サラマンドラ、現る
テメレイアも先程味わった、大地を司る龍、ミルの植物を操る力。
伸びていく樹木は、オライオン本体にも根を張る様に、全体的に成長していく。
機敏に飛翔するフレスベルグの背から見えるオライオンは、続々と植物に覆われていき、まさに宙に浮かぶユグドラシルのような姿と成り果てていった。
植物の成長に巻き込まれたであろう信者達のうめき声も響き渡り、オライオンはその不気味さをさらに加速させていく。
「ミルは植物を操れるのか……!!」
『ええい、伸びる枝が邪魔でならん! 一掃するぞ、ウェイル』
フレスベルグは言うが早いか、口から絶対零度の光線を吐き出す。
瞬時に凍り消滅した枝々だが、しばらくするとまた生えてきて、攻撃をしてくる。
何度も何度も破壊しても、植物の再生力には追い付かない。
『ミルドガルズオルムの姿を探してくれ。奴を直接止めねばこちらの体勢は変わらん』
「レイア、ミルの場所、推理できるか!?」
「ミルはイルガリと一緒にいるはず。奴は神器を持ってるから、そこに魔力を送れば場所が判る!」
テメレイアは本を取り出し、軽く歌を歌ってみる。
魔力を受けて、神器が反応した。
テメレイアには、反応した神器の場所が、脳裏に直接ぼんやりと浮かぶと言う。
「まだ船長室にいるね。あの中に空洞を作って、枝を操作しているようだ」
「レイア。お前そういえば神器暴走を起こせるんだよな。『アテナ』の力でミルを操っている神器を破壊することは出来ないのか?」
「出来ると思う。だけど、それは危険が大きい。ウェイル。『アテナ』ってのは魔力を送る事が出来るけど、逆に言えばそれくらいしか出来ないんだ。ラルガポットみたいに小さな神器は少しの神器で許容量の限界を超え、爆発する。でもイルガリが持っている神器の許容量なんて僕には計り知れない。それに、神器“暴走”なんだよ。増幅させた魔力によって、ミルを操る神器が暴走したら、それこそもうミルを元に戻せないほど精神を壊してしまうかもしれない。そんな危険性があるのに、この僕が神器暴走を起こさせるわけがないだろう!?」
ミルの救出第一に考えると、アテナによる神器暴走は出来ないということだ。
だがしかし、この現状を打破しなければならないことも事実。
先程からフレスベルグが絶対零度の光線をオライオンに生える巨大な樹木に打ち放っているものの、植物の生命力は凄まじいと言うべきで、その樹木はすぐに再生しピンピンとしている。
あのフレスベルグが焦燥と苛立ちを感じているほどだ。
『……しまった……!!』
常に回避行動を取りつつ攻撃の隙を窺うフレスベルグであったが、その動きもみるみると機敏さを失っていった。
焦燥に苛立ちで行動が単純になっていたのだ。
その影響は大きく、フレスベルグはちょっとした回避ミスで、蒼く輝く翼を枝に絡まれてしまう。
「フレス、今なんとかする!」
ウェイルも『氷龍王の牙』で枝を切り裂いていくが、いかんせん数が膨大かつ再生力が早い。
このままではフレスベルグはおろか、ウェイルとテメレイアも木に取り込まれてしまうだろう。
「くそ、まずいぞ、これは……!!」
どうにかして逃げ切ろうと氷の剣を振るうウェイルだったが、ふと空に見たことのある物体が写る。
「あれは……なんでここにあいつらがいる……!?」
輝くその物体はこちらへ向かった猛スピードで飛んでくる。
「ウェイル! フレスちゃん、全体を絡め取られている!! ウェイル!? どこを見てるのさ!?」
焦るテメレイア。何故か呆然とするウェイルに、何があったのかと視線の先を追う。
『……やはり来たか……!! ウェイル! レイア! その場から動くな!!』
フレスベルグは二人の周囲に氷のバリアを作り出す。
次の瞬間だった。
ウェイルの視界は、全て炎に包みこまれていた。
