我が子は大陸一可愛いのです。
「か、か、か、かかかか……」
フレスは目を輝かせ、そして叫んだ。
「くぁわうぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!?!?!?」
「お前、声デカすぎ」
「だって、だってぇ!」
「そうですよ、フレスさん。大袈裟――――……じゃないですね。フレスさんの反応が普通です」
「本当に親バカだよな……」
プロ鑑定士試験を受けるため、サスデルセルで猛勉強をしていたフレスと、その師匠ウェイルは、少しばかり時間も空いたということで、久しぶりにシュクリアの元へ訪れていた。
シュクリアは生まれて間もない赤ちゃんを抱いて、大袈裟に叫んでいたフレスに同意して頷いていた。
「だって、可愛すぎませんか? うちの子」
「ああ、可愛いと思うぞ。ここに遊びに来た甲斐もあったというもんだ」
「ほんとだよ! ボクにも抱かせて!」
「ウフフ、嫌です♪」
「そんなぁ……」
にこやかな顔をしながらも、バッサリと断るシュクリア。
他人には抱かせたくないという凄まじい親馬鹿っぷりである。
「そういえば今日はどうしたんですか? 急に」
実は事前にここへ来るというような約束などしてはいなかった。
本当にたまたまポッカリと空いた時間に、そういえばと思って来たからだ。
しかし、あながち理由がなくもなかったりする。
「シュクリア、約束しただろう? 良い占星鑑定士を紹介するって。名前を付けてやるってな」
「やっぱりそれだったんですね! 私、実はそれが楽しみで、いつウェイルさん達が来てくれるか、楽しみで仕方なかったんです」
「そうか。可愛い赤ちゃんも見れたし、良かったよ」
今まで名前を付けずに待っていたからだろうか。
シュクリアの目はさらに輝き、今にも踊りだしそうであった。
「そういえばこの子、男の子? 女の子?」
「女の子だったんです。こんなに可愛いんですもの、きっと大陸で一番の美人になってくれますよ! ……ウェイルさん、絶対にこの子には手を出さないでくださいね」
「生まれたばかりの赤ちゃんに何するってんだよ……」
微妙に赤ちゃんを遠ざけるシュクリアの行動に、少しショックを受ける。
「そう考えると不安になってきました。そういえばこの家、防犯を考えると全然なっていませんね。……どうしよう、この子がもし誘拐されちゃったら! いえ、絶対にされちゃいますね、何せ可愛いんですもの! これは急いで対策を対策をとらないと大変なことに!? ウェイルさん。お金はいくらでも掛けますので、この家を大陸一のセキュリティハウスにしていただけませんか!?」
「どうして鑑定士の俺にそんなことを頼むんだよ……」
一度暴走し始めると、なかなか止まらないシュクリア。赤ちゃんが生まれる前も後も、性格は全然変わっていないようだ。
「大丈夫だよ、シュクリアさん。そんなに可愛い赤ちゃんなんだもん。悪い人も、その笑顔を見れば、きっと和んで悪いことをしなくなるよ」
「そうでしょうか……。私としては窓には全て鉄格子、扉には全て南京錠、周囲に有刺鉄線を這わせてサーチライトまで付けるべきかと思いましたけど」
「牢獄と変わらないじゃないか、それ……」
目を輝かせ続けるシュクリアには、もう何を言っても無駄に違いない。
……もう自由にさせようと思う。
「話を戻していいか? その子の名前についてなんだが」
「そうですよ、名前です! この子の名前を考えなければですね!」
「ウェイル、占星鑑定士に知り合いがいるとかなんとか言ってたよね」
「まあな。お前も知っている奴だが」
「……そうなの? 誰なんだろ」
「もうじきここに来ると思うぞ」
ウェイルがそう言った、なんとも都合の良いタイミングで、家の戸が叩かれた。
「来た。フレス、出てやってくれ」
「うん」
フレスがゆっくりドアノブを回し、扉を開いた、その刹那。
「――うわあああああぁぁぁぁぁ!?!?」
するりと伸びたしなやかな腕が、フレスの腕を掴み、扉の外へと引きづっていく。
「――むぎゅううううううううう!?!?」
そのままフレスは、何者かに強い力で抱きしめられた。
「にゃ、にゃにごとおおおっ!? ……んん!?」
「ウェイル、久しぶり――――……あれ?」
抱きしめられたフレスと、フレスを襲った何者かの視線が交差する。
「て、テリアさん!?」
「小娘!? どうして私がこんな娘を抱きしめないといけないの!? さっさと離れなさい! それに次テリアって呼んだら殺すわよ!?」
