元『不完全』 アムステリア ※
「――ここだ」
ウェイルとフレスは、マリアステルの郊外の裏路地にある小さな家の前にやって来ていた。
「いいか、フレス。油断するなよ。ここに住んでいる奴はただの鑑定士じゃない。元『不完全』だ」
「えぇ!? 元『不完全』!? ってことは……怖いの!?」
「……ああ、怖い。そして強い。俺だって勝てないかもしれない」
「ウェイルでも勝てないって……」
フレスの頭の中では筋肉隆々のマフィアのような男が嘲笑っていた。
「……ぶるぶる……、怖いよう……。ウェイル、やっぱりボク帰るよ」
その場で回れ右をするフレスの首をすかさず捕まえるウェイル。
「出来る限りのことをするんだろう? それに龍のお前が負けることはないだろう」
「龍でも怖いものは怖いよー」
「いいから入るぞ」
そう意気込むウェイルだったが、その手で握るドアノブは酷く重く感じた。
「アムステリア、いるか? おい、アムス――なっ!?」
扉を開けた瞬間、中から伸びてきた手に掴まれ、ウェイルはそのまま部屋の中に引きずり込まれた。
「大丈夫!? ウェイル!!」
急いで中に飛び込んだフレスの目に映ったもの、それは――
――長い黒髪の綺麗な女性とウェイルが唇を交わしている光景だった。
「――なっ!?」
突然の衝撃映像に、フレスは思わず立ちすくんでしまった。
ウェイルも抜け出そうと必死にもがいているが、女の両手にがっちりと抱かれて逃げることが出来ない。
「フフッ、ウェイル、久しぶりね。とっても会いたかったのだから♪」
そう言って女はキスを続ける。舌が口に入り込んでくるほどの、深いキスだ。
「ダメーーーー!!!!」
正気に戻ったフレスが全力で二人を引き剥がした。
「あぁん、もう。せっかくウェイルとの愛を確かめ合っていたのに。あんた誰よ?」
「大丈夫!? ウェイル!!」
「ゲホッ、あ、ああ、大丈夫だ……」
襲撃を受けたウェイルはなんとか無事なようだ。
「アムステリア、何してくれてんだ!」
「何って、キスだけど。ねぇ、ウェイル、その子誰? 恋人? だったら今すぐ殺すけど」
アムステリアと呼んだ女は、何故か持っている剣を鞘から引き抜き、舌なめずりする。
「俺の弟子だ。だからさっさとその剣を下げろ」
「そうなの? 良かった~、てっきり恋人かと思っちゃったわ♪ もし浮気だったらウェイルも一緒に殺してしまうところだった♪」
しゃっと剣を鞘に仕舞い込み、今しがたウェイルとキスをしていた唇を指でなぞった。
「浮気も何も、そんな仲じゃないだろうが……」
「ウェイル、この女がまさか……」
フレスが信じられないという表情を浮かべる。
「こいつがアムステリア・ウィルコッテ。『不完全』専門の鑑定士で元『不完全』。俺達が会いに来た目的の人物だ」
艶やかな黒髪を肩まで伸ばし、赤と黒が基調の不思議なドレスを身を包んだまさに美人という言葉が似合う、それがアムステリアだ。
若干性格に問題があり、ウェイルのことを過剰に好いている。ウェイルとしてはあまり得意な相手ではなかった。
「いやん、こいつって。テリアって呼んでよ♪」
「テリア♪」
「黙ってろ、小娘。ねぇウェイル~」
「はぁ……」
ウェイルは大きくため息をつく。アムステリアに会いに来ると必ずこうなる。
まともな話が出来ないことも多い。だからここに来ることは気が進まないのだ。
「アムステリア、真面目な話なんだ。聞いてくれないか」
「テリアって呼んでくれたら聞いてあげるわよ」
「テリア!」
「黙ってろって言っただろ? 小娘。殺すぞ?」
アムステリアはギロリとフレスを睨み付けた。
「うう、ひどいよ……、差別だよ……。ぐすん」
フレスはいじけてしまったが、アムステリアにとってフレスはどうでもいい対象らしく。
「ねぇ、ウェイル。テリアって呼んでよ」
と、ウェイルの顎を指でなぞってくる。
「……テリア、話を聞いてくれないか」
「ああぁん、聞いちゃう聞いちゃう!! 何でもお姉さんに話してごらん!」
アムステリアはウェイルより年上だ。
……何歳上なのか聞いたら殺されるだろう。
「『不完全』絡みで事件があった。今度はこの都市で何かするみたいだ」
『不完全』絡みと聞いたアムステリアは、急に真剣な表情になった。
何故だかこの表情になったアムステリアは、非常に心強く感じる。
「ウェイル。今回手に入れた情報、全て話しなさい」
「じゃあボクが説明するね。まずは――」
「――黙ってろって言っただろ!! 小娘!!!」
「うぅ……、酷い……」
――気のせいだった。
イラストはアムステリアです。