちらか片方しかいなければ、リューリクを追って自ら命を断っていたかも知れない。
彼女達は二人だから、互いに苦しさを共有できたから心の崩壊を防ぐことが出来ていた。
全てを埋め終わり、その場所に墓標を立てる。
皮肉にも、二人の器用さはここでも発揮され、それはそれは立派な墓標が出来たのだった。
全ての工程が終わった後、ルミナステリアはポツポツと語り出す。
「お姉ちゃん、リューリクね、最後の時、起きたんだよ」
「最後に、起きたの……?」
「うん。とっても苦しそうだったけど、リューリク、こう言ってくれたんだ――」
「――『テリアも、ルミナスも、愛してる。もし生まれ変わっても、二人と一緒にいたい』――って…………っ!!」
「リューリク……っ!!」
すでに枯れ果てたと思っていた涙が、止まらなく溢れてくる。
もうリューリクはこの世にはいない。
その事実が重すぎて、二人はやっぱり抱き合って泣いた。
――●○●○●○――
しばらく、二人は仕事を断り続けた。
リューリクのいなくなった世界に、なんの価値を見出すことが出来なくなっていたのだ。
半ば現実逃避の様に眠り塞ぐ二人であったが、それでも彼女たちは生きている。
「…………お腹すいたな…………」
人間はどれほどの悲しみに包まれようと、生きている以上お腹が減る。
何か食べないと死んでしまう。
「何か作らないと……」
アムステリアは、気分は乗らないが、夕食を作り始めた。
「ルミナス、何なら食べてくれるだろう……?」
ルミナスはこのところ、ほとんど何も口にしてはいなかった。
なんとしてもルミナステリアに、何かを食べさせないといけない。
「ルミナス、何か食べたい物、ある?」
「…………何も要らない…………」
「でも食べないと死んじゃうよ」
「…………いいもん。別に」
まるでリューリクの後を追うかの如く。
意地でも食べ物を口に入れていなかったのだ。
アムステリアは死に急ごうとする妹を見て見ぬふりは出来ない。
「ルミナス、何か食べて」
「…………要らない」
「食べさせてあげるから! ね!」
「…………」
ルミナステリアはそれからもう喋らなかった。
目は虚ろで、ぺたりと座り込んでいる。
アムステリアが口まで運べば何とか口に含んでくれる。
少しばかり安心はしたけど、このままではルミナスとて体力が持たない。
「ルミナス、頑張ろうよ……、私達はリューリクの分まで生きないと……!!」
そう言っている本人すら涙が溢れ出る。
それでもルミナスの虚ろな表情は変わらなかった。
こんな調子が、二人がリューリクを埋めた日から続いているのだ。
――●○●○●○――
ある日、アムステリアは気分転換に買い物に外に出ていた。
その頃、アムステリアの家には、一人の来訪者が現れていた。
ルミナステリアの状況を聞いて、『不完全』の中の一人が、様子を見に来ていたのだ。
「お邪魔するよ。勝手に入るね」
見た目の年齢は十二、三くらいの少年だろうか。
いつも依頼に来る連中とは違い、あまりにも若い。
ルミナスはいつものようにベッドに塞ぎ込んでいた為、男の来訪には気付かなかった。
その来訪者の名前は――イングと言う。
「あらら、噂通りベッドで寝てる。お姉ちゃんの方は……いない、か。都合が良いね」
そしてイングは、塞ぎこむルミナステリアにこう囁いた。
「――大切な人を、生き返らせる方法がある。知りたくはないかい?」
今のルミナステリアにとっては、あまりにも甘美な悪魔の言葉。
その瞬間から、ルミナステリアの時間は動き出した。
「それ、本当なの? リューリク、生き返るの……?」
もぞもぞと頭だけベッドから出して、目の前にいる男に問う。
それに対し、イングはニコッと笑顔を向けた。
「僕なら出来るよ。そういう神器を持っているんだ。それに僕等は贋作士集団『不完全』だよ? 人間を一人作り直すくらい、簡単だよね」
「私は、リューリクを生き返らせるために、何をしたらいいの……?」
「何もしなくていいさ。僕はただ、リューリクを復活させるためのお手伝いをしてあげたいだけだから」
その方法とやらを、イングは耳打ちして、そして帰っていった。
――●○●○●○――
「ただいま、ルミナス。今日はルミナスの好きな梨のハチミツ漬けを買って来たんだ。食べようよ」
イングの来訪を露も知らないアムステリアは、ルミナステリアの大好物を買って、今日こそは元気を出してもらおうと帰ってきた。
「ルミナス、起きてる?」
ルミナステリアのベッドを見てみる。そこでアムステリアは驚いた。
「ルミナスがいない……?」
「お姉ちゃん、お帰り! 私、お腹すいちゃった」
「ルミナス!?」
アムステリアの背後から、聞き慣れた、そしてもう一度聞きたいと願っていた声があった。
「どうしたのルミナス!? 大丈夫なの!?」
「うん。お姉ちゃん、心配かけてごめんね。私、リューリクの為に生きなくちゃならないよね」
「そうだよ! 二人で頑張って生きていこうね!」
「うん。でもお姉ちゃんじゃ無理かな? 私はイングにお願いする」
「イング……?」
「イングと一緒に、私、頑張るからね!」
この時アムステリアは、ルミナステリアの発言の意味が全く判らなかった。
この日以降のことである。
ルミナステリアの行動は、日に日におかしくなっていった。
行動は残虐性を増してきたし、贋作だって、気持ちの悪いほど精密に作り始めた。
特に興味を示したのは、人間の体の標本や骨格とかであった。
時折イングと共に、外に出ることも多くなった。
何をしているか、最後までルミナステリアは教えてくれなかった。
そんな日々が、アムステリアが十九歳になるまで続いたのだった。
ついに『龍と鑑定士』は連載二周年を迎えました!
二周年記念として、第一章のイラストを頂きましたので、掲載いたしました。※印の入っている話に掲載しています。
ここまで続けてこれたのも、読者の皆様のおかげです!
更新スペースも徐々に上げていこうと思うので、これからも完結までウェイルとフレスの二人を、どうかよろしくお願いします!