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龍と鑑定士  作者: ふっしー
最終部 プロローグ 『異端な者達』
299/500

三つの探し物と、二つの嘆息

 その頃、イドゥとルシカは、リーダー達の動きを敵に悟られぬよう、時限式の爆弾を用いて相手を攪乱しながら、とある目的地へ向けて足を急がせていた。


「これが最後の爆弾です」

「もうすぐ目的地だ。問題ない。仕掛けてくれ」

「はい」


 この爆弾が爆発する頃、二人は目的地であるアジトの地下にある情報管理室に辿り着いていた。


 ここには、ここ最近のオークションハウスでのやり取りなどの取引情報が、一つも漏らさず保管されてある。

 贋作がどんな競売方法で、どれほどの値段で、誰が落札したかを、すべて記録しており、場合によっては、ここの情報を頼りにして、裏オークションの次回開催場所を選んだりする。

 イドゥはここにある取引記録の一つに、大変興味を持っていた。


「見つけたか? ルシカ」

「う~ん、何せ資料が膨大ありますからね~。それに何を探しているかも私にはわからないですし」


 情報管理室の警備員をすべて始末した後、二人はこの部屋の取引記録保管書庫の巨大な本棚群の前にて手についた血を拭きながら会話をしていた。


「心配しなくとも、お前の魅覚は必ずそれに反応を示す。探すのは所詮ただの紙切れだからな」

「取引記録を見たいんですか?」

「そういうことだ。この膨大な資料の中から目当ての資料を探すのは億劫だ。お前に任せる」

「全くもう、イドゥさんまで私任せなんですから」

「ルシカは頼り甲斐があるからな」

「そ、そうですか!? 私、頼り甲斐ありますか!?」

「もちろんだとも。ルシカがいないと皆が困る」

「そ、そっかぁ。私、必要とされてるんだぁ……!」

「……本当に扱いやすい奴だな」


 目をキラキラさせるルシカに、イドウは育ての親として溜息すら漏れてしまう。


「イドゥさん、本当にここにあるんですか? その取引資料」

「おそらくな。ワシとて直接見たわけではないから確信はない。が、自信はある。例の神器は、間違いなく『不完全』が以前取引したことのある代物だからだ。いつ使ったかも覚えている。だから取引記録は残っているはずなのだ。ここでしっかり粘るしかない」

「気の遠くなるような話ですよ。普通は」

「だからこそルシカ、君に頼んだんだよ」

「判っていますって」


 ルシカはそう言うと、両手を胸元にあて、ゆっくり深呼吸した後、書類の積まれた書庫を見渡した。

 この時のルシカは、ルシカ自身は知る由もないだろうが、彼女の碧色の瞳には輝きが増し、全身から緑色のオーラを放っている。

 そしてすぐ、ルシカは迷わず、とある本棚を指差した。


「たぶんあの本棚にあると思いますよ」

「感か?」

「感ですよ、もちろん」


 感といっても、ルシカの感は、非常に事を上手く運んでくれる。

 無論運が良いということも一理あるのだが、それだけではまかり通らないことまで、スムーズに上手く行く。

 それは彼女の生まれ持った才能である『魅覚』が非常に優れているからに他ならない。

 ルシカはエルフ族だ。しかも混血ではなく純粋の。

 エルフは、人間の持つ五感と呼ばれる感覚の他に、察覚と魅覚という感覚を持っている。

 察覚とは気配を察する力。

 人間でいう第六感と呼ばれる力で、エルフはこの感覚が非常に鋭いのだ。

 鋭すぎる故に、イルアリルマは視覚がなくとも、不自由なく暮らしていけている。

 そしてもう一つの感覚である魅覚を、己の武器としているのだ。

 魅覚とは、その名の通り、魅力を感じ取る感覚だ。

 人間とて、セルクやリンネなどの最高レベルの作品をその目にするとき、途方もない感動に包まれることがある。

 だがこの感動を口にしようものにも、その作品がどう美しいか、どう凄いのか、それを具体的に話すことはできない。

 だが魅覚に優れる者であれば、その作品の美しさを数値化することすら可能であり、作品の特徴を適確に伝えることができるし、言葉も浮かんでくるという。

 ルシカはその魅覚が異常に発達しているのだ。つまり鋭すぎるこの力を使ってどういうことが出来るのかというと――。


「ああ、なんか上から5段目の棚から匂いますね。そうだなぁ、相当なお宝が眠っている感じ」

「どれ……、おお、これか」


 ――魅力的なモノがどこにあるか、それが感としてルシカに伝わるというわけだ。

 イドゥが探し求めていた資料も、一発で見つけることが出来てしまったのだった。


「でもそれ、一体何の取引資料なんですか?」


 それが素晴らしいものと知ってはいるが、流石に内容まで知ることは出来ない。

 頭の上に?マークを浮かべるルシカに、イドゥは含み笑いを浮かべる。


「こいつはな――――三種の神器に関する取引記録だ」

「三種の神器!? あれって実在するんですか?」

「無論だ。ワシは長年この神器を探していてな。もっともこの資料だけでは何の意味も為さないが」

「まだ探し物があるなら探しますよ?」

「うんや、ワシやリーダーが探しているものは三つほどあるんだが、これ以外の情報ならすでに掴んでいるのだ。そもそも今回リーダーが『不完全』にクーデターを仕掛けたのも、その三つの内の一つが欲しいからだろう」

