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龍と鑑定士  作者: ふっしー
最終部 プロローグ 『異端な者達』
296/500

クーデター

『龍と鑑定士』最終部のプロローグです。

 時は少しだけ遡って、アレクアテナ大陸では宗教暴動や神器暴走事件で賑わっていた頃の事。

 この後、アルカディアル教会が大変な事件を巻き起こしてくれたのだが、それ以上の大事件があったことを、アレクアテナに住まう住人達は知らなかった。

 全ては、静かに、そして賑やかに、始まったのだ。


 薄暗い空が、まさにこれから起こる惨劇を予期するかの如く、雷鳴を轟かせ、乾いた大地に雨を落としていた。

 贋作士集団『不完全』の本拠地があるこの場所は、他都市の干渉を受けない無法地区となっており、貧困都市リグラスラム以上に治安の悪い場所である。

 そのような場所にアジトである古城は存在する。

 湿気の多い石畳の廊下。

 揺らめくのはランプに灯した蝋燭の火だけで、視界は非常に悪い。


「聞いたか? 『穏健派』は『過激派』の連中を完全に締め出すんだとさ」

「聞いたわよ。『過激派』にはイドゥさんみたいな人格者もいるというのに」

「上の連中は何を考えているんだか」


 神器の光を頼りに、二人の贋作士が、最近『不完全』内で流れている噂を口にしていた。


「『過激派』の残党は、これに徹底抗戦するって。そもそも『不完全』が贋作士集団として有名になったのも、過激派の連中の功績が大きいから。手柄を立てたのに締め出しってのは納得いかないのも無理はないよ」

「となると、『穏健派』と『過激派』との全面戦争になり得るのかもしれないわね。今のうちにどちらに付くか決めておかないと」

「僕としては当分組織から逃げておいた方がいいと思う。中立派は何を強いられるか判らないから」

「今度の幹部会議が勝負だってね」

「一応両派閥は血を流すことは避けようと話し合いに持ち込もうとしているんだよね。会議が上手くいけばいいんだけど」

「過激派が会議で暴れてくれなければいいけど」


 最近続いたプロ鑑定士協会の活躍、つまり裏を返せば贋作士達の失敗は、もはや黙認できるレベルではなくなっていた。

 大陸から贋作の姿もかなり減り、新リベアの崩壊による奴隷貿易での利益が見込めなくなり、『不完全』という組織自体が今、かなり勢力を弱めてしまっていた。


「正直、今は争っている場合じゃないんだよね」

「このまま行くと贋作製作の資金もだいぶ減る感じだし。徐々に仕事も減ってくるかもね」


 贋作士だって、職業であるしビジネスだ。

 生きていくためには、仕事をして稼がねばならない。

 そんな人間の根本的な悩みを考えなければならぬほど、状況は緊迫していると言える。


「でも、僕はこの二勢力の争い以上に気になる噂があるんだ」

「……なんなの、それ?」


 唐突に話が変わる。

 しかも、話す男の表情は、二派閥の争いの話に比べ、やけに慎重だった。


「――『異端児』って知ってるかい?」

「ええ。あの仮面をつけた若い男が頭をしている、中立派グループでしょ?」

「そいつら、近々何かやらかすって噂が流れているんだけどさ。どう思う?」

「う~ん、確かあの仮面の男、イドゥさんと仲が良いよね。なら過激派に付くんじゃないかしら」

「それなら別にいいんだけどね……」


 男はこの時、少しだけだが感じていたのかもしれない。

 『異端児』と呼ばれる連中の、本当の目的についてだ。







 ――●○●○●○――






 


