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龍と鑑定士  作者: ふっしー
最終部 プロローグ 『異端な者達』
298/500

無表情な大剣使い アノエ

 神器での攻撃が増えてきたが、アノエの鎧を貫く攻撃は何一つなく、彼女の前に立ち塞がる者は、紙屑のように切り捨てられていく。


「……ここの連中はこんなにも貧弱だったか?」

「いや、彼ら一人ひとりは相当な神器の使い手なんだけどね。君が強すぎるだけだよ、アノエ」

「私は傭兵隊の中でもそこまで強くはなかったが」

「いやいや、その傭兵隊を潰したのは君じゃないか」


 リーダーとアノエは、そんな呑気な会話を交わす中でも、攻めてくる贋作士を打倒していっていた。

 アノエの持つ大剣は、実は神器である。

 大剣型神器『死神半月』(ルナ・スペクター)。

 月色に怪しく光るミスリルで出来たその刀身は、重量にすれば軽く300キロは超える。

 そんな代物を片手で軽々と振り回すことが出来るのは、単に彼女の腕力が優れているだけというわけではない。

 『死神半月』はアノエの愛刀であり、半身だ。

 半身というのは、ただの比喩なんかではない。

 この剣は少し特殊で――言ってしまえば妖刀にあたるもので、常に魔力を補充していないと剣の形を保つことが出来ないという代物だ。

 魔力といっても基本的には自分の魔力を供給し続けなければならず、常人であれば、一年足らずで魔力を吸い取られ、命を落としてしまうだろう。

 しかし、アノエとこの剣の付き合いは10年を超えている。

 アノエの少女時代、ならず者が集まって結成された傭兵部隊にいた頃からの付き合いだ。

 ではどうしてアノエの命の灯は、いまだ爛々と、激しく揺らめいているのかというと、簡単な話だ、他人の魔力を剣に注ぎ込んでいるというわけだ。

 そうすることで、剣自身が彼女を使い手と認め、剣はまさに彼女の体の一部の様に振る舞うのだ。


「……貰い受ける」


 アノエは人を斬る時、必ずこう口ずさむ。


「あがっ……!?」


 アノエの大剣は、人を突き刺すという器用なことは出来ない。

 出来ることはただ一つ。全てを薙ぎ払うことだけだ。

 上半身と下半身が分離した死体から、噴出する血飛沫とともに、緑に光る魔力が、ミスリルの刀身に集まっていく。


「これで一年は持つか」

「これだけ斬っても一年しか持たないんだねぇ……」

「この子は大食らいだから」


 剣の為だけに週に一人以上、人を斬ることが、アノエの日課であり日常になっている。


「リーダー、アノエ、……結構手ごたえありそうな奴らが来たぞ。楽しめそうだな」


 ダンケルクが足を止める。

 三人の視線の先には、それぞれ禍々しい形をした神器を持つ贋作士の姿が。

 そして、彼らは異臭をまき散らす犬やオオカミを従えていた。


「あれ、動く死体(リビングデッド)だ。…………魔力はあまり取れそうもない」

「ああ、イングの手下だった奴らと、そのコレクションだね。臭いきつそうだしあまりやりたくはないね」

「ならそこで待ってろ、リーダー。お前がいると足手まといだ。アノエ、行くぞ」

「うん。リーダーは邪魔」

「ええ!? こんなにリーダーを蔑ろにするテロ集団っている!?」


 なんてリーダーが突っ込みを入れている間に、ダンケルクとアノエは敵の方へ向かっていった。


「……くさい」


 鼻を左手でつまみながらも、右手だけで大剣を振うアノエの姿に、贋作士達も驚き距離を取る。


「いけ、犬ども!」

「ぐるるるる……、……ぐがあああああああああ!!」


 顎が外れかねないほど、大きく口を開けて、ゾンビと化した犬の軍団がアノエに襲い掛かった。


「……ちょっと厄介」


 大剣を床に刺し立てて、右手で髪をくるくるいじる。

 アノエが困った時にする癖だ。


「……アノエ。流石に敵の前で剣を置かなくてもいいだろう」

「だって、困ったから」

「……まあ素早しっこい犬に大剣は不利だな」

「いや、そうじゃなくて。剣が汚れる」

「……なんだ、それだけのことか……」


 アノエの剣に対する愛情は異常の一言だ。

 他人に剣を触られることすら嫌がるほど。


(ならどうして人なら躊躇いなく斬れるのか)