これが欲しいのはワシだけでなく、リーダーもだろうがな」

「リーダーは何か欲しがってるんですか? これまたどうして」

「奴の目的に必要不可欠だろうからな。もっとも、奴の真の目的などワシにもよく判らんが」


 ルシカはリーダーやイドゥとの関係は短くなく、親しい間柄であると思っているが、だからと言って彼らが一体何を考えているのか、実のところ全く知らなかった。

 昔からリーダー達は自分のことをほとんど話したがらなかったし、仲間も聞く気などさらさらなかった。

 だけど、今は少しだけ気になっている。

 三種の神器を必要とするリーダー達の秘密を、自分も共有したかった。


「……一体何をする気なんです?」

「さあな。リーダー本人に聞いた方が早い」

「話してくれますかね?」

「話さないだろうな。今はまだな。どうしても気になるというのであれば、この次の計画後に聞いてみるといいだろう」

「…………?」


(リーダー、何考えてるのかな……。……でもリーダーのすることなら、別になんでもいいや)


 結局、ルシカは彼らの秘密を、知ることは出来なかった。

 彼のやることだ。きっと面白いことに違いない。

 そう思うだけで、簡単に納得できるのが、リーダーの持つ最大の魅力であるかも知れない。


「おい、そこで何をしている!?」


 探索に結構時間が掛かってしまい、敵の追手がここに辿り着いてしまう。


「イドゥさん、見つかっちゃいましたね」

「だな。ルシカ、戦えるのか?」


 二人の姿を互いに見てみる。

 どちらも武器など持ってはおらず丸腰であった。


「いやいや、私は戦闘担当じゃないですからね! 戦いなんて嫌ですよ!?」

「お前は実に出来る参謀役だからな。それでいい」

「何でも華麗にこなす天才クール美女だなんて!? そんな、イドゥさん、褒めすぎです!」

「……そこまでは言ってないがな」


 どんな状況であれ、ルシカはいつも通りなのだ。


「おい、貴様ら! 武器を捨てて投降しろ!」


 のんきな二人に痺れを切らしたのか、敵がズイズイと迫ってくる。


「どうします? 武器を捨てるも何も、何も持ってはいないんですけど」

「まあこのままでいいだろう。どうやら奴らも到着したようだしな」


 それはこの状況を、彼女はこれっぽっちもピンチとは思っていなくて、そして――




「――遅くなった」

「――なった~」



 唐突に鋭いほど冷たい声と、気の抜けるほどのんびりとした声が聞こえたかと思うと、


「なっ――!?」


 声をあげた男は、すでに首と胴体が分かれていて。


「後は俺達に任せとけ」

「任せて」


「ぐがっ……!?」


 残りの追手からは美麗な鮮血が、噴水の様に飛んでいた。


 崩れ落ちた傷だらけの躯を踏みながら、やってきたのは、黒いコートに身を包んだ赤い髪の男と、ゴスロリドレスに身を包んだ白髪おかっぱの女。


「ルシカ、だいじょうぶ?」

「はい、ありがとうございます、スメラギ」

「いいの、いいの。ルシカのため、なんのその」

「でもドレス汚れちゃいましたね。私、洗濯しますよ?」

「うん。お願い」

「……ってスメラギ! ここで脱いじゃダメでしょ!? 後で洗濯するってこと!」

「うん? うん、りょーかい」


 人目もはばからず服を脱ぎ始めたスメラギを何とかルシカは制止した。


「ルシャブテ、久しぶりだな。お前は中々ワシに会いに来てはくれんからの」

「誰が好き好んでジジイに会いに来るかって。今回はスメラギがどうしても参加したいっていうから、仕方なく来ただけだ」

「プロ鑑定士協会に逮捕された青二才が偉そうなことだ」

「ジジイ、殺してやろうか?」


 スメラギと共にいた赤髪の男は、以前競売都市『マリアステル』にて真珠胎児の競売を仕切っていた男、ルシャブテであった。

 あの後自力で牢獄から脱出したものの、アムステリアにやられた傷が回復出来ていなく、治安局員に取り囲まれしまった。

 そこを助けてくれたのがスメラギであったわけだ。

 ルシャブテもスメラギにだけは振り回されっぱなしだ。


「ルーシャ、イドゥを殺しちゃダメ。イドゥは恩人」

「……おい、スメラギ。どうしてイチイチ腕を組んでくる? いい加減離せ」

「いーや。私、ルーシャと一緒がいい」


 そう言ってスメラギは、抱く力をさらに強める。

 このスメラギという女、なまじ普通の男よりも力が強いものだから、ルシャブテとしてはとにかく腕が痛い。