 ――『不完全』アジト、古城の地下室で――


「よく集まってくれたね。皆、久しぶり。元気にしてた?」


 軽い調子で手を上げて、大げさに再会の喜びを体現する仮面の男。

 仮面のせいでどのような表情を浮かべているかは判らないが、食えない男には違いない。

 黒の腰まで届く程長い長髪をなびかせて、集まったメンバーを満足げに見渡した。


「おい、リーダー。アンタの暇つぶしに一々集められていちゃ俺達の身が持たんぞ」

「とかなんとか言ってダンケルク。君だって暇だったんだろ?」

「お前と一緒にするな」


 そう切り返した、中年の男、名をダンケルクという。

 色黒で細身、こけた顔をしている男であるが、どこか歴戦の傭兵のような風貌がある。

 背中に背負った二本の剣の存在が、それを感じさせているのかも知れない。


「そうそう、もうすぐプロ鑑定士試験が行われるよ? 君ももう一度受験したらいいんじゃないかな?」

「冗談抜かせ。あんな無知集団の中に戻るくらいならリーダーの暇つぶしに付き合う方がマシだ」

「それはありがたいことで」


 ダンケルクという男は、実のところ元プロ鑑定士であった。

 しかし、ダンケルクはあまりにも優秀すぎて、それ故にプロ鑑定士を辞めた経歴を持つ。

 周囲の鑑定士の無知っぷりに、いい加減愛想が尽きたということだそうだ。


「ちょっと、リーダー! そんな漫才はどうでもいいから要件を早く言ってよ! アノエ、もう寝ちゃってるよ!」

「まあまあルシカ。時間はたっぷりあるんだから落ち着いてよ。せっかくの可愛い顔なんだ、怒っちゃ台無しだって」

「ええ!? 可愛い!? エヘヘ、そっか、そうなんだ。可愛いならあまり怒らない方がいいよね」

「そうそう、ルシカは可愛いから」

「もう、リーダーったら。私を照れ殺す気?」

「ルシカ。からかわれてるぞ」

「エヘヘ、可愛いかぁ……」

「ダンケルク、ルシカってば聞いてないよ」

「……そのようだな。なんとも幸せな奴だ」

「……ぐー……くかー……」


 それはニッコニコで照れ続ける、金色のセミロングの女の子の名前は、ルシカという。

 彼女の胸元には、翠色のオパールの様な飾りがある。

 その正体はエルフの薄羽であり、彼女が生まれた時から身に着けていたものだ。


「ぐー、くかー……」


 照れ続けるルシカの隣で眠りこけていたのは、何故か背中に巨大な大剣を背負った銀色の鎧を纏った女の子。


「ねぇ、アノエ。そろそろ起きて欲しいんだけど」


 仮面の男――リーダーが、鎧をコンコンと叩いて起こそうとした時である。


「――ふっ!!」

「ちょっと、ちょっと! アノエ、危ないって!」


 仮面が当たるスレスレのところに、大剣の刃先があった。

 大の大人が三人がかりでなければ持ち上げられないほど、巨大で重量のある大剣だが、アノエと呼ばれた女の子は、それを軽々と、しかも片手で持ちあげていた。


「たとえリーダーといえども、私の眠りを妨げるのであれば容赦しない」

「わ、判ったから! もう邪魔しないから! 存分に寝てください!!」

「……今ので目が覚めた。腹が減った」

「後でご飯奢ってあげるから! だからこの剣、下げて、お願い!」


 目の前に剣がなければ土下座までしそうな勢いである。

 ダンケルクは、こんな調子の仮面の男を、果たしてリーダーと呼んでいいかどうか、戸惑う時が多々ある。


「……ん。約束したよ」


 さっと大剣が下げられ、ようやくホッと息を吐くリーダー。


「アノエも相変わらずだね。元気してた?」


 銀色の鎧に銀色の短髪。それでいて女性の平均よりもだいぶ高めな身長を持つアノエ。


「病気とは縁のない体だ。いつも通りだ」

「羨ましいことだよ。どう? 絵画の作品の方は」

「そこそこ上手く行っている。いつも通りだ」

「傭兵の仕事の方は?」

「ノルマ通り殺している。いつも通りだ」

「そっか。何もかも、いつも通りで何よりだね」


 あまり表情を顔に出すタイプではなく、この通り言動もそっけない。


「さて、残りの四人のメンバーは……」


 リーダーが部屋を見渡すと、やはりと言うべきか時間を守らないいつものメンバーがまだ来ておらず、ついつい頭を抱えてしまう。

