神器『氷龍王の牙』(ベルグファング)の秘密
「――アルクエティアマインは崩壊する……!!」
努めて冷静に、テメレイアはそう告げた。
先程までの空気とは一変、またもこの場は張りつめた空気となる。
「しかしどうして止めよう。オライオンの高度は徐々に下がっていっている。このまま手をこまねいているわけにはいかないだろう」
「高度が下がっている方は、僕がオライオンに魔力を送って多少遅らせることは出来る。だがそれも遅らせることが出来るだけだ。おそらくオライオン内にある重力晶が破損したんだ。そもそもオライオンには莫大な魔力がすでに搭載されてある。重力晶に異変がなければ高度が下がることもないだろう」
プロ鑑定士協会や世界競売協会と言った巨大な施設にて、移動手段として用いられる重力杖の核となっている神器『重力晶』。
魔力を込めると重力に逆らうという性質を持つ重力晶は、オライオンを船体の自重から守るために配備されており、アルカディアル教会はアテナの力を使って、重力晶を暴走させ、力を倍増させて船体を宙に浮かせていた。
その重力晶に破損が生じたなら、これ以上高度が上がることはない。
「アテナの力を使っても墜落は時間の問題だというわけか」
「そういうことさ。地上にて自爆を起こさせるわけにはいかない。もし爆発させるなら空中で、しかもある程度高度がある今しかない」
『なら我の氷とサラマンドラの炎、ミルの大地の力がある。それをオライオンにぶつけてみたらどうだ。我らの攻撃力ならばオライオンを自爆装置ごとまとめて破壊出来よう』
「いや、それも難しい。オライオンには強力な結界がある。たとえ龍の攻撃と言えど、あの結界を破るのは難しいよ」
散々こちらの攻撃を防いできた結界は、未だにその力を残したままだ。
いかにフレス達の攻撃と言えど、その結界の前ではオライオンに傷をつけることは難しい。
「あの結界ごと壊せる力か……。そんなものあるのか!?」
「……現状、ないね」
龍でも厳しいのなら、人間の神器が結界を破る事なぞ不可能に等しい。
「残る方法はオライオンにまた乗り込んで、直接自爆装置を解除する方法だけど……」
「時間を考えると、それは無理だな……」
あれほどまでに樹木で入り組んでしまったオライオンだ。
表面の木を削っていくだけでも時間が掛かってしまう。
「ミル、君の力であの木を消すことはできないかい?」
「……すまぬ、一度出した木は早々消すことは出来ないのじゃ。あれを消そうとするならば、サラーの火で焼き払うのと大して時間は変わらないじゃろう」
「……くそ、八方塞がりか……!!」
こんな議論をしている間にも、オライオンは少しずつその高度を落としている。
まだ少しだけ時間はあるが、後数分のうちに、地上に影響の出る高度まで落ちていくだろう。
「神器を破る方法はないのか……!?」
『神器を破る、か』
そのウェイルの台詞に、フレスベルグが少し考え耽る。
『もしかしたらウェイル。行けるかもしれん』
「なんだと!? どういうことだ!?」
『お前の持つ神器『氷龍王の牙』。それを使えばな』
「こいつが……!?」
気が付けば持っていたこの神器『氷龍王の牙』。
それはまだウェイルがシュラディンの元で暮らしていた時から今までずっと、肌身離さず持っていた神器。
ウェイルと共に歩んできた、ウェイルのもっとも信頼している神器である。
「こいつのことを、フレスは知っているのか!?」
『まだ伝えていなかったな。その神器は、我フレスベルグが作りし旧神器。我の生き写しと言ってもよい神器なのだ』
「なんだと……!?」
考えてもみれば、フレスがこの神器を見る時の目は、なんというか複雑だった。
ある時は驚き、ある時は慈しみ、ある時は自慢げに。
『我の牙から作りし神器だ。バジリスクを倒した時、違和感を覚えなかったか?』
「……そういえば体がやけに軽かったな」
バジリスクと一戦交えたとき、体がやけに軽く感じた。
いや、その表現にはある意味で語弊がある。
軽く感じたというより、あれはウェイルを何か不思議な力が強化しているような、そんな感じ。
