オライオンの砲撃
多くの声が都市中にこだましていた。
ラルガ教会信者に治安局員、それに対するアルカディアル教会信者達の壮絶なる命の取り合いが、この都市の各地で繰り広げられているのだ。
アルカディアル教会は、侵入者である故、数は少ない。
だが神獣を操ることで、数の不利を補っている。
事実、ここから見える都市部上空には、未だかつて見たこともないような、鳥型や飛竜型の神獣が旋回し、地上へ向けて火炎弾を打ち放っていた。
もっとも、火炎弾の発射は何も空から地への一方通行というわけではない。
治安局の用意した対空砲や、プロ鑑定士協会が提供した大砲型神器も轟音と共に火を噴き、厄介な神獣を打ち落としている。
アレクアテナ大陸史上稀にみる、最大級の激戦がそこにあった。
その規模は以前発生した、ラルガ教会を中心に巻き起こったサスデルセルの宗教戦争クラスである。
前回の宗教戦争は各々の武力が小さかった故、戦況は長引いたものの、一つ一つの戦闘の規模は小さかった。
だが今回の戦争は互いに火力がある。
短期決戦になるに違いない。
いわば前回の戦争の規模を一日に集約させた、そんな大混戦となっていた。
戦闘を開始した序盤こそ、人数の差や神器の質、治安局の介入により、ラルガ教会側に有利な戦況になっていたのだが、戦況をひっくり返すであろう強大な武力が上空に現れる。
超弩級戦艦『オライオン』の登場である。
「ステイリィ上官! 敵は自爆覚悟で突っ込んでいます! 生きて逮捕というのは難しいです!」
「鉱山に被害を与えようとする者の即時処刑を許可する! 鉱山に爆弾など突っ込まれては堪らないからな! それと対空砲の発砲を止めるな! 常に打ち続けてオライオンを迎撃させるのだ」
「はっ!」
治安局鉱山駐屯地にも、アルカディアル教会の信者は攻めてきていた。
無論こちらは戦闘のプロ。
簡単に負けるわけはなかったが、それでも被害は少なくない。
何せ敵には死の恐怖がない。
誰もが龍姫様の為にと、死を覚悟で突っ込んでくる。
それどころか最初から自爆目的で、爆弾を抱えて飛び込んでくる連中だっているのだ。
「報告します! こちらの被害人数はすでに十名を超えました。また、負傷した者も四十人以上。本部からの増援はいつになるのです!?」
「すでに本部からの援軍はこちらに向かっている! 私の大っ嫌いな『セイクリッド』の奴らも来るようだ! ソクソマハーツへ向かった部隊も、砲塔列車を使ってこちらに向かっているという情報もある! だからもう少し持ちこたえろ! 我らは治安を守るプロだ! その程度、朝飯前だ! 違うか!?」
「いえ、ステイリィ上官の言う通りです!!」
ステイリィの激昂に、一同頷く。
部下達がテントから出ていくと、ステイリィも自らテントの外に出て、空に浮かぶオライオンを見た。
「……いつ見てもデカすぎっしょ、あれ……」
自分で命令しておいて何だが、あれを落とすには相当な無理が必要そうだと感じていた。
それと同時、体中に走る戦慄。
オライオンの砲口が、一瞬だが光ったように見えたのだ。
(もしかして、今……!!)
「総員、早く伏せ――」
ステイリィの叫びは、突如として巻き起こった爆発音に掻き消された。
爆発が起こったのは、アルクエティアマイン都市部。
激しく炎上するその光景は、その破壊力を如実に物語っていた。
「これがオライオンの砲撃……!?」
ステイリィは自分の胸がどんどんと凍り付いていくのを感じる。
「や、やばいって、これ……!!」
逃げ出したくなる衝動を堪えるのに必死だった。
しかし、今のステイリィはここの指揮官。
自分のことだけ考えればよかった昔とは違う。
「……上官! 今のは一体!?」
「オライオンの砲撃だ……!!」
「これほどの威力があるなんて……!!」
「総員、対空砲をオライオンに打ち続けろ!」
「し、しかし、全く利いている様子はありません!!」
そう、先程からオライオンには対空砲にて一斉射撃を行っている。
しかしどうして、オライオンの航行には全く支障は出ていない。
「神器による結界なぞあるのでは!?」
「…………」
部下の指摘は正しい。
あれほどの集中砲火に全く動じない時点で、何かしらの力が働いているの間違いない。
それが宗教都市サスデルセルの都市に張り巡らされているような結界型神器の力であるならば、このまま対空砲を打ち続けるのは弾の無駄だと言わざるを得ない。
相手も大きな宗教組織だ。結界型神器程度持っているに違いない。
それを知っていて尚、ステイリィは砲撃の命令を出した。
「結界が張られていても砲撃は続けろ!! この砲撃は攻撃だけが目的じゃない!!」
実は事前に治安局とプロ鑑定士協会は、オライオンの開発元であるデイルーラ社を交えて、オライオンの攻略法について話し合いを行っていた。
オライオンに結界が搭載されてある可能性は否定できないとデイルーラ社は話していた。
(でも、結界だって万能じゃない。ずっと張っていられるわけじゃないから……!)
