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龍と鑑定士  作者: ふっしー
第三部 第十一章 宗教戦争完結編 『君が為に』
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テメレイアの鎮魂歌

 蒼き冷気、紅蓮の炎、新緑の輝きがアルクエティアマイン上空を支配していく。

 下でその光景を見ていた者は、さぞ驚き、そして恐怖した事だろう。

 ラルガ教会に至っては、オライオンよりもそちらの方が危機だと感じ、三体の龍に向かって、攻撃を指示し始めるほどであった。

 後から聞いた話だが、サグマールを中心としたプロ鑑定士協会、並びにステイリィをトップにした治安局の説得がなかったら、実際に攻撃を始めていたそうだ。

 

「ミル! もう止めるんだ! 君はこんなことをする奴じゃないだろう!?」


 暗雲立ち込める空に、テメレイアの声が響き渡る。

 目の前で自我を失っているミルの心に、縋るように問いかけた。


『…………』


 だがミルにその声は届かない。

 ミルの心はすでにイルガリが掌握しているからだ。


『止めておけ、レイア。今のミルに何を言っても無駄だ』

「でも! だからって放っておくわけにはいかないだろう!?」

「お前らしくないぞ、レイア。少し落ち着け」

「ウェイル……」


 テメレイアとて理解はしている。今のミルに聞く耳など無いことに。

 それでも叫ばずにはいられなかったのだ。

 

『お前は知っているはずだ。どうすればミルを元に戻せるか』

「……そう、だね……」


 テメレイアは知っている。

 ミルを元に姿に戻すには、イルガリの持つ神器を止めればいい。


『叫んで無駄に体力を使うより、そっちに集中しろ。ウェイル、協力してやれ』

「師匠使いの荒い奴だよ、まったく……。レイア、俺はどうすればいい」

「すまないね、ウェイル、フレスちゃん。悪いがここからは僕の指示に従ってくれるかな」

『最初からそうする気だ。さっさと指示しろ』

「姿が変わると性格が変わるのか。でもこっちの性格も好きだよ、フレスちゃん」

『いいからさっさと言え』


 それからテメレイアはそそくさと作戦を二人に話す。

 この話はサラマンドラにも伝わっているはず。龍の聴覚だって、馬鹿にならないほど良いからだ。

 見るとサラマンドラも頷いていた。


「難しいのは破壊が出来ないということさ」


 テメレイアの作戦とは至って単純で、ウェイルとテメレイアがミルドガルズオルムの背に乗り込み、イルガリを直接倒してしまうというもの。


「精神介入系の神器は、破壊すれば効力を失うという系統じゃない。破壊後に力が強まるという神器だってあるくらいさ。だから神器は破壊できない。どこにイルガリが神器を持っているかも判らない」