『あの時、我はウェイルのバイオリズムと同調したのだ。そして龍としての力をウェイルへ送り込み、そのリズムを増幅させた。だからウェイルはあの時、我の動きについてくることができた』
「これ以上ないほど、フレスと息がばっちりだったのはそういうことだったのか」
自我が芽生えた時から、常に手元にあった神器が、まさかフレスが作り出したものだったとは、思いもしていなかった。
『そいつを使えば、我の力をウェイルに貸し与えることもできる』
バジリスクの件を考えるに、この神器はフレスの力を借りることが出来るわけだ。
「お前の力をこいつに込めての攻撃か。だがあの結界を破るほどの力が出せるのか?」
フレス、サラー、そしてミルという三体の龍の力でも、あの結界を壊すことはできないとテメレイアは断言している。
事実、ミルが生み出した大樹がオライオンを貫いているが、その結界は無事なままだ。
地上からの砲撃だって未だに跳ね返しているあたり、結界を発生させている神器も無事だと判る。
「この短剣で、結界を切り裂くことが出来るとでもいうのか!?」
『出来る』
ウェイルの問いに、フレスは即断言した。
『あのな、ウェイル。確かにオライオンの結界には我々の攻撃は効かなかった。だが、当たり前のことだがその攻撃は我々にあまり負担を掛けない程度には力を抑えている。人間から見れば凄まじい威力だろうが、龍族にとって、大したことのない攻撃なのだ。だが今回やろうとしている『氷龍王の牙』への力の譲渡は、我自身の力全てを注ぎ込むことになる。我がギリギリ死なない程度にな。故にその火力は絶大だ』
「龍の力をそっくりそのままぶつけようというのか……!!」
つまりこれまでは全身全力で力を奮ったことはなく(むしろ奮うことが出来なかった)、ある程度自分の為に手加減をしていたという。
だが今回の場合、媒体として神器『氷龍王の牙』を介すことで、フレスの力を全て注ぎ込み、全力の一撃を放つことが出来るという。
「だがフレス、お前はどうなる!?」
今の説明をそのまま鵜呑みにするのであれば、命を削り力を譲渡するフレスは、その後どうなってしまうのか。
「もしお前にもしものことがあったなら、俺には出来ない……!!」
都市一つの命運と最愛の弟子の命。
自分勝手ではあるが、ウェイルはフレスを取る。むしろその選択肢以外考えられなかった。
そんなウェイルの様子を見て、フレスベルグはフッと微笑み、優しく答えた。
『案ずるな。我は死なん。ウェイル、お前との約束もあるからな』
「約束……?」
『共にフェルタリアに行こうと、約束したのだろう?』
「……ああ」
『ならば安心して全てを我に任せろ。弟子を信頼しない師匠などいないだろう』
「そうだな、確かにそうだ」
まさか弟子に諭されるなど、師匠としては未熟であるとウェイルは痛感したが、それでもフレスが相手であれば不思議とそれでもいいかなと思ってしまうのだった。
「フレスベルグ。俺はお前に全てを託す。だからこの都市を守ろう」
『よく言った。流石は我が師匠だ。そしてサラマンドラ、頼みがある』
『ウェイル達をこっちに乗せればいいんだな。承知した。全員さっさとこっちへ乗れ』
ウェイル、テメレイア、ミルの三人を、サラマンドラの上に乗せ移したフレスベルグは、少しばかり上昇して、蒼白い光を放ちだす。
次の瞬間には、普段見慣れた少女の姿が現れていた。
「ただいま、ウェイル」
「なんだかこっちのフレスは久しぶりだ」
惜しげもなく6枚の翼を広げ、空を羽ばたくフレスは、なんだかご機嫌であった。
「ウェイル、ボクのこと、心配してくれたんだね!」
「当たり前だ。師匠だからな」
「うむむ……。それだけ?」
「さあな」
こんな二人のやり取りを見て、テメレイアはなんだか肩の力が抜けてしまった。
(私は、やっぱり遅かったのかな……)
微かに暗い影を浮かべたテメレイアに気が付いたのは、ミルだけであった。
ミルもテメレイアが何故そんな表情を浮かべたのか判らなかったが、テメレイアの手をぐっと握ってやる。
しっかり帰ってきた握力に、少しだけ胸を撫で下ろすミル。
「定員オーバーになってませんかね? サラー」
『……イレイズ。お前は本当にのほほんとしてるな』
こんな平和な会話があったのも、それと同じ時であった。