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龍と鑑定士  作者: ふっしー
第三部 第十一章 宗教戦争完結編 『君が為に』
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切られた火蓋

 その日ラルガ教会は、ラルガ教会最大の教会、『ラルガン・スクエア』と呼ばれる巨大な礼拝堂で大規模な集会を開いていた。

 ラルガ教会はテメレイアからもたらされた情報や、独自のスパイ活動などによって得た予測情報によって、アルカディアル教会が、本日辺りにアルクエティアマインを攻めてくることを知っていた。

 ラルガ教会信者の数は膨大だ。大陸屈指の信者数を誇るといってもいい。

 だからこそ、避難には時間がかかる。

 事前にも信者の年齢や性別によって、逃げる順番や場所、また戦闘になれば戦う者の選定を行い、今日という日に備えていた。

 集会に参加しているのは、アルカディアル教会と戦おうと立ち上がったラルガ教会信者達と、そして後二つの組織が参加していた。

 治安局と、プロ鑑定士協会である。

 もっとも、プロ鑑定士協会の参加は秘密裏に行われていて、ここにいる連中には公にされていない。

 集会に参加しているナムルとサグマールは、こっそりと礼拝堂から抜け出していた。

 中はあまりにも信者たちが熱狂しているものだから、まともに会話すら出来ないからだ。

 礼拝堂の前の階段に二人して腰を掛け、都市部の様子を見守っていた。


「ナムル殿。大砲系神器は二十三基ほど都市部に設置が完了したそうです」

「こちらは治安局に神器の提供を行った。奴らは何もオライオンだけ攻めてくるわけではなかろうからな」


 ナムルやサグマールの手配によって、先日の事件によって失った治安局の戦力を補うため神器の提供が行われていた。

 ラルガ教会の一般信者達は、各々武器や神器を持ち寄り、作戦の説明を聞き、怒りを糧に熱狂している。

 その凄まじい気迫は、ラルガ教会もアルカディアル教会に対し色々と鬱憤が溜りに溜まっていたのだろう容易に推測される。

 これから命のやり取りをするのだ。これくらいの気迫がなければこれから始まる戦いには耐えれない。


「問題はいつ攻めてくるか、ですな」

「テメレイア氏の話では今日でしたな。治安局はとっくに配置を終えていますし、ラルガ教会とて、すでに臨戦態勢。いつ来てもある程度善戦するでしょうぞ」

「やはり問題はオライオンか。我々の対空砲だけでは心許ないのぉ……」


 大砲系神器の他に、対オライオン用の巨大対空砲を都市内に二百基以上配備している。

 だがそれらの砲口が全てオライオンに向いたとしても、打ち破れる可能性は低いとプロ鑑定士協会は見ている。


(……最後は、やはりウェイル達に託すしかないのか)


 そんなことをサグマールが落胆しつつ思った時のことだった。


「敵襲―――!! 敵襲――――!!」


 敵が来たことを告げる伝令の声と共に、強烈な爆発音が、アルクエティアマイン都市内に轟いた。

 見れば都市部かと、そして鉱山の方から黒い煙が立ち上がる。

 敵がついに鉱山を攻めてきたのだ。


「来ましたぞ、ナムル殿」

「サグマール殿。我々も行きましょう。この老いぼれとて、何かが出来ることがあるはず。神器の扱いなど、若い者にはまだ負けぬでしょうからな」

「ナムル殿はいつまでも現役なのですな。尊敬します」


 二人はもう何十年と共に歩いてきた、手に慣れた神器を取り出す。

 サグマールは指輪型、ナムルの神器は小さなペンダントであった。


「ナムル殿がその神器を使うのを見るのは十年振りですかな」

「最後に使ったのはいつだったか。しかし不思議なもので、こいつが一番しっくりとくる」

「頼もしい。……敵がここまで来ますな。予想よりも早いです」

「バリケードも突破されもしたか……」


 改めて都市の方を見ると、どこに隠れていたのか、幾多の監視やラルガ信者、さらにはバリケードまで突破して、アルカディアル教会の信者数人がついにこの礼拝堂前までやってきた。


「物騒なものを所持してなさる」

「それに穏やかじゃない存在もいますな」


 彼らは揃いも揃って、それぞれ形状は異なるが剣型の神器を所持している。

 それに加え、彼らの後ろには厄介な存在が構えていた。


「神獣か。アルカディアル教会だから当然といえば当然か」


 敵の後ろにいるのは、巨大な銀色の狼。

 神獣の中でも、幻獣と呼ばれる希少種で、非常に獰猛な性格を持つという。

 名を文献ではフェンリルと書かれている。


「あれはフェンリルですか。初めて見ましたな」


 獰猛な姿ではあるが、その銀色の美しい毛並みは見る者を恍惚とさせる。

 少しばかりサグマールも見惚れてしまったほど。


「……少々手こずりそうです。ナムル殿。フェンリルは私が相手します」


 サグマールが、自分の得物である指輪を煌めかせ、来るべき突進に備えた。

 だが、構えるサグマールの前にナムルがサグマールを制止させるかのように手を上げた。


「サグマール殿。ここは私に任されよ。貴方は私と違ってプロ鑑定士協会にとってなくてはならぬ存在。この老いぼれならば万が一何かあっても協会に影響は皆無。私が相手した方が色々と好都合ですぞ」

