表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
龍と鑑定士  作者: ふっしー
番外編その3 ステイリィ編 『初めての恋心』
293/500

サスデルセル支部は今日も平和です ※

「中々の上物だ! やれ!」

「嫌だ、嫌だ……!!」


 ステイリィは目を瞑り、これから始まる残虐な宴から目を背けた。

 目からは恐怖と反省で涙が溢れて止まらない。

 行き過ぎた個人行動の報いが、今ここでステイリィの貞操という尊い犠牲となって現れようとしていた。


(……誰か、誰か……――誰か助けてよ……!!)


 自分勝手、言い方を変えれば独りよがりだったステイリィが、初めて誰かを頼った瞬間だった。


 目を閉じ、来るべき悪夢の時間を覚悟した。


「……あれ……?」


 しかし、悪意と欲望に塗れた汚い手は、少しばかり時間が経っても触れてくる気配はない。

 それどころか敵の殺気や意識が、此方から背けた気がしたのだ。

 周囲は静寂に包まれている。


「ど、どうしたんだろ……?」


 涙を擦り、辺りを窺うと、何故かピタリと動きを止めている密売人達が、何やら神妙な面持ちで、誰だか判らないが、ここに入ってきた部外者を凝視していた。

 その者とはたった一人の男であった。

 だがその男の迫力と覇気に、密売人達は過剰とも思える警戒を示している。


(仲間が迎えに来てくれたのかな……?)


「おい、誰だ、てめえ」


 密売人の中の一人が、ゆっくりと問う。

 無視を決め込んでいるのだろうか。

 答えは返ってこなかった。


「俺達になんかようでもあんのか?」


 それぞれ自慢の得物を手に取り始める密売人達。

 だがそんな武器を構えている密売人連中に臆することなく、その男は歩みを弱めることはなく、ズンズンとこちらに近づいてくる。


「治安局員か!?」


(だぶん、違うよ……!!)


 最初はその可能性も考えたステイリィだったが、それはないと今では確信を持てていた。

 嫌われ者のステイリィを助けようと、こんな危険地帯まで来る局員なぞいない。

 そして何より、彼が一人だったから。

 ステイリィ以外の局員がたった一人で行動するなんて有り得ない。


「誰でもいいさ。邪魔するならぶっ殺せばいいだけだ! やっちまえ!」


 最初に飛び出したのは、剣を持つ五人。

 各々色々な形の剣で、その男を切り刻もうと剣を振るう。


「…………ふん」

「…………!?」


 それらの斬撃は全て空を切っていく。

 男は無言だったが、その眼光だけは誰よりもギラギラして、そして誰よりも素早かった。

 紙一重で斬撃を躱した男は、腰からナイフを抜くと、そのナイフを輝かせ始める。

 最初は見間違いかと思ったけど、間違いない。

 あのナイフは氷の剣と姿を変貌させ、男の腕と融合したのだ。


(あれ、神器だ……!!)


 さらに続く密売人の斬撃は、氷の剣には無力であった。

 氷を砕くどころか、むしろ切り付けた方の剣が折れていく始末。

 そんな様子を見て、男は初めて笑顔を見せて、こう言った。


「……なんてなまくらだ。お前らの剣を選ぶ目がどれだけ腐ってるかよく判るな。まあ密売人にそれ以上を求めても意味がないか」

「調子に乗ってんじゃねーよ!!」

 

 男の幼稚な挑発に、簡単にひっかかる男達。


「殺してやる! 指を飛ばし、足を切り、最後に首をかっさらってやるよ!」

「なまくらなお前らの剣に、俺の首が切れたらいいがな」


 男はそう言うと、氷の剣で敵の攻撃を全て弾いていく。

 

