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龍と鑑定士  作者: ふっしー
第三部 第十一章 宗教戦争完結編 『君が為に』
279/500

暖かい胸、任せた背中

 

 ここはフロア12。

 ここから逃げ出すことは出来たとしても、下の甲板に叩きつけられてしまうのは確定的だ。

 甲板はフロア7だから単純に考えても5フロア分の高さから落ちるわけだ。

 無事でいられる保証はどこにもない。

 そんな絶望的な状況にも関わらずテメレイアの表情は笑っていた。

 そういえば空からの自由落下なんて久しぶりだなと、そんなことを考えて、懐かしい感傷に浸っていたからだ。


(あの時はフレスちゃんが後から追いかけてきて、びっくりしたっけなぁ)


 まさかフレスが龍だとは思ってもみなかったあの時。

 あの時は神器『天候風律』を操って助かったものの、今回はそれがない。

 テメレイアは悟った。

 ああ、これが走馬灯という奴なのか、と。

 駆け巡る記憶の最後には、シルヴァン・ライブラリーから降りた時、下で待っていたウェイルの顔が浮かんできた。


(あの時のウェイル、呆気にとられて可愛かったな)


 走馬灯もいよいよ終わりを告げる。

 一応受け身の取れそうな体勢をしてみる。

 その結果もし生き残ったとしても、歩き回れる状態になるなど不可能だろう。

 ここは敵のアジトのど真ん中だ。

 一命を取り留めたところで、助かる見込みは皆無である。


「――レイア!」

「……ウェイル……」


 走馬灯と言うものは、やけにリアルに感じられる。

 まさかウェイルの声が幻聴として聞こえるとは、いやはや恐れ入った。


「――レイア、掴まれ!!」

「……ウェイル……?」


 意識をしっかりと持って、声のする方を探す。


「レイア! 今助ける!!」

「――ウェイル!?」


 その声は幻聴なんかではなかった。


 巨大な蒼い美しき龍に乗ったウェイルが、自分を助けんと手を伸ばしていたのだ。


「ウェイル!!」


 テメレイアは、すぐにウェイルの手を取ると、ウェイルの腕を引っ張る。

 そのままウェイルに抱きついた。


「ウェイル、ウェイル……!!」


 受け止めてくれたウェイルの胸は、酷く暖かく、そして安心できる心地よい場所だった。


「約束したからな、また再会するってな!!」

「……うん……!!」

『ウェイルよ、この上から龍の気配がする』

「ああ。だが一度甲板に降りてくれ」


 龍の姿のフレスベルグが甲板に降り立つと、その頃にはテメレイアも気持ちを落ち着かせることが出来ていた。


「ありがとう、ウェイル。感謝するよ」

「びっくりしたぞ。いきなり一番上の部屋が爆発したと思ったら、お前が落下しているんだからな。だが、タイミングが良かったよ。無事で何よりだ」


 テメレイアはウェイルの隣にいるフレスベルグに声を掛ける。


「ありがとう、フレスちゃんだよね。君にも助けられたね」

『フレスちゃんとは痒い呼ばれ方だ。我にはどうも向かないが、フレスが表の人格な以上、慣れざるを得ないか。それはまあいい。テメレイアよ。上で何があった』

「ミルがいたよ。でも、操られていた」

「神器の力か……!!」

「そうさ。でもおかしいね。龍の精神を操れるなんて、よほどのことがないといけないのに」

『テメレイアよ。その神器、もしかして形状は指輪型ではなかったか? 赤い石のついたやつだ』

「え? うん、間違いない、それだよ」

『なるほどな。あれはミルが人間を嫌うようになった原因の神器だ。精神介入力も凄まじいが、それよりもミルの動揺を誘えるというのが一番質が悪い』

「フレス、これからどうする?」

『神器を破壊するしかあるまいな。ミルを操っている奴も近くにいるのだろう?』

「そうさ。ミルに自分のボディーガードまでさせてるくらい近くにいるよっ……!!」


 自然と語尾が強くなる。

 ミルをあんな風に酷使するなんて許せることじゃない。


『判った。テメレイアよ。お前はもうオライオンを墜落させるにあたっての最善手を考えろ。ミルのことは我々が何とかする』

「オライオンを落とす、か。……判ったよ。少し考えてみる」


 正直言ってミルは自分自身の手で取り戻したかった。

 でもテメレイアはある意味で可哀そうなことに、効率重視の思考が異常に発達している。

 自分ではミルを救うことは出来ないというのが、否応にも理解できてしまう。


「ウェイル。僕の予測が正しければ、オライオンはもう一発、都市部に向けて爆撃を起こすはずだ。先程の時間から鑑みても、もう時間に余裕はない! どうにか発射を阻止したい。手伝ってくれないか!?」


 だからテメレイアは、これから先の被害を出来る限り少なくしようと考えるしかなかったのだ。


「僕はアテナでオライオンの重力晶を用いた動力システムに介入を試みる。爆撃も魔力を用いているから、アテナで制御可能なはずだ! だから君には――」


 今、テメレイアは自分が焦っていることに気が付いていない。

 考えてみれば、生まれてこれまで焦ったという記憶は数回しかない。

 こういう非常時に慣れていない。

 そういう事情を悟ったウェイルは、テメレイアの肩の上に手を置いた。


「落ち着け、レイア」

「しかしウェイル、急がないと!」

「いいから落ち着け、もう手は打ってある」

「……何だって……?」


 確かにウェイルは宣言した。

 あの超巨大な大砲から繰り出される魔力砲を、何とか出来ると。


「レイア。すでに対策を打っているんだよ。プロ鑑定士協会がな」

「一体どうやって!?」

「転移系の神器を使う。後は判るな?」


 知識として知る転移系神器を思い浮かべてみた。

 多くの教会が持っている転移系神器は、瞬間物質移動が可能な代物。

 アルカディアル教会にも小規模な空間転移系の神器はあったし、実際に使ったことがある。

 長距離の空間転移できる神器は数が少なく、ラルガ教会のような大きい宗教が持っている。

 そこでテメレイアは気づく。


(長距離移動の可能な神器……!! なるほど……!!)


