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龍と鑑定士  作者: ふっしー
第一部 第二章 競売都市マリアステル編 『贋作士と違法品』
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真珠胎児(ベイビー・パール)

「ふむ。『不完全』がよくやる手だな。中途半端な権力者は金を何より欲する。そこにつけ込んだか。腐銀を使うのも奴らにとっては定石だ。腐銀は金属光沢が五年は持つからな。それ以降は黒ずんで腐り無くなる。証拠も残らない」

「だが疑問だな。『不完全』にしては手抜きな事件だった。プロ鑑定士が一人でもいればすぐに発覚する事件だ。状況に矛盾が多すぎる」


 ――ウェイルの指摘は間違っていない。

『不完全』が絡む事件は、いつも矛盾が出ないように狡猾に犯行を行うのだ。

 だが今回の事件は矛盾が多かった。

 だからこそウェイルがすぐに気が付く事が出来た。


「限定生産品であるラルガポットを平気で大量生産したんだからな。そんな物を市場に流したんだ。プロならすぐに気がつく」

「そんな初歩的なミスを奴らが犯すわけがない。とすると可能性はひとつだ」


 サグマールは人差し指を立ててウェイルの回答を待った。


「――わざと失敗したか、ということか?」


 惜しいが違う、とサグマールは首を横に振る。


「あいつらの真の目的は別にあったと考えられるわけだ。その目的までは分からんがな。ラルガ教会の事件なんざ小遣い稼ぎ程度の事件だった、とか、或いは真の目的の為のカモフラージュだったと言うことだな」

「真の目的か……」


 ウェイルは色々考えてみるものの、奴らの目的の検討も付かない。

 ラルガ教会を潰すために他の教会の頼まれたのか、とも思ったがそんなことを『不完全』に依頼した場合、発覚したときのリスクが高い。逆に潰されてしまうだろう。


「バルハーも知らなかった事か……」


「おお、そう言えばそのバルハーって男、殺されたみたいだぞ?」


「――なんだって!? 初めて聞いたぞ!?」


「地下での幽閉中に何者かに目と心臓を抉られたらしい。殺す手口から『不完全』と見て違いない」


 なんてことだ。せっかくフレスが助けた命だというのに。

 ウェイルはショックで言葉が出なかった。


「ねーねー、ウェイル。ルークさんから貰った資料を見てみたら?」


 フレスがふいに口を挟んだ。


(そういえばまだ見ていなかったな……)


 ルークは違法品についての情報があると言い資料を渡してくれた。

 『不完全』と繋がっているとは考えにくいが、見る価値はありそうだ。


 ウェイルはバッグに入れていた資料を取り出し、テーブルに広げた。

 そこには色々と書かれていたが、要約するとこう書かれていたのだ。




 ――『マリアステルのベガディアル・オークションで真珠胎児(ベイビー・パール)の本物が三つ出品される』と。




「真珠胎児だって!?」


 ウェイルが驚きの声を上げる。サグマールも目を丸くしていた。


「真珠胎児って何?」


 何も知らないフレスだけがきょとんとした顔で聞いてきた。


 ――この大陸には違法品と呼ばれる芸術品がある。


 それは人権や倫理に反した品で、アレクアテナ全土でその製作、取引を禁止している。

 違法品を出品しただけでも終身刑は確定というものである。


 しかしこの手の品は、一般的な芸術品と比べ、一際美しいものが多い。

 それ故に違法だと知っていても大金を出して手に入れたがる物好きな金持ちが、この大陸にはごまんといる。


「ねー、真珠胎児って何?」

「真珠胎児ってのはな、違法品の中でも特に人気のある品だ。子を孕んだ妊婦に神獣『クランポール』の体液を飲ませるんだ。すると体液が胎児の周りに膜を張り凝固する。次第にその胎児は、まるで真珠のように光沢を放つんだ。それを取り出したものを通称真珠胎児(ベイビー・パール)という。取り出すときは腹を直接切り開いて出すそうだ。無論、母子共に無事では済まない」

「何それ……。そんな酷いことする奴がいるの!?」


 フレスは激怒した。

 しかしこれこそが人としての正常なる反応なのだ。

 だが人間の中にはこう感じない者がたくさんいる。


「ああ。人間は悪魔だ、という哲学者もいるくらいだ。こんなことを平気でする奴らだっているさ」


 ――ウェイルは真珠胎児を実際に見たことがあった。

 確かに美しい。それは間違いない。

 

