最後の龍の少女
阿鼻叫喚と化す会議室の議長席の上に、リーダーはいた。
出口を塞がれ、もはや逃げることすら敵わぬ連中は、出口の二人や、大剣、双剣使いを指揮しているこの男をどうにかする方が手っ取り早いと考えたわけだ。
そのせいか、リーダーは20人以上の贋作士に囲まれてしまっている。
囲まれているのにも関わらず、リーダーは呑気に欠伸までしているものだから、さらに周囲の殺気を駆り立てた。
「お前だけは絶対に許さん。もう過激派も穏健派も関係ない。全員がお前らを倒すために手を組む」
「旧時代の神器使いがこれほどいるんだ。助かりたかったら他の連中を止めて降伏した方がいい」
リーダーの周囲を囲んでいた一部の者は、実のところダンケルクやアノエとも対等に渡り合える、もしくはそれ以上の使い手であった。
この会議の要人を守護し、敵派閥の要人を暗殺するために呼ばれた、いわば殺しのプロでもある。
彼らであれば逃げることならば簡単に出来ただろうし、下手をすればアノエやダンケルク、もしくはルシャブテ程度ならば逆に倒してしまえたかもしれない。
それほどの実力者がこの中で言えば5人程度はいて、彼らがリーダーを殺すと宣言していたわけだ。
この五人の実力は周知の事実であったため、他の連中も彼らがついていればという安心感もあり、この場に残ってしまったのだろう。
一人の旧神器使いが、ロッド型の神器をリーダーに向け、光を放つ。
「このロッドは相手に重力晶の特性を植え付ける力があってね、この光を浴び続けると、君の周りの重力は反転してしまう。言っている意味は判るかい? 要するに君は、これからこの大陸を飛び出して、広い天空の住人となってしまうってことだ」
光は徐々に蒼白くなって、輝きを増していく。
「さあ、早くあの連中を止めた方がいい。それが君の身のためだ」
だが諭すように言う神器使いに対し、リーダーの反応は、非常に失礼だった。
「あいつらを止める? 嫌だよ。そしたら祭りが終わっちゃうでしょ?」
「……そう? なら本当に天空の住人になってもらうけど、それでいい? 大丈夫。他の連中も皆君と同じになるから、心配は要らないよ」
その台詞に、他の神器使いも、各々の神器を構えてくる。
そんな緊張感漂う現場であるにも関わらず、やはりというか最後までリーダーはのんびりとしていた。
「ねえ、そういう忠告はいいから、さっさとやったらどう? もう面倒くさいよ?」
「……そう、それが返答か。判った。ならばお別れだ。さようなら」
ロッドの光が、青から紫に変わっていく。
他の連中も神器を構えて発動した、その時であった。
「さあ、祭りの最後は演劇だ。それは僕自らが演じよう。題目は――『仮面舞踏会』!!」
一瞬だけ、リーダーは仮面を外すと、すぐさま別に用意してあった仮面を顔に付けた。
その直後である。
「……何!? 奴はどこへ……!?」
視線の注目する中、こつ然とリーダーの姿が煙のように消え去ったのだ。
「ど、どこへ行った……!?」
周囲を見渡してみるも、どこを見てもリーダーの姿はない。
ただ、拭えぬ違和感と殺気、そして強烈な死の気配だけが、皆を震わせていた。
「消えたのか!? 姿を消す神器を使ったのか!?」
光を折り曲げる力を持つ神器の力を用いれば、それも可能だ。
だが、真実はそうじゃなかった。
リーダーの姿は見えなくなった。でも姿を消したわけではない。
――シュバンッ――!!