ステイリィはオライオンの砲撃の瞬間を見た。
そして気が付いたことがある。
おそらく、結界の性質を詳しく知るものならば、今の砲撃を見て理解できたはず。
(オライオンは砲撃の際、一時的に結界が無くなる……!!)
砲撃の邪魔にならないよう、オライオンが一撃放つときは、結界が消えるのだ。
それは間違いなくこちらからの攻撃のチャンスとなる。
もちろん、そのチャンスを作るためには、またあの砲撃を受けなければならない。
それはアルクエティアマインの負担を考えると止めなければならないこともまた事実だ。
だからステイリィは集中砲火を続けさせている。
「集中砲火を続けているうちは、敵も攻撃が出来ない。このまま続けろ!」
時間稼ぎにしかならないと言えばその通りだ。
だがその時間稼ぎこそがステイリィにとって最大の仕事であると思っている。
時間さえ稼げば、プロ鑑定士協会の作戦が発動できるだろうから。
「またあれを撃たせるのはだけは駄目だ! とにかく間を持たせろ! 対空砲の弾が無くなるまで、とにかく撃て! 対空砲に携わらない局員は、全員アルカディアル教会信者の対処に当たれ!」
敵の弱点は見えた。
ステイリィに出来ることは、ナムルとサグマールの作戦が成功することを祈る事と、一人の鑑定士とその相棒に全てを託すことのみ。
フレスに託すのは腹が立つけれど、背に腹は代えられない。
(ウェイルさん、フレス……、助けてよ……!!)
――●○●○●○――
アルクエティアマイン上空に現れたオライオン内部では、実はかなりの混乱が起こっていた。
テメレイアが様々なところで神器暴走を巻き起こさせていたからだ。
ポケットに入っているガラス玉には限りがある。
だからガラス玉を節約する為、オライオンにたくさん積まれていた神器を暴走させ、信者達を混乱させていた。
「アルクエティアマインの上空に来たね。そろそろ砲撃も始まりそうかな。……被害が大きくなる前に決着をつけないと」
ミルを連れだして、オライオンを墜落させる。その際には自爆装置も解除しなければならない。
「装置の解除は面倒だけど、それよりもミル、そしてウェイルと再会が楽しみだね。今からそれを思うと楽しみだ。……ん?」
偶然、テメレイアの近くには窓があり、外の様子を窺うことが出来た。
「アルクエティアマインの都市だ。……しかし、この響き渡る爆発音は僕のせいだけじゃなかったんだね」
テメレイアが内部から爆発だけではなく、オライオンの外部にも大きな爆発が起こっていた。
窓からはその爆発がよく見える。
「……なるほど、イルガリの奴、オライオンに結界系の神器を積んだのか。これは益々、僕の墜落作戦が物を言いそうだね」
そう呟いた時、船体に大きな振動が走る。
その瞬間、外の景色がしばらく鮮明に見えるのをテメレイアは感じた。
「……発射したのか……!! これは急がないと……!!」
第一発目が発射された模様。
このオライオンを操っていた者として判る。この衝撃は、オライオンに積まれた巨大像砲手が火を吹いた証だ。
相当な被害が出ているはず。
テメレイアの持つ本『神器封書』であれば、アテナの力を操ってオライオンを墜落させることは簡単だ。
しかし、それは今すぐにとはいかない。
ミルを助け出すという目的もあるし、自爆装置のこともある。そして何よりここはもうアルクエティアマイン上空。
墜落させるのであれば、せめて人命に被害の及ばない場所へ落としたい。
「ミル、今行くからね……!!」
現在フロア11。
ここさえ抜ければもう船長室は目の前だ。
「いたぞ、テメレイアだ!」
「そこを動くな!!」
「あらら、見つかっちゃったか」
ガラス玉は、ポケットに後十五個しかない。
慎重に使わねば足りなくなってしまうだろう。
「ここは二個で十分かな……?」
ここから先は敵も数が増え、ガラス玉に頼ることも多いだろう。
節約しなければ、いざという時に間に合わない。
「よし……!!」
二つほど手に忍ばせて、レイアは道を塞ぐ信者に向かっていった。