「俺が嫌なんだよ。お前怪力だし、腕が痛む」

「大丈夫。痛んだら私、介護する」

「お前に介護されるなら死んだ方がマシだ」

「そう? なら一緒に死のう?」

「……ふざけんな」

「ふざけてないのに……」


 当然ふざけて言っているわけではない。

 スメラギは至極正直に物を言う性格なのだ。ルシャブテに対しての限定ではあるが。


「スメラギ。ルシャブテも歩き辛そうだ。少し距離を置くのも、女を上げるコツだぞ?」

「……うん。イドゥの言う通りにする」


 渋々といった様子で離れるスメラギ。

 未だ名残惜しいのか、ルシャブテに対し指を唇に当てつつ、熱い視線を送っている。

 そんなスメラギと、ようやく腕が自由になったとホッとしながらも強烈な熱視線に辟易するルシャブテの姿に、ルシカとイドゥは相変わらずの光景だと安心しつつ微笑んでいた。


「さて、欲しいものは手に入ったし、そろそろリーダーのところへ向かおうか。大方決着がつく前だろうさ」

「でもイドゥさん、もう一つ手に入れなければならないものがありませんっけ?」

「あれは大丈夫だ。後から来るフロリアが持っているはずだからな」


 王都ヴェクトルビアに現在も使えるフロリア。

 若干19歳という若さでメイド長にまで上り詰めた彼女には、『不完全』に属していたという裏の顔があった。

 しかしクルパーカー戦争にて、直属の上司であったイングが治安局によって逮捕され、過激派が力を縮小した影響もあり、彼女は『不完全』を半ば辞めた状態にある。

 しかし、『不完全』との縁が疎遠になったとはいえ、幼少の頃からの付き合いである『異端』仲間には、定期的に連絡を取っていたようだ。


「王宮に仕えているんですよね? 来られるんですかね?」

「あいつは王の目とか気にする奴じゃないだろう。しかも今は龍を一体連れているようだし」

「そういえばフロリアさん、クルパーカー事件以後、アジトに戻ってないんでしたね」

「定期連絡では元気にしているようだ。たまにニーズヘッグから電信が来ることもある。内容は意味不明だが」


 あのニーズヘッグが、ポチポチと慣れない手つきで電信を打つ姿を想像すると、何ともシュールではある。


「私、あんまりフロリアさんのこと、未だによく分からないんですけどね」

「いかんせんあいつの性格は掴みづらいからな。それも仕方ない。ワシですら何を考えているか分からん」

「俺としてはリーダーの考えの方が理解できませんがな」

「私、ルーシャの考えること、全部判るよ?」


 なんて飛びっきりの笑顔を浮かべて、またもや腕に抱きついてくるものだから、ルシャブテとしても嫌な予感しかしない。


「…………言ってみろ」

「私と結婚したい」

「それは違うから安心しろ」

「……ルーシャのバカ」


 ムッとご機嫌斜めなスメラギはいつも以上に加減が出来ない。

 その直後、ルシャブテは強烈な腕の痛みを感じるとともに、子供のように叫んでしまったという。


「まあいい。さっさと先に行った連中と合流するぞ。リーダーの奴が無事に情報を引き出せていればいいが……。あいつはすぐに遊ぶからな。聞き出す前に殺しそうで困る」

「ま、殺しっちゃっても大丈夫ですよ? 私がいますから」

「お前は本当に素晴らしい参謀役だよ、ルシカ」

「ええ!? 私ほど可憐で美しく、頭の回転が速い天才は他にいないって!? もう、イドゥさんったら、ちょっと褒めすぎですよ!!」

「お前の耳には素晴らしいフィルターが付いていて羨ましいよ」

「そんな、そんなに褒められたら私、照れ死んでしまいます!」


 顔を真っ赤に染めて体を振るルシカに、イドウが嘆息している最中、その隣はというと。


「……スメラギ、お前いつか殺す……!!」


 先程の痛みがまだ残るルシャブテが、恨むようにスメラギを睨み付けた。


「ルーシャに殺されるなら本望。でも、出来れば死ぬなら一緒に死にたい。一緒に、死ぬ?」

「絶対に御免だ。一人で死ね」

「嫌だ。一人で死ぬなら先にルーシャを殺す」

「……それを冗談でなく本気でいうからお前は怖いんだよ」

「私、怖くない。可憐」

「はいはい、可憐だ。だからもう腕を離せ」

「嫌」

「ルシャブテさん、たぶん一生スメラギには勝てませんよ?」

「……ほっとけ……」


 嘆息しているのは、こっちにもいたのだった。



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