「しかし……!!」


 二人がそんなことを話している間にも、敵信者は続々とここへ集まり始める。

 フェンリルのコントローラーであろう信者がこちらへ指を向けてきた。


「フェンリルよ。この中の連中をすべて食ってこい」

「…………グルルルルルル…………!!」


 ぞっとするほどの低い鳴き声で、その命令に返事をしたフェンリルは、目の前にいる敵――ナムルとサグマールに照準を合わせた。

 じりじりと近づいてくるフェンリル。牙を剥き、涎を垂らしていく。


「ナムル殿。良いのですか?」

「任せてもらおう、サグマール殿。なに、久々に神器を使うのだ。少しばかり肩慣らしをしなければな」


 果敢にも一歩前へ出たナムル。

 その顔には余裕すらあった。

 ナムルの持つ神器の圧倒的な威力をサグマールは知っている。

 だからこそ、その余裕も理解できていた。

 

 逆に理解出来ていなかったのは敵の方。

 ナムルを食い殺すように、命令を下し、今か今かとナムルが躯と化すことを期待していた。

 フェンリルは狙いを合わせ、その足に力を込める。

 

 ――――まさしくそれは刹那的であった――。


 強靭なる筋肉を持つフェンリルの一瞬の予備動作もない突進は、容赦なくナムルに襲い掛かっていた。

 その時、ナムルの手には例のペンダントがあり、激しく燃えるように輝いていたようにサグマールは見えていたという。

 すべてが終わったのは、そのわずか二秒後だ。


「――グゴオゴオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!?」


 銀色の狼は、その美しい毛並みを真っ赤に染めて、その場に崩れ落ちたのだ。

 後に残るは、返り血に塗れた老人一人。

 そんな異様な光景に、アルカディアル教会信者達も、思わず立ち竦んでいる。


「うむ、やはりこの剣が一番しっくりくる。リベアの株主総会の時も持って来ればよかった」


 昔の血が騒ぐとでもいうのか、ナムルの生き生きとした表情に、サグマールは苦笑すら浮かべていた。


「相変わらずですな。ナムル殿。しかしその神器はいささか力が強すぎます」

「おかげで操るのが大変だ。一度飼いならせば頼もしいのだが」


 ペンダント型の神器はその真の力を解放したとき、眩しすぎて直視できぬほど光り輝く剣に変形していた。

 しかしそれはただの剣ではなく、ましてや一本の剣などではない。

 ナムルを中心とした周囲に、光で出来た刃が、数十は下らない数で表れているのだ。

 まるで剣で出来たバリケードそのもの。

 そんな剣群にフェンリルは突っ込んでいったことになる。

 さすれば目の前の結果は当然といえよう。

 驚くは、そのフェンリルの動きに合わせ神器を発動させたナムルのセンス。

 発動が早ければ避けられていたに違いない。

 敵の行動に合わせ、カウンターを出すことが出来るナムルとて、十分化け物染みている。


「フェンリルをも切り裂く刃とは、恐れ入ります。助かりましたね」

「久しぶりに使いましたからな。うまく行くか心配でしたが」

「その割には随分余裕そうでしたね」

「体が覚えていた。それだけですよ。それにしても血まみれになってしまいましたな。老人は老人らしく、熱い湯船に入ってさっぱりしたいもの」


 ふうとナムルは一息ついて、


「さて、次はどなたかな」


 と、光の剣を囲んで、威圧感を放ち敵を睨む。

 相手は力の弱いただの老人だ。

 だがその老人は、自分達の切り札であったフェンリルを、いとも簡単に処理した相手でもある。

 アルカディアル教会信者達に動揺が広がる。

 だが彼らは決して怯むことはなかった。

 全てを託すに足る、絶対的な神の命令を心に持っているからだ。


「怯むな、我々には龍姫様の御加護がある!」

「ラルガ教会を滅ぼし龍姫様の暮らしやすい世界にするのだ!!」


 改めて決起するアルカディアル教会信者達。

 しかし、その歓声はすぐに静寂へと変わる。


「そうはいかぬ!」

「このような残虐な手に出る悪しき教団に、この都市を渡すわけにはいかん!」


 現れたのはラルガ教会の戦闘員軍隊。


「現れたか、異端なるラルガの連中め……!」

「悪魔に魂を売ったアルカディアルの連中に異端など言われとうないわ……!!」


 ついに両教団が直接対峙することになった。

 一触即発の空気が、ピリピリと緊張するこの場に漂う。

 決戦の火蓋は、ラルガ教会の方から切られた。


「アルカディアルの連中を追い出せ! 神聖なる鉱山ルクイエと、アルクエティアマインを守るのだ!」


「「――うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」


 人と人、神器や神獣入り混じる大乱戦へと、フェイズは移行していくのだった。


「ナムル殿。我々の役目はあくまでも治安局に武器や神器を提供すること、オライオンの砲撃を対策することです。ここは彼らに任せて、我々は我々にしか出来ないことをしましょうぞ」

「う、うむ、そうですな。つい興奮してしまったようだ。我々は戦闘要員ではない。あくまでも神器の専門家だ。そのことを忘れてしまっていた」

「急いで行きましょう。オライオンが来る前に準備をせねば」

「その前に熱い湯に浸かりたいものだ……」

「それは全て終わってからの楽しみにしましょう。例の神器を起動しておかねば、この都市は大変なことになります」


 それからナムルとサグマールは、礼拝堂の中に設置してある神器の調整を始めたのだった。

 アルカディアル教会とラルガ教会の乱戦は、しばらくの間、地の利や数の暴力を生かし、ラルガ教会側に有利になるようことが運ばれていく。

 

 ――曇る空に超弩級戦艦『オライオン』が現れたこの瞬間までは。


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