唐突にそんな音が鳴り響いたかと思うと、皆の頬っぺたには鮮血が降り注ぐ。
ハッと血の発生源を見てみると、一人の首が、宙を舞っていた。
気が付くことすら出来ないほどの刹那に、仲間が一人死んだことに、皆、その意味を理解しかねていたのだ。
呆気にとられた全員が、宙に浮かんだ首を見て、恐怖を感じ警戒をしようとした、そしてそれが最後の光景となっただろう。
直後、次々と首が宙に浮かんでいく。
それは祭りで撒いていくおひねりの様に。
最後まで残った贋作士が、その正体に気が付いた。
そう、リーダーは姿を消したわけではない。
ただ、残像も残らぬほど、早く動いていただけだ。
「君が最後。祭りは楽しめたかい?」
彼の問いに返答はない。
血染めの絨毯と化した床を、ぬちゃぬちゃと歩く音だけが、虚しく響き渡っていたのだった。
――●○●○●○――
「さ~て、イドゥさんのことも解決したことだし、そろそろ遊びに行きたいなぁ」
「馬鹿野郎、やっぱり皆殺しにしおってからに。議長や一部の幹部は殺さないようにと言っただろうに」
「だって、議長ってば話が長いんだからさ。飽きるよ、あれは」
「お前が飽きた飽きないで、これからの手間が変わるんだ。……まあ過ぎたことだ。もうよい」
あの後、早速リーダー達とイドゥらは合流。
当初の計画を無視したリーダーの行動に、イドゥも頭を抱える。
「殺したのはアノエだよ? アノエにも責任あるよね?」
「責任転嫁? リーダー?」
「い、いや、違うよ! 僕が全部悪い! 君は実に僕の期待通りの働きをしてくれてるよ!?」
アノエは責任転嫁や濡れ衣を着せるといった、仲間からの裏切りにあたる行為が何よりも嫌いなのだ。
その理由は彼女の過去にある。
彼女は傭兵隊時代から絵画を描く趣味があった。
腕は中々のもので、特には高値で売れることもあった。
そんなある時、彼女があるコンクール用に描いていた絵画が盗まれる事件が発生した。
犯人は、アノエが所属していた傭兵隊の隊長。
隊長自身も絵を書くのが好きで、絵の話で盛り上がるほど仲が良かったという。
隊長はアノエの絵を自分の描いた作品としてコンクール出展、それがなんと最優秀賞を取り、隊長はプロ画家としてデビューすることが決まった。
仲間と思っていた隊長に裏切られたアノエは、隊長の授賞式の日、隊長や他の隊員全てを皆殺しにした。
一人になって途方に暮れていたアノエを拾ったのがリーダーであるのだ。
「アノエには感謝してるよ! ホントだよ!? 大好きだよ!?」
「うん。リーダーがそう言うなら信じる」
「おい、リーダーが動転して愛の告白しているぞ」←ダンケルク
言われた方のアノエも満更ではなさそうだ。
髪をクルクルいじっているのがいい証拠である。
「ルーシャ、私にも大好きって、言ってもいいよ?」
「言うわけないだろ、馬鹿」
「私は言えるけど? ルーシャ、大好き」
「俺は嫌いだ」
「言ってくれないと殺すよ?」
「……なんでそんなことで命を狙われないといけないんだ……」
「ルシャブテ、もう諦めて言ってやれ」
「ダンケルク、こいつに一度言うと後が大変なんだ。知ってるだろう?」
「知らんよ。俺はストーカーに追われたことはないからな」
「ねぇねぇ、ルーシャ、早く早く」
「…………今回の仕事が終わったら言ってやるよ」
「あ、逃げた」←ルシカ
「男らしさの欠片もないな」←ダンケルク
「へたれ」←アノエ
「ナルシスト」←リーダー
「おい、リーダー、お前の言いがかりだけおかしいだろ。俺は別にナルシストじゃない」
「そう? 事実じゃないの? ねぇ、イドゥさん?」
「……知らんよ、ワシに振るな……。全くお前らときたら呑気と言うか何というか……。まあいい。話を戻すぞ」
「どこまで話したっけ?」
「お前が議長を殺してしまったという話までだ。過ぎたことだから流そうと言っただろう」
「そういえばそんな話があったねぇ。でも僕とて何の保険も掛けずに殺したわけじゃないんだよ?」
「判っておる。後はルシカに任せればいいだけだ」
「はーい、私にお任せを!」
リーダーがこんな呑気な性格をしているのだ。彼女の魅覚と、そして察覚は、このメンバーの生命線といっても過言ではない。
「え~っと、少し待って下さいね……」
ルシカが目を瞑ると、それに習って皆も黙りこくる。
ルシカの魅力探索を邪魔したら後が怖いからだ。
「う~ん、見つからないなぁ……」
なかなか感が働かないのか、目に見えてルシカがイラついてくる。
(……リーダーよ。少し離れていた方がいいんじゃないか?)←ダンケルク
(うんにゃ、このままの方が面白いものを間近で見られるし、僕はこのままで)
(どうする? ルーシャ?)