「つまり手荒な真似は出来ず、しかも探りを入れないといけないということか」

「出来ればイルガリの体を縛れば楽なんだけど。出来ないなら手足を切り落としてしまおう」

「やけに物騒なことを言うな。だがそれが一番手っ取り早いか」

『我はサポートに回る。何とかしてミルドガルズオルムの動きを止めよう』

「ああ、出来れば十秒程度、奴の動きを止めてくれ」

『任せておけ』


 作戦が決まると、フレスベルグは一気に急上昇する。

 代わりにサラマンドラは急下降すると、ミルドガルズオルムの下から炎の渦を吐き出した。


『…………』


 ミルドガルズオルムとて黙ってやられるわけでない。

 緑の輝きは、龍の体に浮かぶ茶色の鱗を木の幹に変え、樹木の盾を作り出す。


『その程度の盾、消し去ってくれる!!』


 サラマンドラが炎の力をさらに強めると、負けじとミルドガルズオルムも樹木をさらに増大し始めた。

 そんな攻防が下で行われている頃、フレスベルグは上空から巨大なツララを出現させる。


『うらぁああ!!』


 フレスベルグはそれをミルドガルズオルムに発射した。

 上からはツララ、下からは炎。

 イルガリもこれは受けきれないと判断したのか、ミルドガルズオルムに避けるように指示を出す。

 樹木の盾を捨てて逃げたミルドガルズオルムが元いた場所には、巨大なツララと轟炎が衝突していた。


『―――――!?』


 その瞬間、ミルドガルズオルムは視界を奪われる。

 ツララが炎で一瞬にして蒸発し、周囲は水蒸気に包まれていたからだ。

 下から見ると、それはまるで雲の様。

 怯んだミルドガルズオルムが、一瞬だが動きを止めた。


「今だ!」

「うん!」


 急下降するフレスベルグの背から飛び出したウェイルとテメレイアは、この隙にミルドガルズオルムに飛び乗ることに成功した。

 二人の目の前には、全ての元凶の人物がいた。


「レイア殿。よく生きていましたな」

「僕はつくづく友人に恵まれていてね。この命、そう簡単にはなくせないみたいだよ。今度は僕が友人を助けてあげる番なんだ、イルガリ、覚悟してくれ」


 アルカディアル教会総帥、イルガリ。

 ミルを操り、一度はテメレイアを殺しかけた敵だ。


「ふははは、そうですか。しかし、どうする気ですかな?」

「君を倒してミルを元に戻す。それだけだ」

「いいのですか? 私が死ねば龍姫様は元に戻らないかもしれませんよ」

「だから“倒す”って言ったんだよ」


 最初に動いたのはフレスベルグ。


『時間を止めてみせよう』


 背中の光輪が輝き、ミルドガルズオルムの翼の周りには蒼白い光が集中していく。


『――凍てつけ』


 その掛け声をした瞬間、ミルドガルズオルムの翼が瞬時に凍りついた。


『…………!?』


 これにはミルドガルズオルムも身動きが取れなくなる。

 そもそも龍は魔力で浮いているところがあるので、翼が動かなくても落ちることはない。

 だがその動きは激しく制限される。


『今の内だ、時間はあまりない!』


 フレスベルグがミルドガルズオルムの動きを封じる。

 大地の力を使うミルドガルズオルムには氷の力は効きづらい。

 よって氷の封印も早々長くは持たない。

 フレスベルグの作り出してくれた僅かな時間で、決着をつけなければならない。


「お前と話している時間はない。武力行使に出るぞ」


 ウェイルが氷の剣を精製し、腕と融合させると、イルガリに切りかかっていく。


「龍姫様。私を守りなさい」


 翼が凍りつかされ、動きの取れないミルドガルズオルムであるが、その力を行使するには問題がない。

 イルガリの元へ向かうウェイル達の前に、うっそうと生い茂る草木が現れる。


「頼むぞ、サラー!」

『任せておけ。その程度、我が炎の前には壁にもならん』


 ウェイル達が走りを止める必要なぞ、どこにもなかった。

 何故なら次々と現れる邪魔な草木は、全てサラマンドラが焼き捨てたからだ。


「なぬ……!?」

「お前を守るものは何もないってことさ」


 一気にイルガリへと詰め寄ったウェイルは、氷の剣をイルガリの首元に突き付け、テメレイアも神器封書を片手に、イルガリの背後に立ち塞がった。


「イルガリさんといったか? チェックメイトだ。ミルドガルズオルムを操っている神器を出してもらう」

「りゅ、龍姫! こいつらを!」

『無駄なあがきだ』


 ウェイルらの周囲には、サラマンドラの炎が逆巻く。

 今更ミルドガルズオルムが何をしようと、それこそフレスの氷が解けて動きはじめようと、もう全てが遅い。

 だがイルガリは最後まで抗うつもりらしい。


「待て、私を殺すと龍姫は元に戻らんぞ……」

「そんなこと百も承知だと何度も言ったよね」

「だからこうして生かしているんだろう? もっとも、生かしておくだけだからな。この意味、理解できるはずだ」

「……クッ」


