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龍と鑑定士  作者: ふっしー
番外編5 アムステリア編 『愛に狂った朧月』
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貧民街の浮浪姉妹

キーキャラクターの一人、アムステリアとその妹ルミナステリアの過去話となります。

「お姉ちゃん、お腹、すいたね」

「……うん」


 貧困都市リグラスラムにある、貧民の中のさらに貧民達が住むとされる地区『ジャンク・エリア』。

 その日口にする物どころか、水すらなく、服を着ているだけで幸せだというほどの貧困地区に、姉のアムステリアと妹のルミナステリアは、半ば行き倒れるように抱き合いながら座っていた。

 もう三日はまともな食べ物を口にしておらず、道端で僅かに拾えた残飯や、時には虫などを取って何とか命を繋ぎとめていた。

 僅か六歳と五歳の浮浪姉妹に、救いの手を差し伸べる善人などここにはいやしない。

 誰もが軽蔑の視線と憐みの視線、時には二人の体が目的の下種な視線があるだけで、何かを恵んでくれる人間など皆無であった。

 キュウ、とお腹が鳴る。

 アムステリアも空腹の限界だったが、隣に座る妹の姿を見ると、なんとかしなきゃと思い、空腹にも耐えられる。

 ルミナステリアの方は、憔悴が激しく、歩くのも難しい状況だった。


「ルミナス、私、何か食べ物を探してくるから」


 アムステリアが立ち上がると、ルミナステリアはアムステリアの服を掴んで、首を横に振った。


「一人で待つの、嫌だよ。お姉ちゃん、一緒に行く」

「でもルミナス、大丈夫?」

「だ、大丈夫だよ。ほら、私元気だから」


 なんてルミナステリアは強がるが、足が震えて、上手く立てていなかった。


「良いから休んでて。私一人で十分だから、ね?」

「嫌だ! お姉ちゃんから離れたくないよ! 一人になったら、何をされるか判らないもん!」


 孤児を狙う奴隷商人だって、ここには大勢いる。

 もちろん小さな女の子二人でいたところで、奴隷商人達が本気になれば一人二人数が変わったところで関係はない。

 それでも、二人でいると心は強くいられる。

 一人の心細さ、苦しさは、アムステリアだって同様だ。


「判ったわ、ルミナス。肩貸すから、掴まって」

「ありがとう、お姉ちゃん」


 正直な話、食べ物がある分、奴隷商人に捕まった方が楽ではある。

 でもそれだけは嫌だとアムステリアは心に決めていた。

 自分は大きくなって、自由に生きていきたい。

 今は苦しくても、我慢すれば必ずいいことはある。そう信じていた。

 ルミナステリアに肩を貸し、ゆっくりと歩いて食料を探す二人に、唐突に声が掛けられた。


「君ら、孤児だよね。どうかな。オジサンと一緒に来ないかな? 食べ物も服も、アクセサリーもあげるよ?」


 見ると少し太って頭の薄い、気持ちの悪い中年の男だった。

 この手の輩は見るだけで吐き気がする。

 明らかに、二人の体が目的だろう。

 この都市では当たり前に行われている児童買春の誘いだった。

 貧しさに耐えられず、買われていく子供の数は把握出来ない程多い。

 この『ジャンク・エリア』は、そういう目的を持ってやってくる大人が後を絶たないのだ。


「要らないよ。私達は自分で食べ物を探すから」


 はっきりとアムステリアは拒絶するも、男とて簡単には引き下がらない。


「この都市に食べ物を分けてくれる人なんていないよ? 悪いようにはしないから、一緒に来なよ。そっちの妹さんも医者に連れて行かなくちゃ」

「いいから放っておいて。どうせ私達を買いたいだけでしょ」

「な、何言ってんのさ。そんなことないよ」


 そう言いつつ、男の手がルミナステリアに触れる。

 それにアムステリアは激昂した。


「ルミナスに触るな、この豚野郎!」