突然のことに、テメレイアは意味が判らず尻餅をつく。
対するウェイルはというと、ニヤリと笑っていた。
「来るなって言ったのにな」
轟炎が消える。
あれだけフレスベルグを包み込んでいた木の枝は、全てが灰となっていた。
「フレス、無事か?」
『ああ。あいつも手加減を覚えたらしい。どうやら周りの木だけを焼いてくれたようだ』
「な、何があったんだ……!?」
テメレイアだけが理解できていない状況の中、そのテメレイアも否応にも理解せざるを得ない光景が目の前にあった。
『どうだ、私の炎は気持ちが良いだろう? フレスベルグ』
『たまには悪くない。今度は我の氷をプレゼントしてやろうか、サラマンドラよ』
そう、テメレイアの目の前には、もう一匹の龍がいたのだ。
全身が赤く、炎滾る轟炎の神龍『サラマンドラ』である。
とすれば当然の背中には、久々の再会となる人物がいた。
「助かったよ、イレイズ」
「久しぶりですね、ウェイルさん」
部族都市クルパーカーの王、イレイズの姿がそこにあった。
「全く、ウェイルさんってば意地っ張りですね。どうして私のサポートを断りますかね」
「お前にはお前のやることがあるという配慮だ。決して意地を張ったわけじゃないぞ?」
「でも、助かったでしょう? 苦労したんですよ? ソクソマハーツとアルクエティアマイン、どちらに行けばいいか判らなかったんですから。まあサラーがミルとかいう龍の子の気配を探ってこっちだと判ったんですけど」
「ああ。助かったよ。サラーもよく来てくれた」
『……イレイズが行くというから仕方なく来た。別にフレスにお願いされたから来たとかいうわけじゃないぞ』
「あらあら、サラーってば、語るに落ちていますよ。君が最初に行くと言ったのではないですか」
『言っていない! ……ただ龍と聞いて無関係とは思えなかっただけだ。仕方なくだ。仕方なく』
「はいはい」
そのやり取りは、以前から全く変わっていなく懐かしいもので、この緊張を和らげるには丁度良いほど、安心できるものであった。
『サラマンドラよ。あの木、燃やせるか』
未だオライオンに根付く巨大な樹木。
氷は効かない。でも炎なら。
『当然だ。私を誰だと思っている』
サラマンドラは、翼の炎を激しくして、力を集中させていく。
『――焼き尽くす――!!』
放たれた獄炎は、たちまちオライオンを火の海し、樹木は次々と燃え朽ちていく。
その光景を見て、テメレイアの表情は心配な面持ちである。
天を焦がすほどの高い火柱を上げて炎上するオライオン。
だが、その炎の中から緑色の光が輝き周囲を照らしていく。
『久々だな。あのミルドガルズオルムと一戦交えるのは』
ニヤリと笑うのはサラマンドラ。
『我としては戦うのは嫌なのだが』
対照的にフレスベルグはげんなりとしていた。
『ウェイル、テメレイア。ミルドガルズオルムの真の姿が来る。我も激しく動くことになる。振り落とされんよう気をつけろ。後、ある程度は自分の身は自分で守れ。プロなんだろう』
おそらくフレスベルグに掴まるので必死になると思うが、そこまで言われては師匠としてはこう返さねばならない。
「無論だ。師匠を舐めるなよ」
「僕もプロだ。何とかするよ」
『頼むぞ……!!』
そして緑の光が消えていく。
バキッと黒焦げとなった樹木は裂け、中から一匹の龍が姿を現した。
大地を司る神龍『ミルドガルズオルム』。
千年以上も生きてきた樹木が体に纏わりついているかのように、硬く茶色い鱗が螺旋模様に体にあり、その他は大地の息吹を感じるかのごとく躍動的に緑の光を発する、美しくも雄大な姿であった。
その背中には、この事件の最大の原因であるイルガリの姿もあった。
アルクエティアマインの空に、三体の龍が合間見ることになったのだ。