 さすがにイルガリもこの状況になっては余裕も消える。

 ウェイルとテメレイアの気迫に、命の危機すら感じほど。


「素直に神器を出せ。さすればお前の身は司法に委ねる」

「…………仕方ありませんな」


 イルガリは案外素直にそう答え、己の指にはめている指輪を、指から抜いた。

 その際も二人には油断はない。

 むしろ精神介入系神器だということで、敵に操られないようにと身構えていたほどだ。

 だがその強固な身構え方が仇となる。

 とっさに敵の行動に、一瞬だが遅れをとることとなる。


「こうしてしまいましょう」

「「なっ――!?」」


 何が起こったのかというと、イルガリはその指輪を指から抜くや否や、それを口に入れ飲み込んだのだ。


「さあ、龍姫を救うには私を殺すしかなくなりましたな」


 ゴクリと神器を飲み下したイルガリは、二人にしてやったりという笑みを浮かべてくる。

 しかし、その行動を見た二人は、冷ややかな視線をさらに冷たくする。

 イルガリは何か勘違いをしているようだ。


「君は馬鹿だね、本当に馬鹿だよ、イルガリ」

「な、何がだ……!? 変な脅しは止めろ。こうなった以上、意味を成さん」

「お前、勘違いしてるよ。俺達がお前を殺さなかったのは、お前が持つ神器がどのような形で、どこに隠しているか分からなかったから殺せなかっただけだ。下手をして神器を破壊してしまったら困るからな」

「ど、どういうことだ!?」

「だからさ、イルガリ。僕らは別にお前を殺すことができなかったわけじゃない。困るのは神器が破壊された場合だけ。お前を殺すことに、何ら制約はないのさ」


 そう、目的はただ神器を無事に回収すればいいだけなのだ。

 神器さえ回収すれば、後はテメレイアがミルの解除を行えばいいだけの話。


「要は神器さえ無事ならお前はどうなってもいいんだよ」

「なっ…………!?」


 せせら笑っていたイルガリの顔が、サーっと青くなっていく。


「…………そうですか、ならば!」


 ここまで追い詰められて、すでにイルガリは半分自棄になっている。

 およそこれまで自分の行動が失敗したことがなかったという自信が、彼を最後の暴挙へと駆り立てた。

 こともあろうに、この場面で自分が持っていたもう一つの神器『精神汚染針』ヒュプノ・コラプションを取り出して、ウェイルの方へ向けてきたのだ。


「こいつ、まだ神器を――!?」


 イルガリの持っている神器は一つだと思っていたウェイルに、この動きは想定の範囲外。

 神器の影響を受けまいと、剣を下げ、身を引き、どんな攻撃が来てもいいよう、剣を盾にするように構えた。


「無駄です! こいつも精神介入系の神器でしてね!!」

「しかもそれも精神系かよ……!!」


 精神汚染針は、龍に対しての効果はほとんどないが、人間に対しては十分な威力を誇る。

 あまりにも咄嗟のことなのと、取り出された神器がまたも精神介入系であることに、ウェイルは実質追い詰められていることになる。

 すでに神器を構えられている以上、こちらも下手には動けない。

 敵の手を切り落とせればいいのだが、その前に神器が発動の方が早いだろう。


「……クッ」

「今度は貴方が我が右腕となりなさい」


 イルガリが精神汚染針を構え、発動しようとした時だった。


「――君には普通の死すら生ぬるい」

「んっ!?」


 イルガリは突如として口を塞がれる。

 そしてただ塞がれただけではない。

 口に何か入れられていた。


「許さないよ。僕の大切なウェイルを精神操作しようとしたことは。万死に値する。君にはむごたらしい死がお似合いさ……!!」

「んぐんぐ……!?!?」


 イルガリの口を塞いだのはテメレイアだった。

 そしてテメレイアの手には、光り輝く神器の本、『神器封書』がある。


「残しておいた最後のガラス玉、こんなことに使うとは思わなかったけどね……!!」


 テメレイアがイルガリの口に突っ込んだのは、最後まで残しておいた一つのガラス玉。


「もご、もご!?」


 口を押えられてまともに喋れないイルガリ。 

 可哀そうなことに、イルガリの最後の言葉は、聞き取ることすら出来ないものであった。


「――死になよ」


 テメレイアは、優しく歌を奏でていく。


 まるで彼に対する鎮魂歌(レクイエム)のように。


 意味も言葉も分からぬ神の言葉を紡いでいく。


 イルガリの口の中が光り輝いていく。


 テメレイアはそっと手を離し、最後の一小節を歌い上げた。


 ――アルクエティアマインの空に、小規模な爆発が起こった。


 首より上が粉々に砕け散った躯に対しても、テメレイアの目は冷ややかだった。


「自業自得、だよ」

 

 助けられたウェイルであったが、今のテメレイアの表情はとても恐ろしく、胸が冷たくなったという。



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