(あまりこいつが爆発するところを見たことがなくてな。珍しくリーダーと同じ意見だ)
(なら私も一緒)
(Zzzzz……)←アノエ
(どうしてこの状況で寝ていられるんだよ……)←ダンケルク
(ワシは逃げておこう。ルシカの神器の力には未だに慣れんからな)←イドゥ
そんなコソコソ話など聞く耳すらないルシカ。
「ああああああ、全く、どうして見つからないかなぁ!!」
誰しもが経験があるだろう。
そんなに大切ではない癖に、いざなくなった時イライラする感覚を。
誰彼かまわず当たり散らしたくなる経験はないだろうか。
ルシカの持つ神器は、そんな苛立ちを解消する力を持っている。
「…………もう、いいです! 皆さんの『感覚』、少し借りちゃいますね!」
(……始まったか……)←ダンケルク
(ルシカは怒っていても可愛いねぇ)←リーダー
(そんなこと言うとる場合か)←イドゥ
(イドゥ、少し離れるぞ)←ダンケルク
(暗くなっても、私、隣にいるから)←スメラギ
(お前の場合、明るい暗い関係なく勝手にいるだろうが)←ルシャブテ
(Zzzzzz……)←アノエ
コソコソ話の通りに、イドゥとダンケルクは距離を取る。
話の中心人物であるルシカの、エルフの薄羽で出来た胸のペンダントが輝き始めた。
(やっぱり、エルフの薄羽の輝きは堪らないねぇ。しかもこの直後には闇が訪れるというのも憎い演出だね。流石は僕らのルシカ――)
リーダーの感想の最中の出来事。
この場にいたイドゥとダンケルク以外の者達は、唐突に深い闇へと誘われた。
視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚、それら五感の全てが機能しなくなっていたのだ。
無論立ってなどいられない。
皆が皆、いや、寝ているアノエは最初から倒れているし、この闇に乗じてルシャブテに抱きつこうとジャンプしたスメラギは例外にして、尻餅をついてしまっていた。
「きたきたきたーーーー!! 今ならアレクアテナ大陸全てを感じることが出来そうです~~!!」
アノエのペンダント、それは神器であった。
――神器『絶対感覚』。
この神器は使用者の持つ五感、または七感を、通常の100倍以上に増幅してくれる使用者強化型の神器である。
ルシカは優れた感覚を持つ。その100倍以上ともなれば、この大陸内に置いてルシカに探れるものは無くなってしまうほどだ。
ただし、その代償と言うべきか欠点が一つ存在する。
それは神器使用者の周辺の人間や動物の感覚が一切なくなってしまうということ。
周囲の人間の感覚を、強制的に借り受ける力とも言える。
「うひょーーーー!! 判る! 全て丸見えですーーーーー!! ナーッハッハッハッハ!!」
当然のことながらルシカの半狂乱ともいえるこの痴態を、リーダー達は見ることが出来ない。
「……いつみてもこの状態のルシカは恐ろしい。近寄り難い」
「傍から見れば気が狂ったようにしか見えんからな。とはいえ、もし俺があれを使えば精神が崩壊するに違いない。あいつは凄い奴だ」
全てが見える、聞こえる、感じる。
大陸全ての情報が、一変に頭に入り込んでくる感覚なわけだ。
無論、実際にはルシカの近辺、遠くてもこのアジト内だけの情報であるが、研ぎ澄まされた感覚は時として人間の精神を崩壊に追い込む。
頭に流れ込む膨大なる情報を整理しきれなくなった時、果たして常人は正気でいられるだろうか。
「…………ムムムッ!! 見えた!! ティマイア、いましたよ! 地下にいるかと思ったら、まさかの一番上です! 城の最上部に隠された牢獄に繋がれてますよ!」
「よし、ルシカ。もう良い。神器を止めろ!」
「判りました。…………ふう、疲れちゃいました」
神器から光が消えて、ルシカも正常に戻っていく。
額には大粒の汗。ルシカ自身はケロリとしていたが、やはり負担は大きいようだ。
「おい、皆の衆、起きろ」
神器の力が消えて、皆の眼に光が戻っていく。
「ああ、終わったんだね。いやぁ、何も感じない闇ってのは恐ろしいねぇ。死んだ後って、こうなっちゃうのかな?」
「……結局ルシカの暴走は一瞬しか見ることが出来なかった。つまらん」
「Zzzzzz……」
「アノエは凄いね。どんな闇に包まれても、そのまま寝続けられるんだからさ」
「うにゃん、るーしゃぁ、すりすり……」
「おい、スメラギの奴、間違ってリーダーに抱きついてるぞ?」
「あ、ほんとだ。ねぇ、スメラギ、僕はルシャブテじゃないんだけど」
「…………あれ……? るーしゃは?」