「そ、そんなぁ、そっちが勝手に抱きしめてきたんじゃない……。ボクは被害者だよ……」
「ちょっとウェイル! どうして貴方が出てきてくれないの!?」
「あのなぁ、ここは俺の家じゃないんだぞ? どうして抱きついたんだよ……」
文句垂れるフレスをガン無視したアムステリアが、何故かウェイルに文句を垂れていた。
「久しぶりにウェイルに抱きつけたと思ったら、あんな小便くさいクソガキだったなんて。セクハラもいいとこだわ」
「お前が言うな、お前が」
「ボクの言われ様、酷過ぎない!?」
ウェイルが占星鑑定士として呼んでいたのは、なんとアムステリアであった。
「お前、なんて呼ばないで。テリアって呼んでよ」
「…………」
「酷いよ、テリア」
「よほど殺されたいようね、この小娘……!!」
「ひいい!?」
変なコントばかり繰り広げるアムステリアだが、占星術の腕は確かだったりする。
アムステリアは贋作を見極める真贋鑑定専門の鑑定士ではあるのだが、実は趣味で占いなどをやっているのだ。
不吉な内容ばかり的中するということで、プロ鑑定士の面々はアムステリアの占いが怖くて仕方がない。
実はウェイルも何度か占ってもらったことはあるのだが、大方の予想通り、占いの後こっぴどい目に遭っている。
ちなみに、そのこっぴどい目とは、嫉妬に狂ったステイリィに追い掛け回されたというものだ。
「アムステリア、このシュクリアが今回お前に占いを頼みたい客だ」
「よ、よろしくお願いします」
先程のアムステリアとフレスのやり取りを見て、シュクリアは赤子を抱きしめ、少しだけ身を引いていた。
「ほら、小娘。あんたのせいでお客さんが困っているじゃない」
「それテリアさんのせいだよ……。――あ」
「また言ったわね、テリアって」
「違うよ、テリアさん、許して!」
「ウェイル、貴方の弟子、今日ここで消し去ってもいいわよね?」
「もうどうでもいいから早くしてくれ」
結局その後しばらく、逃げ惑うフレスを捕まえ、追いかけるアムステリアの肩を抱き、機嫌を取ることで事なきを得たのだった。
――●○●○●○――
「しきりなおしだ。テリア、今回の依頼人のシュクリアだ」
「ウフフ、プロ鑑定士のアムステリアよ。どうかよろしく」
「は、はい」
さっきよりもさらに引いているシュクリアは、求められた握手に、恐々と言った様子で応じていた。
「さて、今回は赤ちゃんの名前を付けて欲しいって依頼だったと思うけど、合っているかしら?」
「はい。この子なんですけど」
はらりと被せたタオルをどけて、その顔をアムステリアに見せた。
「あら、可愛い子ね」
「そうですよね! アムステリアさんもそう思いますよね!!」
「ええ。とっても可愛いわ。この子なら素敵な名前を付けてあげたいわね」
「やったぁ! これでこの子は大陸一の美人になるのはもう確定的ですね!」
やはりというべきか、赤ちゃんのことを褒められたシュクリアのテンションは異常であった。
今度はアムステリアの方が、シュクリアのことに引いている。
……というかアムステリアがドン引きすることなんて珍しいにも程がある。
(ウェイル、この人、なんだか凄まじいわね)
(お前だって人のことは言えんけどな……。まあ確かに親バカだ。度が過ぎるほどに)
(最初冗談で変な名前つけてやろうとか思っていたんだけど)
(殺されるぞ、やめておけ)
なんて会話があったことなど、シュクリアは知らないのだ。
「じゃあその子の手を見せてくれるかしら」
「手相を見るんですか?」
「まあ手相も参考の一つよね。後はこの家や貴方のこと、その他総合的に風水的に良さそうな名前をつけなくちゃね」
下手な名前など付けることはできない。
アムステリアの慎重な占い鑑定が始まった。
一方その頃フレスはというと。
「ウェイル、このお菓子、おいしいね。……モグモグ」
「こいつはシュークリームといって、ハンダウクルクスで人気のお菓子なんだ」
「そうなんだ。……モグモグ」
「それよりもフレス、それ今何個目だ?」
「五個目だよ!」
その五個目を食べ終わり、六つ目のシュークリームに手を付けようとしていた。
「それ、シュクリアへのお土産で買ったんだぞ……。占いが終わった後みんなで食べようと思って。それを何でお前が全部食べるんだ」
「仕方ないじゃない! おいしいんだから! 手が止まらないよ!」
「開き直るなよ……。仕方ない。もう一度買ってくるか」
「ボクの分もね!」
「知るか!」