 しかしそれは人の命の輝きであった。

 その輝きは神ですら拝むことは許されないだろう。


「サグマール様! これをご覧ください!!!」

「どうしたエリク。少し落ち着きなさい」


 秘書のエリクがサグマールの元へ一枚の紙を持って走ってきた。目の色を変え、尋常じゃないほど焦っていた。


「落ち着いてなどおれません!! ご覧下さい、この広告を!!」


 エリクは広告をバンッ! と机の上に叩き付けた。


「なになに……!? 真珠胎児の"贋作"を出品だと? 数は全部で九つ、出品者は――」

「……『不完全』だと!? ついに奴らが動き始めたか……! 出品場所はベガディアル・オークション……。これってまさか!」

「ねぇ、ウェイル。これ、ルークさんの資料にあった内容と酷似しているよ?」


 ――そうだ。ルークの資料にあったオークションハウスの名前で間違いない。


「でも手紙の内容と違うよ? これには本物が三つって」

「どういうことなんだ……?」


 ウェイルには理解できなかった。

 真珠胎児をオークションに出品することは犯罪だが、贋作であれば犯罪にはならない。

 贋作を流す行為自体は、実は犯罪ではない。

 贋作を本物と偽って販売することが犯罪なのだ。

 今回は贋作としてオークションに出品されている。つまりなんら違法性はないということだ。


「贋作をオークションに出品してどうする気だ。贋作と分かっていて買うような奴なんていないだろう」


 贋作には値が付かない。これは常識だ。ウェイルは奴らの目的の真相が分からなかった。


「資料には本物が三つってあるよね。つまり九つの贋作の中に、本物を三つ混ぜてあるってことじゃない?」


 その可能性は高い。ルークは富豪達から聞いた話だと言う。違法品を欲しがる富豪連中にこの噂を流したのだろう。

 ルークは偶然その噂を耳にし、資料を得たということだ。


「ワシもそう思うぞ、お譲ちゃん。『不完全』は過去にも似たような事件を起こしているんだ。その時も贋作の中に本物を混ぜて出品するという噂を流し、レートを釣り上げたのだ。私達が気付いたときにはすでにオークションが終っていて結局まんまと逃げられてしまった」


 ――待てよ。これってもしかして――


 ウェイルは一つ思い出したことがある。

 サスデルセルで起こった事件。その被害者だ。


 ウェイルは急いでステイリィから受け取った資料を取り出し、目を通した。


「――やはりな……。これならバルハーの言葉の意味も理解できる……っ!」


 ――サスデルセルでの事件。そして今回の事件。

 全てが完璧に繋がる証拠がそこにはあった。


「今回の事件。犯人は『不完全』に間違いない。そして『不完全』がサスデルセルで起こした事件の真の目的。それは――真珠胎児(ベイビー・パール)だ……っ!!」


「どういうこと?」

「フレス。真珠胎児の本物が三つあるとルークの資料にある。ということは真珠胎児を作るために少なくとも三人の妊婦を殺しているということになる」

「……そうだね」


 フレスは辛そうな顔をする。俺だって同じ気持ちだ。


「ステイリィから魔獣絡みの事件があった場所を聞いたとき、あいつは被害者の中に妊婦がいたと言った。そしてバルハーに襲われたシュクリア。あいつも妊娠していた。バルハーはこう言っていた。シュクリアは"代金"だと。つまりは――」


「――――ッ!!!」


 フレスは顔を手で覆った。そして悲しげに呟く。


「この真珠胎児……。デーモンに殺された人達の……っ!」

「そうだ。悪魔の噂は真珠胎児を精製し、集めるためだけの噂だったんだ……っ!」


 説明しているウェイル本人でさえ怒りを隠しきれない。


「……むごいな……」


 サグマールも言葉を失っていた。


「今すぐオークションへ行って止めよう……っ!」


 ウェイルが席を立つ。だがサグマールがそれを制止した。


「落ち着け、ウェイル。まだそれが本物だと決まったわけじゃない。公式的には贋作ということになっている。合法だ。それを無理やり止める事は営業妨害としてこちらが逆に犯罪になるぞ!?」


 まだ全て憶測の粋なのだ。今オークションへ乗り込むのは間違っている。ウェイルだって分かっていた。

 だが理屈ではないのだ。

 『不完全』と聞くと身体がどうしても反応してしまう。


「どうすれば奴らを止めることが出来るんだ!?」

「今の時点ではどうすることも出来ん。だから情報を集めるんだ。オークション開始までに。協会本部も手の空いている鑑定士を総動員して情報を探ってみる。だからお前達も出来る限りのことをするんだ」


 サグマールとしてもこの事件は必ず阻止せねばならない。

 プロ鑑定士協会本部があるこのマリアステルで、『不完全』に好き勝手させるわけにはいかない。

 プロ鑑定士協会の威厳にも関わってくる問題だからだ。サグマールも出来ることを全て行うだろう。


「ボクらに出来ること? ボクら何もわかんないよ。どうすればいいの?」

「そうだな。専門家に頼ってみたらどうだ。この町に住んでいる『不完全』専門の鑑定士がいる。そいつを訪ねてみろ。ウェイルとも知り合いだしな」


 フレスはそれをサグマールから聞くや否や、


「ウェイル、行くよ! その専門家に会いに! ボクらに出来ることは全部やろう!」


 フレスのこの切り替えの良さがウェイルには羨ましかった。


「そうだな。行こう。……でもあいつのところか……。出来るだけ行きたくはなかったけどな……」



 ――ウェイルはただただ不安でしょうがなかった。



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