 男の手を払い、少しだけ距離を取る。

 すると先程までいやらしい笑みを浮かべていた男の表情が、みるみると険しいものになっていった。


「あ? 今、なんつった? このガキ」

「何度でも言ってやる! 豚野郎って言ったんだ! このハゲ!」


 男にとって禁止ワードでも踏んだのか、男のこめかみには血管が浮き出ていた。


「はぁ、せっかく優しくしてもこれだからよ。大人しく股開けばいい思いさせてやったのによ。このクソ浮浪児共が……!!」


 男は腰から短剣を抜くと、アムステリアに向けた。


「手足切り刻んで、ダルマにしてから犯すってのもそそるねぇ。そうしてやろうか」

「この豚野郎! 私達は、死んでもお前のものになんかならない! お前に犯されるくらいなら舌を噛んで死んだ方がマシだ!」

「なら口を塞げばいいんだな? お前らは一生、俺の奴隷になればいいんだよ!」


 男はまだ少女である二人に、容赦なく短剣を振りかざした。


「ひっ――」


 ルミナステリアが小さく悲鳴を上げ、アムステリアも息を呑んだ、その時である。


「実に汚い。このような汚いものが、この美しい大陸にあってはならない。そうは思わないか?」


 太陽の光を反射する、一本の長槍。

 小さな二人がその矛先を目で捉えたのは、矛先が真っ赤に染まった時であった。



「うごおおおおおおおおお…………――――」



 二人を襲おうとした男は、白目を剥いて絶命していた。

 見ると周囲にはほとんど血が漏れていない。

 ただ、貫いた矛先に、人間の心臓が突き刺さっていただけ。


「お、お姉ちゃん……、私、怖いよ……!!」

「だ、大丈夫、私がついているから……!!」


 今の今まで生きていた、心臓をぶち抜かれた男。

 その男の背後にいたのは、少しばかり陰のある表情をした、髪の薄い中年の男であった。

 男はさっと槍を引き抜くと、手にした手拭いで血を拭き取る。

 そして警戒する二人を見て、にっこり笑うと、手を差し伸べてきた。


「無事だったな、お嬢さん達」


 優しい声に、一瞬気を緩めそうになったが、アムステリアはその手を払う。


「もう、どっか行って! 私達まで殺す気なの!?」


 恐怖で涙が止まらなかったけど、ルミナステリアを守るためならば何だってしてやる。

 アムステリアはそのことをずっと昔から心に誓い、今もルミナステリアの盾となった。


「……素晴らしい」


 そんなアムステリアの姿を見て、中年の男はニヤリと笑い、アムステリアに手を向ける。


「い、いや!」


 足が震えて逃げることも出来ない。それにルミナスを放って自分だけ逃げるわけにもいかない。

 もう、アムステリアに出来ることは、目を瞑る事だけだった。


「…………え……?」


 だが、男の手は、どうしてかアムステリアの頭の上に優しく置かれただけだった。

 キョトンとするアムステリア。思わずルミナスと顔を見合わせる。

 男はさらに開いた手をルミナスの頭の上に置く。

 そして優しく二人の頭を撫で始めたのだ。


「君達は美しい。こんなところで朽ちてしまうのは、この大陸にとって大きな損だ。どうかな。私と一緒に来ないか」


 その台詞に、アムステリアは、こいつも人買いか、と一瞬思ったのだが、その男の雰囲気は、どうしてかそんな下種な連中とは一線を画しているように思えた。


「私達を、買う気なの……?」


 単刀直入に聞いてみる。

 すると男はにっこりと、そして優しく答えた。


「逆だよ。君達は買われる側の人間になるべきじゃない。逆だ。君らは、人に買わせる側につくべきだ」


 男の言う意味は全く分からなかったが、少なくとも自分達の体が目的ではないことだけは理解出来た。


「ただ、もし君らを買うとすれば、体なんかじゃない。君らの才能を買いたい」

「才能……?」

「その通り。私は何度か見たことがある。君らがゴミを集めて、何やら作っていたところを。捨てられていた紙を指で引き裂き、貼り絵などを作っていただろう」

