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龍と鑑定士  作者: ふっしー
第三部 第十一章 宗教戦争完結編 『君が為に』
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三つの告白

 プロ鑑定士協会屋上――天空墓地――


 ここは違法品で犠牲になった人達を供養する墓地でもあるが、それ以上に競売都市マリアステルを見渡せる絶景ポイントの一つでもある。

 風も強く、肌寒い。

 そんな中、テメレイアは、ウェイルと少し距離を置いて、そして向き直った。


「何の話なんだ? どうしてここでやる必要がある?」


 何故呼ばれたか理由が全く判らないウェイル。


「こんなところで話なんて理由は一つ。他人に聞かれたくなかったからさ」

「……なんなんだ……?」


 しばらく沈黙があったが、テメレイアは意を決し、指を三本立て、ウェイルに向けた。


「三つ、伝えたいことがある。一つは僕の今後についてだ」

「今後? お前、罪は全て免罪となったのだろう? プロ鑑定士協会の潜入捜査という名目で」

「その通りさ。でも、ミルはそうじゃない。ミルはアルカディアル教会の象徴だった存在だ。ミルの行動は全てイルガリに操作されていたからだと結論付けられて、ミルも免罪と一応はなった。でも、宗教上のしがらみを考えるとそうはいかない」

「ラルガ教会か」

「ラルガだけじゃないけどね。ミルの存在は大陸中に知れ渡ったと言っても過言じゃない」


 あれだけアルカディアル教会が大々的に龍姫の名を公告したのだ。それでいて実際アルクエティアマインの上空に龍が現れたのだから、皆、龍の存在を確認したことになる。


「ラルガ教会を中心に、ミルのことを嗅ぎ回っているようだよ。ラルガにとってミルは許すことの出来ない存在だろうから。だから僕はミルを連れて旅に出ようかとも思っている。彼女をほとぼりが冷めるまで匿うつもりなんでね。しばらくはここにも帰れないかも知れない」

「なるほどな。寂しくなるな」

「君にそう言ってもらえるだけで嬉しいよ」


 そしてテメレイアは二本目の指を立てる。


「ここからが重大な発表なんだ。二つ目の伝えたいこと。心して聞いて欲しい」

「重大……? ……って、レイア!? 何を!?」


 ウェイルが驚くのも無理はない。

 何故ならテメレイアは、自分が身に着けていた上着を、一枚一枚脱いでいたからだ。

 そして脱がれる枚数に比例して、ウェイルの顔が固まっていく。

 最後は下着だけになり、ようやくウェイルも理解できたようだ。


「レイア、お前、まさか!?」

「そ。僕、いや、この瞬間から私でいいよね? 私は、――女、なんだ」


 すらりと伸びたしなやかな手足。

 控えめだが、ぷっくりと膨らんだ胸。

 男の体では再現できない体躯を、テメレイアは持っていた。


「ちょ、ちょっと待て。少し状況を整理させてくれ」

「いいよ。私も状況整理を手伝おうか」


 テメレイアが女だった。

 つまりだ。ウェイルはこれまで女であるテメレイアを男として接してきたわけで。


「…………なんてこった……」


 男として振る舞うテメレイアのことを、なんも疑いもなく男として接してきたということは。


「……一緒に風呂に入ったこともあるよな……?」

「ああ、プロ鑑定士試験の時のことか。そうだね。あの時は正体がバレないかヒヤヒヤしたもんさ。私は全力で君の視線から逃れていたことを君は知らないだろう?」

「……全然気づかなかった……」


 というレベルであればまだいい方。


「君が下着姿で歩き回っているのを、私は嫌というほど見てきたさ」


 テメレイアと同室になったこともある。

 考えてみればシルヴァンの時だってテメレイアと同室だった。


「君から下着のデザインについて熱く語られたときはさすがに辟易したもんだけど」

「……お前、質悪いぞ……」

「それは今に限ったことじゃないだろう?」


 クックと笑うテメレイアに対し、ウェイルの顔は真っ赤だ。


「何故女であることを隠していたんだ!?」

「その理由を話すには、懐かしい話をしないといけないね。ウェイル。君にも関係があることさ」

「俺に関係がある……?」


 はて、一体なんのことだろうか。

 そもそもテメレイアとはプロ鑑定士試験の時が初対面だったと記憶している。


「実はね。私達がプロ鑑定士試験で出会うずっと前に、君と私は会っている」

「会ってる? いつだ!?」

「君は覚えているかな? 十年以上も前の、リグラスラムでの出来事を」


 そしてテメレイアは穏やかに語り始めた。


「実は私、あのウィルハーゲンコーポレーションの社長の一人娘でね」

「……あのウィルハーゲンのか」


 ウェイルが声のトーンを落としたのは理由がある。

 ウィルハーゲン社は、一時期、デイルーラやリベアを凌ぐほどの大成長を遂げたのだが、最近はというと、依然の栄華はとうに落ちぶれ、株価も安定していない世界競売協会としても困り種な大企業なのである。

 その企業の一人娘というのだ。さぞややこしい事情があると見える。


「今でこそ死にそうな大企業だけど、昔の繁栄っぷりは君の耳にも届いているはずだ」

「ああ。あまり詳しくはないが、ウィルハーゲンと言えばデイルーラ、リベアと並ぶ大企業だったとか」

「何故あんなに栄えた企業が、ここまで落ちたか理由は判るかい?」

「上層部の経営方針がことごとく失敗したと聞いた。もっともウィルハーゲン社が波に乗っていたとき、俺はまだガキだったからな。ほとんどは師匠から聞いた話だし、俺もあまり詳しくはない」