「たまにはこっちから行こうか!」


 鋭さを増す氷の剣で、四人の男達に次々と斬撃を与えていく。

 血飛沫すら凍りつき、段々と氷の刃は赤く染まっていった。


「あの男、まずいぞ……!! 全員でかかれ!!」


 長髪の男の命令で、密売人らは一斉に飛び掛かる。


「なまくらがいくらあろうとも、一つの業物には遠く及ばない。よく覚えておけ」


 凛とした氷の一閃。

 衝撃波と共に、猛烈な冷気と共に白い霧が周囲一帯を包み込んだ。

 衝撃と斬撃をもろに受けた密売人らは皆倒れている。

 たった一人で、十数人を相手してこの余裕。

 ステイリィは一瞬夢かと勘違いしたほどだ。

 霧が晴れ、その場に立ち残ったのは、一人状況を見守っていた長髪の男だけ。


「あ、なんなんだよ、お前は一体!?」


 怯えて腰が抜けたのだろうか。

 間抜けにも後ずさりする長髪の男の質問に対し、氷の剣の男は一言だけ呟いた。


「――鑑定士、だよ」


 その刹那、長髪の男は絶叫を上げる。

 おそらく、絶叫の後、男は絶命したに違いない。

 男は、股間から大量の血を吹き出していたからだ。


「そんな汚いものは、いらんだろう?」


 ステイリィにその痛みは理解できないが、即死級の痛みであろうことは想像できた。


「大丈夫か?」


 氷の剣の男は、そのままステイリィを縛っていた縄をぶった切る。


「は、はい。大丈夫です」


 ちゃんと礼を言おうと、立ち上がったその時だった。


 ――パンッと乾いた音が響き渡る。


「えっ……?」


「お前は馬鹿か!?」


 自分を助けてくれた救世主が、突如として激昂し始める。

 思わずキョトンと腰を落としてしまったステイリィ。


「どうして治安局員が単独行動を取っているんだ!? 一歩間違えば、お前は取り返しのつかないことをされていたんだぞ!?」

「……は、はい」

「もっと危機感を持て! 自分一人で全部出来ることなんて、何もないんだ! いいか、お前は弱い! その自覚を持て!」


 突然のことに、呆然と首を縦に振るステイリィ。

 だけども、この男は正論しか言っていなくて、自分の行動は軽率だった。

 そこまでは彼女自身、大いに反省したのだった。

 ただ、その反省した事以上に、ステイリィには胸の奥から湧いてくる感情があった。


「全く、聞いているのか……?」

「……もちろんです」


 その後もガミガミとこっぴどく叱られていたのだが、正直な話、ほとんど聞いてなどいなかった。


「……まあ、危機一髪だったが助かってよかったよ」


(決めた。この人だ)

 

 ステイリィが咄嗟に固めた決心がある。


(この人こそが運命の人!!)


 そう決めたら、ステイリィの行動は早い。


「好きです。結婚してください」


「全く、最近の治安局員はどうなって――――……ハァ!?」


 驚くのは男の番だった。

 今の告白には、流石に思考が追い付かない。


「鑑定士さんでしたっけ。お名前はなんと?」


「――ウェイルというが」


 思考が鈍っていたウェイルは、言われるままに名乗ってしまう。


「ウェイルさん! 改めて言います! 結婚してください!!」

「いやいや、待て待て、意味が判らん」

「でしょうね! 私にも意味は判りません!!」

「なんじゃそりゃ……」

「ですが仕方ないでしょう! 惚れちゃったんですから!」

「そんなに堂々と言われても困るぞ……」

「幸い私今、こんなかっこですし。貴方になら何されちゃっても構いませんよ?」

「しねーよ、そんなこと! ……ほら」


 下着姿のステイリィに、ウェイルは来ていたコートを脱いで掛けてやる。

 だがその行為がさらにステイリィの行動に火をつけることになった。

 簡単に言えば、目が完全にハートになっていたわけだ。


「や、優しすぎる……!! 結婚して!」

「知らん! それより先に治安局にも連絡を入れておけ! こいつらは俺が見ておいてやるから!」

「判りました! すぐに教会に連絡してきます! 式は明日くらいでいいですか?」

「人の話を聞け!? 冗談もいい加減にしろ!」

「いひゃい!? 冗談じゃないのに……。ハッ!? この痛みこそ愛!? ちょっと危険な愛情!?」

「もう一発ゲンコツくらわすぞ」


 その日、ステイリィの頭には大きなたんこぶ、胸には大きな恋心が芽生えたという。










 ――●○●○●○――









「……ということがあったそうですよ」

「ステイリィ上官は昔から今とあんまり変わらないんですね」

「そりゃそうでしょう。考えてもみれば私よりも貴方よりも、若いんですから」


 ステイリィは今月二十三になったばかり。

 まだ若いと言えるし、何よりあの背丈+態度+容姿からすれば、二十三と言われても信じない者もいるほど。

 英雄的な手柄ばかり立てているが、中身は年相応の子供に違いないのだ。

 だからこそビャクヤは彼女をサポートする気でいるし、周囲も彼女を支えたいと思っている。

 茶会も終わり、ビャクヤがカップやティーポットを片付けていると。


「よーっし、終わったーーー!!」


 最後の書類にサインをし終ったステイリィが、大きくうんと背伸びして立ち上がる。


「ビャクヤ! 勝負はどうなった!? 私の勝ちか!?」

「ウフフ、上官の勝ちです。ほら、私がサインしたのは0枚ですから」

「なんですと!?」


 サインし終わった書類は、確かに全てステイリィ直筆の物であった。

 そこでようやく自分がビャクヤに嵌められたことに気が付く。


「な、なぬー!? ではこの書類、全部私がやったというのか!? ビャクヤはサボりまくっていたのか!?」

「サボるも何も、元々上官の仕事でしたからね。私がやったらまずいでしょう?」

「ひ、卑怯だぞ! 競争とか言って私を煽って、自分は遊んでいたなんて!! おかげで仕事が全部終わってしまったではないか!?」

「いいことじゃないですか。ほら、商品の万年筆。差し上げますね」

「私は万年筆でなく、鑑定書の方が欲しいんだ!」

「ですよね。はい、鑑定書です。大切にしてくださいね」

「やっほーい! ウェイルさんの直筆サインだ! ……額縁に入れておかねば! おい、ビャクヤ! 経費で額縁買ってこい!」

「それは無理ですので、ステイリィ上官のお給金から引いておきますね」

「別に構わん! さっさと買ってこい! あ、でも先に紅茶を一杯くれ」

「はいはい」


 鑑定書一つでここまで喜ぶ我らが上官は、やっぱり面白い存在で、ビャクヤもこれからしばらくお仕えしてもいいかな、とそう思ったのだった。



 今日も治安局サスデルセル支部は、ステイリィの大声がこだまする平和な支部であった。



挿絵(By みてみん)


番外編3 ステイリィ編、完結です。

お気に入りのキャラ、ステイリィの過去話が描けて、私も楽しかったです。


イラストは、左がローブコートを着た姿、右がそれを脱いだ姿です。


次は番外編4 シュクリア編です。

番外編も本編への伏線を散りばめてますので、是非とも読んでいただければ幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