「……あれを売ってお金にしようと思った。……売れなかったけど」

「そうか。それはもったいない。私はあの作品に未来を感じてね。是非君らを、芸術家にしてあげたいと考えているのだ」

「芸術家……?」

「そうさ。君らなら制作できる。人を騙すほど、綺麗に、精密に、正確に、煌びやかな作品を」

「私と、ルミナスが……?」

「そうです」


 貧民街で、浮浪児として暮らしていた二人に、芸術という言葉が身近になる日が来るなんて想像すらつかなかった。

 アムステリアは、芸術に憧れていた。

 金持ちにしか持てない、素晴らしい作品の数々を、いつも影からこっそり覗いていたほど。

 夢にまで見た芸術の世界が、目の前にあると言われているのだ。


「君、お金持ちのことを憎いと思ったことはないか?」


 唐突に変なことを尋ねられて、戸惑うアムステリアだったが、首は自然と縦に振られていた。


「君がそう思うのは正しい。金持ちの連中は、本当に芸術を愛しているわけじゃない。ただ自分の資産がどれだけあるのか、周りに示したいと、そんな自慢がしたいだけだ。君みたいに、本当に芸術が好きで、作品を買っているわけではない」


 男の言うことは、薄々と感じていたことであった。

 何度か金持ちの家を覗いたことがあるが、買った作品を下手に扱い、傷つけ、見飽きればすぐに売り払う。そんなことの繰り返しだった。

 その様子を見る度に憤慨したものだ。


「お金持ちは嫌い。芸術を馬鹿にしている」

「君は本当に素晴らしい。実際にその様子を見たことがあるのだね?」

「……うん。ルミナスと一緒に見た」


 コクリとルミナスも頷く。


「本当に腹立たしいことだ。芸術を冒涜している。私は、いや、我々はそれが見るに絶えないのだ」


 大げさに項垂れる男。まるで演技だ。

 だが幼い二人には、それが本当に落ち込んでいるようにしか見えなかった。


「私達に、何か出来るの?」


 その問いに、男は急に元気になり、アムステリアの手を両手で包む。


「それが出来るのだ。我々が力を貸せば」

「オジサン達は、何をしている人なの……?」

「我々は、『贋作士』なんだよ」

「がん、さく……?」

「偽物の芸術品を作る人?」

「そうさ。あんな金持ち連中が本物の絵画を持ったところで意味がないだろう? だからそういう連中には贋作を与え、本物はその価値が本当に判る人達だけで保存していこうと、そういう考えで集まったのが我々だ」

「私達を、贋作士にしたいの?」

「大好きな芸術がいくらでも楽しめて、お金も稼げて、さらにお金持ちに復讐も出来る。これ以上、最高の仕事があるかい?」


 そんなこと言われても、幼い二人には何も思いつかない。


「ないよね。君ら、このままだとここで飢え死にだ。私はそれがもったいないと思う。この男を殺したのも、こんな汚い奴に、才能を潰されたくなかっただけなのだ」


 命の恩人である男が、さらに自分達を認めてくれている。

 しかも大好きな芸術で、ルミナスを守っていける。

 アムステリアにとって、これより良い条件などなかった。


「オジサン。私を贋作士にしてください」

「……ください」


 アムステリアが頭を下げ、続くようにルミナスも下げる。


「もちろん、大歓迎さ。これで君達は我々の仲間だ。贋作士集団『不完全』へようこそ。私の名はイドゥ。存分に芸術を楽しもう」


 二人はそのイドゥと名乗った男に連れられて、リグラスラムを後にする。

 イドゥや他の贋作士の厳しい修行の元、二人の芸術的センスは飛躍的に向上していく。

 二人は贋作士として、少しずつ名を馳せていった。


 そしてイドゥとの出会いの三年後。


 その後の二人の人生を大きく変える出会いが、ここで待ち構えていた。



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