ワガママな我らの上官様
「暇だ」
「ならば仕事をしてください、上官」
「うるへー、仕事はしたくないんだよ! でも暇も嫌だ!」
「我が儘言わないでくださいよ、上官……」
ステイリィは治安局サスデルセル支部で、机の上に次々と積まれてくる膨大な量の書類を溜めながら、何とも呑気に大きな欠伸をしながら、暇な時間を過ごしていた。
崩れそうになる書類の山を、せっせと整理していく部下達。
忙しなく働く部下達を尻目に、椅子にふんぞり返り仕事をさぼっているステイリィは、隣で書類を整理する新入りの秘書にジッと視線を送る。
「なぁ、ビャクヤ、オークションハウスに遊びに行かない?」
「行きません。勤務時間中ですので」
ステイリィの視線をガン無視しながら、事務的にそう返す。
「まーまー、そんな硬いこと言わなくてもいいでしょ。経費で好きな物一つ競り落としていいから」
「上官、それは犯罪ですよ?」
「ばれなきゃ犯罪じゃないんですー!」
「私にばれてるじゃないですか……」
ぶつくさ文句を垂れるステイリィの相手をしていたのは、ステイリィよりもよほど優秀な女局員、名をビャクヤという。
銀色の長髪をポニーテールにして、丸いメガネを掛けた見るからに秘書という感じの局員である。
実は彼女、治安局内ではまだ新人で、なんと二週間前に入局したばかりなのだ。
しかしながら、持ち前の容量の良さ、器用さ、そして明晰な頭脳により、史上最速のスピードでステイリィの秘書官へと任命された。
――もっとも、ステイリィの秘書をやりたいと望む人間がこれまでいなかったため、秘書官の椅子が空いていたというのが実情ではあるのだが。
久しぶりに秘書官がついたということで、ステイリィはビャクヤで遊ぶ気でいた。
色々と無理難題を押し付けてみたし、仕事も無駄に多く割り振った。
しかしそれらをケロッとした顔で平然・淡々とこなすビャクヤの姿に、途中から嫌がらせをしていたステイリィの方が疲れてしまったのだ。
ステイリィの秘書として配属されてまだ三日目であるというのに、ステイリィはビャクヤのことを気に入ってしまっていた。
「ううう……、暇だ……」
「我慢してください。それか仕事してください」
「我慢したくない。仕事したくない」
「どうしてこんな人が偉いんだろ……。治安局って不思議ですね」
「何か言ったか?」
「いえ、何も。……そうです上官、暇で暇で仕方がないのでしたら、こういうゲームをしませんか?」
そう言ってビャクヤが取り出しのは、一本の万年筆。
そしてその万年筆には、鑑定書がついてあった。
「これは昨日オークションで手に入れてきた万年筆です。これ自体に大した価値はありませんが、要はこの鑑定書です。このサイン、どこかで見覚えはありませんか?」
ビャクヤの掲げた鑑定書を、横目で見るステイリィ。
最初こそ面倒くさそうな視線を送っていたが、鑑定書に書かれた名前を見た瞬間、目が見開いた。
「これ、ウェイルさんの鑑定じゃないの!?」
「はい。これはウェイル氏が自ら鑑定した品のようです」
「それは……欲しい!! 譲ってくれ!!」
「いいですよ、別に」
「ほ、本当か!? ……君、何が望みかね? 金か? 名誉か? それとも女か!?」
「私は女ですよ。ですから女は要りません」
「男か! 男がいいのか!? このビッチめ!」
「上官ほどじゃありませんよ。お金も名誉も要りません」
「むむむ……。じゃあ一体何をすればいいのか」
「ゲームをしましょうと言いましたよね? さっき言ったのに忘れるなんて痴呆ですか?」
「上官に向かってなんという口の聞き方!」
「そうですか、じゃあこれ、要らないんですね」
「ごめん! 許して! ゲームやらせて! お願い、やらせて!」
「やらせて、なんて上官もビッチですね。男でも手配しましょうか?」
「あ、お願いします。好みのタイプはウェイルさんです。本人でお願いします。……って変な漫才はいいからさっさとルールを言え!」
「はい。ルールは簡単です。競争しましょう」
「競争?」
「この上に積まれたステイリィさんの仕事、これを先に多く終わらせた方の勝ちです。全ての書類にサインをし終えたら、枚数を数えましょう。多い方が勝者とします。私に勝ったら差し上げますよ」
「ただ仕事をするだけでその鑑定書がもらえるというわけか。……悪くないな……」
よしよし、と頷き、しめしめという顔をするステイリィに、ビャクヤは笑うのを堪えるのに必死だった。
「それでは始めましょうか!」
「ウッシャー、バリバリ仕事してやるぜぇ!」
ステイリィの高速サインが炸裂し始めたのだった。
――●○●○●○――
サインに夢中になっているステイリィを後にして、ビャクヤはゆっくりと紅茶を飲んでいた。
他の部下達は何事かとビャクヤの元へやってくる。
「ステイリィ上官、どうしてあんなにやる気になってるんですか!?」
「昔から物で釣るってのが人をもっとも効率的に動かす手法なんですよ」
ぴらぴらと鑑定書を見せてやると、部下達も納得したらしい。
「本当に、この鑑定士さんのことが好きなんですねぇ」
「ですね」
「話を聞いた限り、競争がどうとか言ってましたよね。ビャクヤさんはしなくていいんです?」
「私のサインを書類に書くのはまずいですから。結局、あれは全部ステイリィさんの仕事なんです。本人がやらないとね」
「確かにそうですね」
自分には出来ない仕事と知って、あえて競争に持ち込んだビャクヤの手腕は流石と言える。
「しかし何だってあんなに例の鑑定士のことが好きなんですかね? ビャクヤさんは何か聞いたことあります?」
「あら、貴方は聞いたことないんですか?」
コクリと部下は頷いた。
ステイリィはあまり自分のことを語りたがらない。
最近では英雄とさえ呼ばれるようになったステイリィの話だ。誰もが聞きたいと望んでいる。
ビャクヤは最近ステイリィととても仲が良い。
ステイリィとしても頼りになるお姉ちゃんが出来た感覚で、嬉しかったのだろう。
普段は話さないことも、ビャクヤにはペラペラ話していた。
「よければ話しましょうか? もちろん、ステイリィさんには内緒ですよ?」
「それ、聞きたいです。多分他の連中も」
「なら皆を呼んでください。紅茶でも飲みながら、休憩がてら語りましょう」
それからしばらく、仕事に夢中で周りが全く聞こえていないステイリィの姿を紅茶の茶請けにしつつ、ビャクヤは語り出した。