 という疑問をダンケルクだけでなく他のメンバーも常々思っている。


「判った。ゾンビ連中は俺がやる。お前は奥の人間をやれ」

「それは名案」


 大剣の柄を掴んだアノエは、まるで棒高跳びの様に剣をしならせ飛翔する。

 犬や狼らがアノエに襲い掛かる寸前のことだ。


「ダンケルク、後よろしく」

「任せておけ」


 攻撃対象であったアノエの姿が消えたことで、思考が出来ないゾンビ達は、安直にすぐ後ろにいたダンケルクに襲い掛かった。

 ダンケルクも当然、軽い身のこなしで襲撃を回避、それでも数が多いため、少しばかり回避に専念することに。

 おかげでダンケルクの理想通りの展開となった。

 ダンケルクを中心として、周囲を犬や狼たちが円となって囲んでいたのである。


「予定通りことが進むのは気持ちが良い」


 ダンケルクは剣を背中にしまうと、自分の両手の手の甲を眺める。

 彼の両手の指には、全てに指輪がはめられてあった。


「今日はこいつとこいつにするか」


 選んだのは、右手の人差し指と、左手の薬指。

 ダンケルクは指輪型神器マニアで、その鑑定を得意としたプロ鑑定士だった時期がある。


「『炎舞』と『拡散』。やはり相性は抜群だな」


 右手の指輪には『属性』が、左手の指輪には『特性』が込められている。

 ダンケルクは魔力を込めて神器を発動させた。


「――『炎舞』!!」


 右手の指輪から、猛烈な熱が噴出し、ダンケルクの頭上には巨大な炎の塊が現れた。

 周囲には蜃気楼。

 じりじりとゾンビ達も、腐った体を焦がしていく。

 熱の中心点にいるダンケルクに襲い掛かるのは逆に自殺行為であったが、やはり彼らはゾンビ。安直な命令により、二、三匹がダンケルクに突っ込んでいく。


「普通近寄れないはずなんだがな。やはりゾンビか。――なら」


 このままゾンビ全員が熱で力尽きるのも悪くはないのだが、今は時間があまりなく、こうして無謀に突っ込んでくる奴がいる以上、早めにことを終わらせるのが賢明だ。

 ダンケルクは左手の指輪に命令する。


「――『拡散』!!」


 直後、頭上にあった炎が円状に弾けていく。

 巨大な炎の塊は、小さな隕石と化して、ダンケルクの周囲に拡散していった。

 腐った体は炎はよく刺さる。

 元々消えていた命を、さらに消し炭にすべく、拡散した炎は高く燃え上がっていく。

 次第と炎は鎮火していく。周囲は腐臭と焦げた臭いが漂い、慣れない者なら吐き気を催すだろう。

 廊下は全面煤で真っ黒に。

 ゾンビ達が跡形もなく消え去ったことに、ダンケルクの持つ神器の力が窺い知れた。


「炎舞は強いんだが、いかんせん汗をかいてしまうのが困り者だな。熱すぎる」

「ダンケルク、空気が薄くなっているのは君のせいだよね」


 軽く汗を拭ったところへ、のほほんとやってきたのはリーダーだ。


「外に出て新鮮な空気でも吸ってこい」

「ここ地下だよ? 外に出るの面倒くさいよ。それでアノエの方はどうなんだろ?」

「あそこにいる、見て見りゃわかるよ」


 少し先で戦っていたアノエは、やはり豪快に大剣を振っていた。

 獰猛な力を振りかざすアノエであるが、この時は少しばかり苦戦を強いられていた。

 相手の贋作士が、防御に特化した神器である、盾を使用していたからだ。


「いくら神器の剣であろうと、この盾は破れん!」


 盾にはいくつも魔力を込めたガラス玉が装着されており、盾そのものが結界の役割を果たしている。


「…………」


 何度斬りつけても弾かれるほどの強固な結界を持つ盾であった。

 それでもアノエは無言で盾を剣で叩き続ける。


「無駄だというのが分からんのか? これだから戦闘しか興味のないメンバーは役に立たんのだ」

「…………」


 どんなに侮辱されようと、アノエの心が揺らぐことはない。

 根本的に、他人の言うことを頭に入れていないからだ。

 アノエが剣を振り続けてどれほど経ったのだろうか。

 時間にしてみれば5分と経ってはいないが、盾を構えている連中は、その時間が無限の時間のように感じていた。

 たとえ魔力玉のサポートがあるとはいえ、神器は基本的に自分自身の魔力を発動源、そして持続源とする。

 アノエの凶暴な攻撃を抑えるには、それ相応に魔力の消費と、そして疲労が溜まっていく。


(一体、いつになったら攻撃を止めるのか……!?)


 あれだけの大剣だ。振り続ければ必ず疲労が溜まり、アノエの攻撃も鈍るはず。

 そう鷹をくくっていたのがそもそもの間違いだった。


「…………」


 アノエの剣撃は止まらない。

 弱まるどころか、勢いはより一層激しくなるばかり。


「――――くっ……!!」


 先に根負けしたのは、盾の方だった。

 剣を振りながら前進するアノエに対し、ジリジリと後退していくばかり。

 そしてついに、決着の時が来る。


 ――ピキッ。


 盾に装着されていたガラス玉にヒビが入り、魔力の供給が足りなくなっていく。

 展開されていた結界も徐々に薄れ始め、そして。


「…………!!」


 トドメとばかりに大きく振りかぶった一撃で、盾は結界ごと砕け散っていった。

 残された贋作士らは、まず呆然とし、そして焦り、最後は恐怖に顔を歪めていく。


「貰い受ける」


 尻込み、後ずさり。

 背中を向けて走り出す敵に向かって、アノエは容赦などしない。

 無表情で、淡々と、何の感情も持たずに大剣を高々と振っていった。


 その十秒後には、人間であったであろう肉塊が、周囲に散らばっていたのだった。



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