オライオンの最後
「フレス。どうしてその姿に戻った?」
「少しでも多くの力をそれに注ぎたいからね。龍の姿ってのは結構魔力の燃費が悪くてさ」
普段少女の姿をしているのは、力を抑えるのと同時に、魔力の節約をしているためだとフレスは話す。
ウェイルは改めて『氷龍王の牙』を握り直し、腕に氷を纏わせ剣とした。
「ウェイル。この感覚、覚えているかな」
フレスが両手を広げると、体がぽうっと少しだけ輝いていく。
するとウェイルの体も、スッと微かにだが軽くなったような感じがした。
「これが龍の力を借りているってことなのか」
「そうだよ。バジリスクと戦った時、ボクはウェイルに少しだけ力を貸したんだ。これはその状態ね。今回はこの力を、ウェイルと、そして『氷龍王の牙』に集中させる。ボクの持つ力のほとんどを、ウェイルに授けようと思う」
ほんの僅かな力の借用でも、ウェイルの動きは相当機敏になり、腕力も増加したと実感できる。
これほどの強大な力だ。それをフレスの持ちえる魔力のほとんどを借りるというのだ。
確かにこれならば十分、火力としては申し分ないと確信できる。
ただ気がかりなのはやはりフレスの事。
力のほとんどを貸すというのだ。魔力が抜けた後、本当にフレスの体は無事なのだろうか。
「……フレス、お前はどうなるんだ……? 本当に大丈夫なのか……?」
「もう、ウェイルってば。フレスベルグから説明があったでしょ? ボクなら平気だって。ただ力の譲渡が終わった後、少しばかり気を失うと思う。でも絶対に起きるから大丈夫。ボクは死んじゃったりしないから」
「判った。信じる。必ず生きていてくれよ。約束があるんだからな」
「うん! 一緒にフェルタリアに行こうね!」
ハンダウクルクスの地下でした約束。
共にフェルタリアに行こうと、二人は誓っていた。
互いに拳を叩き合い、そして改めてオライオンの方を見る。
「ウェイル、もうすぐアルクエティアマインに影響の出る高度まで落ちる。急いで欲しい」
二人の様子をじっと見ていたテメレイアが、そっと本を開いてアテナを発動できる体勢となった。
「『氷龍王の牙』は神器だろう? なら僕もアテナを使ってサポートするからね。フレスちゃんが少しでも楽できるよう、僕も出来ることをするさ」
「助かるよ、レイア」
テメレイアとて、何もできないわけじゃない。魔力の供給の手助けを少しでもしたい。
本を輝かせ、魔力を集め始める。
「いつでもいいよ、ウェイル、フレスちゃん」
「うん! じゃあ、やるね!」
フレスが六枚の翼を眩いほど輝かせ始め、そして氷の刃にそっと手を置いた。
「……ウェイル、かなりの衝撃が来ると思うから、覚悟しておいてね!!」
「……ああ!!」
蒼白い光は、フレスの方から消え、代わりに神器へと収束していく。
「フレス……」
『…………』
ミルもサラーも、この時ばかりは黙って見守るしかなかった。
「ウェイル、後はお願い……!!」
フレスの光がどんどんと弱まっていく。
美しい翼すら、色艶が霞んでいくように。
対するウェイルも、歯切りするほど力み、神器から来る衝撃に耐えていた。
フレスの光は、そっと蝋燭の火を消すかのごとく、消え去った。
意識を失ったフレスの体が空に投げ出される。
「フレス……!!」
フレスの体を空から抱き上げたのは、四枚のエメラルド色の翼を持つミルであった。
「凄いですね、これは……」
イレイズが感嘆の声をあげる。
眩いばかりの光の刃が、アルクエティアマインの空を明るく照らしているからだ。
フレスの光を受けた『氷龍王の牙』は、力の譲渡を受けた刹那、力を失うかの如く氷の刃が崩れ落ちたが、次の瞬間には、新たな蒼白い光を放つ小さな刃と変わっていた。
「これ、なんて、なんて力だ……!? 魔力が凝縮されているようだ……!!」
見た目は小さなナイフのような姿であったが、その溢れんばかりの魔力に、ウェイルすら恐怖を覚える。
「使い方は訊いているのかい?」
「……訊いてはいない。だが判る。この剣が、俺に教えてくれているようだ……!!」
超人的な身体能力を得たこともよく実感できた。
この神器の使用方法だが、不思議なことにウェイルは理解出来ていた。
まるで脳内にフレスが直接伝えてくれたかのよう。
今なら長年使い込んだ神器と同じくらい、手際よく使えるだろう。
「これならイレイズの腕だって粉々に出来そうだぞ」
「……ウェイルさんと腕相撲だけは絶対にしないようにします」
冗談抜きで、軽く石を握っただけ粉砕できそうだ。ダイヤモンドですら砕けかねない勢い。
「サラー、頼みがある」
『空に投げ出された自分を拾え、と言いたいんだろ。判っている。行ってこい』
「理解の早い仲間がいて助かるよ」
『私はお前と仲間になったつもりはない』
「え!? そうなのですか!? 駄目ですよ、サラー。ウェイルさんは恩人ではないですか」
『お前は今喋るな、イレイズ!!』
「お前らはどこでも相変わらずだな」
そんな漫才を敢えて交わして緊張を解そうとしてくれる二人に、内心感謝しつつ、ウェイルは思いっきり足を踏ん張らせた。
「す、すごい……!!」
テメレイアが絶句するほどの、超人的な跳躍力で、ウェイルは一気にオライオンへと詰め寄った。
「自爆装置ごと破壊してくれる!! うらあああああああああああああ!!」
ウェイルはオライオンに向かって、光の短剣を思いっきり振り降ろした。
振り降ろされた光の刃は、オライオン近辺で巨大な、大きさで言えばオライオンの数倍もの大きさのある大剣となりて、オライオンの結界と大衝突したのだ。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
ウェイルの咆哮の気迫の強さと比例するかの如く、大剣もその大きさを増していく。
ピキピキと、結界にひびが入っていく様子は、少し離れたテメレイアからでも確認が出来た。
「今、助太刀するよ、ウェイル……!!」
本から輝く楽譜を出現させ、テメレイアはアテナの歌を奏でていく。
今度はウェイルを祝福する讃美歌の様に、テメレイアは祈りを込めて歌った。
歌の力が『氷龍王の牙』にも反映されていく。
膨大な魔力をさらに増幅させ、大剣の数は一本から二本、二本から三本へと増えていき、テメレイアが四小節目を歌う頃には五本もの大剣が、オライオンを破壊せんと結界と衝突していた。
ミシミシと、結界がついに悲鳴をあげはじめる。
――そして、ついにその時が来た。
限界を迎えた結界は、光り輝く魔力の粒子となって粉々に砕け散っていく。
結界を失ったオライオンを守るものは、もうどこにもない。
オライオンには容赦なく、五本の光の超巨大大剣が突き刺さっていったのだった。
その日、アルクエティアマインの上空にのさばり続けていた超弩級戦艦『オライオン』は、きれいさっぱり姿を消した。
いや、正しくは消滅したのである。
自爆装置すら瞬時に消滅させた光の刃により、オライオンは文字通りこの世界から消えてなくなったのだった。
フレスの命懸けの行動によって、大陸を恐怖で震撼せしめた超弩級戦艦『オライオン』は、撃破されたのだった。
オライオンの消滅によって、治安局とラルガ教会 VS アルカディアル教会の宗教大戦争は幕を閉じたのだった。