 ウィルハーゲン社が市場で話題になったのも、十年以上前の話。

 ウェイルがその時の詳しいことを覚えているはずもない。

 あの時は鑑定士になるための勉強で必死だったからだ。


「ウィルハーゲン社はね。私がいなくなったから、こんな状態になったのさ」

「……お前がいなくなったから? そんな理由でか?」

「ウィルハーゲン社の社長は私の父だけど、経営は実質私がやっていたようなものだからね。どこの株を買えば得をするか、どことの契約を打ち切れば損をしないか、幼いころからそんな銭勘定ばかりしていたよ。おかげで今は自分で儲けることができている」

「お前の商才はそんな昔からあったのか……」


 聞けば唖然とする内容ではある。まさかあの大企業を年行かぬ少女が動かしていたとは。

 そしてその少女がいなくなった途端、あの落ちぶれ方だ。


「私は父から軟禁されていてね。そりゃこんなに金になる娘、手放したくはないだろう? 父の気持ちも判らないことはないさ。でも私はそれが窮屈で退屈で仕方がなかった。株取引や企業交渉とかいうのは楽しかったけど、それしかさせてもらえなかったのはいささか我慢ならなくて。外出すらほとんどさせてもらえず、外出をしたらしたで監視の目が光っていた。だから脱走してやったのさ」

「子供一人で脱出したのか……」

「そうさ。事前に脱出経路を調べて、実際にも上手くいったよ。父の追手からも逃げるのは簡単だった。船に乗りリグラスラムにつくまではね」

「リグラスラムなら幼い子が一人でうろついていても誰も何も思わないしな」

「それなのさ。だけど、私にはミスが一つあった。リグラスラムのことを舐めていたこと」

「どれだけ調べても、人から話を聞いても、あの貧困都市だけは実際に行かないと判らないからな。すれ違う人間、全てが敵だとも言える」

「父はリグラスラムの貧民達にも金をばらまき、私を追い詰めた。いやぁ、リグラスラムの貧民達は優秀だね。金が絡むと命を懸けて追ってくる。普通の人ならばやらないよなことを平然とやる。裏のコネを使って情報を探る。さすがの私も、そんな連中から逃げることは出来なかった。彼らに囲まれた時、正直死を覚悟したね。リグラスラムの人間は乱暴だから、幼い私に色々と乱暴した後、売り払う予定だったのかも」


 ハハッと笑えない話なのに笑いながら語るテメレイアの話に対し、ウェイルは徐々にだが昔の記憶を掘り起こしていた。


「なぁ、テメレイア。その話、やっぱり俺にも関係があるんだよな?」

「最初からそう言っているけど。話を続けると、その絶体絶命を救ってくれたのは、ウェイル。君だよ」

「リグラスラムで、女の子を大人から……――――まさか……!?」

「思い出したかい?」


 一度思い出せば浮かび上がる鮮明な記憶。


(そうだ。あの時は師匠とオークションに出かけていて、そこで悲鳴を聞いて……、そこにいた大人を全員『氷龍王の牙』を使ってぶちのめしたんだった)


 幼いながらも神器を操り暴れ回る、当時のウェイルはシュラディンにとって問題児そのものであった。

 いつもこっぴどく叱られたものだが、その時ばかりは珍しく褒めてくれた師匠。


『人を守るために神器を使ったお前は正しい。これからは今日みたいに使ってけ』


 シュラディンのその言葉に、ウェイルはそれ以降、神器を持って暴れ回ることをしなくなった。


「完璧に思い出したよ。あの時助けた女の子、レイア、お前だったのか」

「思い出してくれて嬉しいよ。そうさ、あの時のか弱い少女は今、君の前に立つプロ鑑定士だよ」

「どうして男装なんかしていたんだ」

「父の目から逃れるため、それだけさ」


 簡単そうに言うが、実際は苦労の連続だったのだろう。

 ただでさえ生きていくのが困難なリグラスラム。

 そんな中、小さな少女がたった一人で、しかも男装して生きていくなんて生半可な気持ちではなかったのだろう。


「生活は粗悪の一言だったよ。それでも私には夢があったから生き抜けた。プロ鑑定士になってやるって。私は君に一言御礼を言う為に、プロ鑑定士を目指し、そしてなった」

「……は?」


 さらっと言い除けたが、今、とんでもないことが聞こえた。


(……俺にお礼を言う為に、プロになった……?)


「そんな下らない理由でプロに、なんて思ったかな?」

「あ、え、いや、……まあな……」


 誤魔化そうとは思ったが、生憎テメレイアにはどうせ通じやしない。


「だろうね。それが普通の反応さ。私だって君の立場なら同じ風に思う」

「そこまで判ってても、プロになったのか……」

「もちろん、それだけの理由ではないけどね。実はもう一つ理由がある。でも、もう一つの方の理由も、聞く人が聞けば今と同じように下らなく思えるんだろうね」

「なんなんだ、そのもう一つって」

「その理由こそ、君に伝えたい三つ目のこと」


 ウェイルのその質問に、テメレイアは一度深呼吸すると、意を決して告白した。



「私はね。ウェイル、君のことが好き……ううん、愛してるのさ。友人としてではなく――一人の女として」


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