「あっち」
「……リーダー、私に無理やり抱きついた。許さない」
「ええ!? どうしてそういう発想になる!? 抱きついてきたのは君でしょ!?」
「……えぐっ、私、リーダーに純潔を破られた……」
「だから何もしてないって!? 何で泣いてんの!? ちょっとルシャブテ! 何とか言ってくれって!」
「そいつはそのままリーダーにやるよ」
「要らないって!?」
「えぐっ、私、要らない子……」
「そういう意味じゃないでしょ!? それにルシャブテは言ってたよ。君と結婚したい、君が必要だって!」
「てめぇ、リーダー、何勝手に台詞を偽造してやがんだ!?」
「僕等贋作士だからね~」
「やかましい!」
「るーしゃ、今の本当!? 私嬉しい。今すぐ式上げる!」
「するか馬鹿!」
「ムッ、馬鹿って酷い……」
「あーあ、ルシャブテさん、またやっちゃった~」
「ルーシャにはお仕置きが必要みたい」
「ちょっと待て! 今のはリーダーが悪いだろ!?」
「Zzzzzz……」
涙目になったスメラギは、やっぱり加減を知らない。
もはや恒例となったルシャブテの悲鳴が、またしても響き渡ったのだった。
――●○●○●○――
「ここだな」
流石は贋作士集団のアジトと言ったところか。
ルシカの力がなければ、決して判らないほど精密によく作られていた天井への隠し扉を突破して、皆は屋上付近にある牢獄へとやってきていた。
「スメラギ。この牢を頼む」
「うん。お任せ」
スメラギが鉄の錠を触ると、それは見る見るうちに溶けてなくなっていく。
「溶かした。ルーシャ、褒めて褒めて」
「……ああ、よくやった」
「褒められちゃった」
ご機嫌なスメラギを放っておいて、皆はその牢に入っていく。
そこは広い牢獄だった。
牢獄とはいえ、床には絨毯が引いてあるし、天井にはシャンデリア。
ブランド物のソファーや机も置いてある、鉄の錠さえなければ、そこはさながら豪華ホテルの様。
そんなだだっ広い牢獄の奥に、ぺたりと座り込む少女の姿があった。
金色のロングヘアーを床につけて、木製のパズルをセッセと組み立てている。
「彼女が、ティマイア、か」
「……うん……?」
金髪の少女が、突如入ってきた侵入者の方を向く。
しかし、その目は、侵入者を拒む目ではない。
「ねぇ、ティアに会いに来てくれたの?」
少女は、嬉しげに、そう口を開いた。
「ああ、そうだよ」
イドゥが優しく返答する。
「ティア、お暇なの。もうパズルも飽きちゃったし、お外に出たいよ。ここの人、何故だか外には出してくれないし。ティア、不満」
シュンと俯く少女に対し、リーダーが一歩前に出て、彼女の目線に合わせて屈んだ。
「そっかー! なら僕が外に出してあげよう。ここの人達はもう一人もいないから」
「そうなの? どうして?」
「お兄ちゃん達が、みんな殺しちゃったからね」
「そうなの!? ……だったらティア、ご飯もらえなくなる……。困ったよ」
「大丈夫、これからは僕等と遊ぼう。君の行きたいところ、色々と案内してあげるよ。その代り、君に手伝ってほしいことがあるんだ」
「手伝って欲しいこと? ティア、出来ること少ないよ?」
「大丈夫。君にしか出来ないことだから」
「ティアしか出来ないこと? なに?」
「――この世界を――滅ぼすことさ――」
「なんだ、簡単! ティア、それ得意だよ!」
「なら、僕らと一緒においでよ。きっとこの世界を楽しくできるから!」
――――
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ついにこの大陸に、伝説に語り継がれる五体の龍が現れた。
セルクの予言した世界の終焉は、この時、わずかにだが現実味を帯びてきていた。
『不完全』という世間の外れ者が集う集団の中の、さらに外れたリーダー達。
彼らは後に『異端児』と呼ばれるようになり、世界の崩壊へ向けて、より一層活動を激しくしていく。
五体の龍と、『異端児』。
ウェイルとフレスが、これから起きる巨大な陰謀に巻き込まれるのも、時間の問題であった。
ようやく最終章プロローグも終わりとなります。
最近仕事の方が忙しすぎて執筆時間をあまりとることが出来ず、更新も少なくなり、読者の方がには申し訳ない気持ちでいっぱいです。
次章もまた番外編になります。
早く本編に戻りたいのですが、この番外編もどうしても最終章に続く伏線が出て来まして。
というわけで次章は番外編5『アムステリア編』となります。
引き続き龍と鑑定士をよろしくお願いいたします。