「…………ウェイル、やっぱりナムルさん達は天才だね」

「俺もそう思う。その作戦はナムル氏の考案だからな」

「おかげで爆撃を止めなくていい分、墜落の方に集中できる」

「ああ。ミルとやらは俺達に任せろ」


 互いに拳をコツンとぶつけ、そして互いに背を預け、各々の武器を構えた。

 敵の視線を感じたからである。


「裏切り者のテメレイアを見つけた……!! 空いている人員は、すぐさま甲板に集まれ!!」

「敵は二人、とそして――龍!?」

「龍でも構わん! 我々の神は龍姫様だけ! そいつは偽物よ!」


 わらわらと集まるアルカディアル教信者達。

 敵信者は、二人と一匹を取り囲むように並び、それぞれの得物を構えた。


「こいつらを先に片づけてからな」

「そうしようか」

『難儀なことだ。さっさと終わらせるぞ』


 ウェイルは神器『氷龍王の牙(ベルグファング)』を、テメレイアは『神器封書(ギア・シールグリフ)』を構えて、ちらりとアイコンタクトして頷きあった。


『我は右半分の敵をやる。残りはお前らに任せるぞ』


「はは、師匠に“任せる”なんてませた弟子だ」


「さあ、ウェイル。いくよ!」



 テメレイアのセリフを皮切りに、敵信者達は一斉に飛びかかってきた。

 ウェイルとテメレイアは、互いの背中を守りあうように寄り添い、ウェイルは剣で、テメレイアは魔力を暴走させることにより敵の攻撃をさばいていった。

 氷の剣は一人を切り裂くと、切り裂いたときに噴出する血飛沫は、瞬時に凍り、小さなツララとなりて更なる攻撃となっていく。

 テメレイアはもっぱらサポートに徹していた。

 敵の神器の砲撃を、軽い身のこなしで交わしながら、常にウェイルの陰にポジションを取る。

 テメレイアの歌の力は、ウェイルの氷の剣に魔力を注ぎ、魔力の充実した剣は、さらに敵を切り裂かんと猛威を振るう。

 剣は次第に巨大化していく。

 魔力のおかげでウェイルが重いと感じることはない。むしろその逆。

 大人二人分以上の長さとなったこの巨大な剣ですら、身体の一部になったかのように軽やかに動き、素早い斬撃は敵を切り刻んだ。

 切るだけではない。さながらハンマーの如く、思いっきり剣を振り下ろすと、甲板も砕けるかの如く、床に巨大なひび割れを作っていった。

 テメレイアの身のこなし、ウェイルの猛攻。

 まるで鬼神の如く敵を切り裂き、舞い歌うウェイルとテメレイアの姿に、敵は次第に躊躇し、攻撃の手を休めた。

 その隙を、とっくに自分担当の敵を片づけていたフレスベルグは見逃さない。


『我の存在が偽物かどうか、体で教えてやろう。――凍れ』


 フレスベルグの強い殺気に、ウェイルとテメレイアはすぐに身を翻した。

 目の前に広がるのは、季節違いの猛吹雪。

 小さな氷は、細かい宝石のようにキラキラと光り輝き、正面から見る者を刻み凍りつかせる。

 吹雪の後に残るのは、水晶の様な氷像達。

 変り果てた仲間の姿に、何とか吹雪の被害を逃れた信者達は、恐怖を感じることすら出来ず、その場で呆然としていた。

 しばらくするとようやく気が付く。

 自分達が相手をしていたのは、正真正銘の龍、神だということを体の芯まで叩きつけられたのだ。

 二人と一匹の進む道を、止めることが出来た者のは何処にもいない。

 誰も彼も、恐怖に表情を歪ませ、後ずさりしながら道を開けていく。


「後はミルとイルガリだけだ。ウェイル、行こう」

「ああ。フレス、背中に乗せてくれないか。もうすぐこのオライオンに衝撃が走るはずだからな」

『うむ。二人とも、さっさと乗れ』


 二人を乗せたフレスベルグは、翼をはためかせると、ふわりと宙に浮き、そのまま上空へ躍り出た。

 上昇する際、船長室の窓が見え、そしてかの者の姿が写った。


「ミルだ……!!」

『…………ミルドガルズオルム。幾多の時を超えた再会がこんな形になるとはな……!!』


 ミルの様子がおかしいことは、フレスベルグにも重々理解できたようで、その表情は龍の姿なのでよく判らないものの、おそらく落胆していたことだろう。


「レイア、来たぞ。よく捕まってろよ……!!」

「……うん……!!」


 その直後だった。

 激しい閃光と轟音が鳴り響くとともに、オライオンに巨大な爆発と激震が走る。

 黒々とした汚い煙を包みながら、オライオンは少しずつ下降していった。


「サグマールとナムル氏の作戦が成功したみたいだ」

「でも、オライオンにはまだミルが……!!」

『心配するな。奴も龍。死にはしないだろうし、むしろ敵をいぶり出すのには丁度良い』


 炎上する超弩級戦艦『オライオン』からその時、怪しく輝く緑の光が、周囲を照らしたのであった。




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