 そのうち一人は問題ないのだが、逆に言えば三人も問題があるわけで。


「例の三人はまだ来てないんだねぇ……」

「ルシャブテとスメラギは時間を守らないですから」

「ルシカ、その二人はいつ来るか聞いた?」

「一応ルシャブテの方から今日中に来るとは聞いたんですけどね。ただそのルシャブテもスメラギの行動に振り回されっぱなしですからねぇ……」

「スメラギは怖いもんねぇ……。僕、この前スメラギに耳を引きちぎられそうになったし」

「な、何したんですか、リーダー」

「寝ているルシャブテの顔に落書きをしようかと」

「スメラギはルシャブテの為なら自殺する事すら厭わない子ですからね……」

「病んでるよねぇ。ルシャブテも苦労してるね」

「……いつも気楽なアンタより、よほど苦労しているだろうな」


 最後のツッコミはダンケルクのものだ。


「最後の一人については俺が電信で聞いている。少し仕事が残ってるからそれが終わった後合流するってさ。一応リーダーの計画は伝えているから、任務の途中からでも参加するみたいだ」

「そ。ならいいか」


 そこまで打ち合わせした時、薄暗い部屋の奥、しっかりと閉じてあった扉がギギギと軋みながら、ゆっくりと開かれていく。

 そこに現れたのは、背中に長槍を背負った、スキンヘッドの男。

 髭を蓄え、見た目には温厚なお爺さんにしか見えない。

 だがこの男こそ、贋作士集団『不完全』にて、最も信頼の厚い男なのだ。


「おお、だいぶ懐かしい顔が溢れておるな。一人だけ顔が見えんのもいるが」

「イドゥさん! 待っていましたよ!」

「……ふむ、ここではリーダーと呼ぶんだったっけな。リーダーさんよ、なんだか数が足りないが、大丈夫なのか?」

「ルシカ、計画は全部イドゥさんに伝えてるの?」

「勿論です。リーダーが私に頼んでそのまま遊びに行ったせいで、私一人で考える羽目になった今回の計画、それはもう計画時間の一秒単位まで、細かな詳細を伝えています。たぶんリーダーよりも詳しいですよ」

「だね~。僕は計画書をちらっと見ただけだからさ」

「よくそんなのでリーダーを名乗れますね。イドゥさんと変わった方がいいんじゃないですか?」

「それはダメ。僕がリーダーじゃなくなったら、存在価値が無くなっちゃうじゃない?」

「自分自身をそこまで低く見ることが出来るのはお前くらいだな」

「ダンケルク、それ、褒めてるよね?」

「ああ、褒めてることにしておこう」

「どうしよう、僕もルシカみたいに照れまくって喜んだ方がいいのかな?」

「リーダーはルシカほど絵にならない。気持ち悪いだけ」

「アノエさん、本当に厳しい一言、どうもありがとう。僕、やっぱり落ち込むことにするよ」


 仮面のせいで表情こそ見えないが、本当に手を付いて落ち込むリーダーを放って、イドゥが言う。


「あの計画、本当にやるつもりなのか?」

「止めますか? イドゥさん」

「いや、むしろ大歓迎だよ。俺も今の組織にはホトホト愛想が尽きていてな。イングが消えた今、この組織に未練など皆無。違うか? ダンケルク」

「……ま、もうこんな状態の組織じゃ面白くもなんともない。爺さんの言う通りだよ」

「私はリーダーに従うだけだ。組織のことなど最初からどうでもいい」

「わ、私はアノエと違って少なからず恩もあるけど……。でも、今の幹部連中は嫌いです。エルフを蔑ろにしたことは許せませんから」

「ということだ、リーダー。皆なんだかんだ言ってアンタの行動には毎回従ってきた。今回だって同じだ。そろそろ機嫌を直せ」

「ああ、ありがとう。そう言ってもらえるだけでリーダーやってて良かったと思うよ」


 立ち上がり、リーダーは腕時計で時間を確認する。


「もうすぐ、時間だね」


 その一言で、皆表情が引き締まった。

 そう、これから彼らが行う作戦とは、殲滅作戦。

 贋作士集団『不完全』のメンバーを根こそぎ殺していく、クーデターである。



最終部プロローグ後に最後の番外編を掲載します。


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