現出せしオライオン
ミルとイルガリが争っている同時刻、テメレイアはオライオン艦内をミルを探して、こっそりと駆け回っていた。
大きな振動に、感じる重力。
オライオンはすでに発進し、窓から見える景色は、もう白い雲だけであった。
オライオンはフロアが12あり、甲板は7階部分にあたる。
イルガリのいる船長室は、最上階のフロア12。
厳しい監視を潜り抜けながらの長距離移動になる。
それでもオライオンがアルクエティアマインに着く前に、ミルを連れださなければならない。
それにテメレイアには、もう一つ重大な使命がある。
実はこのオライオンには、強力な自爆装置が搭載してある。
テメレイアが直ちにオライオンを墜落させることが出来ないのも、この機能によるところが大きい。
ミルを救った後、オライオンの自爆装置を見つけ、起動させないように破壊することがテメレイアの使命である。
「テメレイア殿、お待ちくだされ」
「…………見つかっちゃったか……!」
慎重に進んではいたが、やはり監視の目は厳しい。
すぐに見つかってしまう。
ただしアルカディアル教会の信徒全てがテメレイアを狙っているわけではない。
あくまでテメレイアの抹殺は秘密裏に行われる筈だ。
願わくは、今自分を見つけた連中が、何も知らない一般信者であることを願う。
「テメレイア殿、その本をこちらへ渡してください」
「……何の真似かな? それって、もしかして脅しとかかな」
「いえいえ、これは脅しとかそんな物騒なものではございません。――命令ですよ」
「イルガリの命令かい?」
「左様でございます」
「そっか。なら仕方ないね」
残念ながら、秘密裏に行動する方の人間だったようだ。
それならば容赦は必要ないと、テメレイアはポケットからガラス玉を取り出す。
もう相手の行動を窺っている暇など無い。
先手必勝。敵が行動する前にガラス玉を投げつけた。
コロンと床に転がるガラス玉。
「な、なんだ、ただのガラス玉じゃないか」
「テメレイア殿、これは一体どういう意味ですかな」
「危ないでしょう。こんなものを投げつけて」
信者達は、そのガラス玉がどれほど危険か、全く知らなかった。
相手の言葉を無視して、テメレイアは本を開く。
その瞬間だった。
「光っている――!?」
「何が起こって――」
強まる光は熱を放出し、小規模な爆発を巻き起こした。
「すまないね。君らと話している暇はないのさ」
爆発で怯んだ隙をついて、その場から切り抜ける。
大きな音がなるこの切り抜け方は、決して最善手ではないだろうが、とにかく今は時間がない。
「どうせなら派手にしてみようかな」
今の爆発音を聞きつけたのなら、イルガリの部下なら何があったか理解できたはず。
どうせなら一般信者をも巻き込んで大混乱にさせた方が行動もしやすいだろう。
「さて、やっちゃいますか!」
じゃらりとポケットからガラス玉を取り出すと、テメレイアは走りながら、そこら中へ撒いていった。
――●○●○●○――
アルクエティアマインで治安局の陣頭指揮を任されていたのはステイリィであった。
この度の事件は、治安局の意地と名誉が掛かっている案件である。
何せ貿易都市ラングルポートにあった治安局駐屯地を襲われ、強大な武力である軍艦を奪われてしまった。
もっとも警備の厚い場所を、敵であるアルカディアル教会に簡単に突破されてしまったのである。
当然この事件の影響により、治安局への信頼は一気に失墜する羽目となっていた。
信頼回復を思う治安局は、歴史上ないくらい躍起となって、アルカディアル教会の制圧に動き始めていたのだ。
そんな大切な任務に、まだ20代のステイリィを起用することは、前代未聞であると言えた。
彼女には任は荷が重いと多くの治安局幹部が口を揃えて抗議したが、それを一蹴したのがレイリゴアだった。
『ステイリィ以外にはこの任務はできん。周りの部下達の態度がそれを如実に物語っているではないか』
事実最近のステイリィの活躍は、ベテランの治安局員でさえ舌を巻くほどの大活躍ぶりである。
多くの幹部たちが、サスデルセルやラングルポートで敵の侵入を許すという、大きな失態を犯す中、ステイリィだけが輝かしい功績をあげている。
それこそクルパーカーの件といい、ハンダウクルクスの件といい手柄を数えればキリがないほど。
簡単に言えばウェイルを追いかけていると自然に事件に遭遇し、手柄をもらってしまっただけであるが、この輝かしい功績は、彼女をある意味で英雄の座へと押し上げていった。
この若さでサスデルセル支部長を務めているのも、それが理由の一つでもある。
英雄たるステイリィの、そのハチャメチャな言動や行動に、普段から部下達は大いに呆れ、頭を悩ませていることもしばしばであるが、それでも彼女を見る目は暖かかった。
その理由は簡単で、心強いと思わせるほどの頼りがいのある無鉄砲さを持っていたからだ。
「A班、B班はルクイエ鉱山の前に。C、D班はラルガ教会前に待機だぁ!」
「了解しました、上官!」
テメレイアのいうXデーの日。
ウェイル達がソクソマハーツに侵入している丁度その頃。
アルクエティアマインには、ステイリィの指示の下、多くの局員が厳戒態勢についていた。
「ステイリィ上官! ソクソマハーツに向かった部隊から伝達が来ました!」
「嫌な予感がするけど……言ってみろ!」
「はい! ソクソマハーツの制圧には成功、しかしオライオンの奪還は失敗したとのことです!!」
「ちっ、やっぱりセイクリッドの連中は使い物になんねーな」
などと悪態吐くステイリィだったが、オライオンの奪還失敗は想定内で、むしろ現在の局員の配置は、奪還失敗を前提にした布陣としていた。
アルカディアル教会の目的は、ラルガ教会の壊滅、および金霊山『ルクイエ』の制圧である。
近年高騰し続ける金を、アルカディアル教会は狙っていたのだ。
ともすれば当然、敵はルクイエに向かうはず。
問題は敵の攻撃は果たしてオライオンによるものだけなのだろうかということ。
「私の予想では、オライオンはルクイエではなくラルガ教会本部を狙うはずだ。オライオンの大砲では、ルクイエの金脈を崩壊させかねない」
「ステイリィ上官、ではルクイエに配備している局員を都市部の方へ移した方が良いのでは?」
「ばかもん! 敵は何もオライオンだけで来るんじゃないんだ。先日も何人かアルクエティアマインに潜入していた敵信者を逮捕したばかりだろ! 敵は空からだけでなく地上からも来る」
そう、敵は何も空から来るだけではない。
アルクエティアマインの周囲は治安局員が厳戒態勢で監視にあたっているとはいえ、敵は地上からも侵入をしてくるだろう。
何も今忍び込むというわけではない。
アルクエティアマイン都市内に、最初から潜入している連中だってたくさんいるはずなのだ。
「ラルガ教会本部にセイクリッドや神器を持った部隊を集中させろ。特に防御の出来る神器がいい。おい、転移系の神器も用意するのも忘れるな! ルクイエ鉱山とラルガ教会本部の間をすぐに行き来できるようにしておけ」
「了解しました、上官!」
「……ふう」
一通りの指揮と終え、局員の配置を済ませたステイリィは、金霊山『ルクイエ』の前に設置した拠点内で、ゆっくりとため息をついていた。
自分の元へウェイルがやってきたのも二日前のこと。
そして今日は、予定通りならば決戦の日である。
「ウェイルさんは無事にソクソマハーツを脱せられたかな……?」
ソクソマハーツ制圧の情報は入ったが、その報告の中にウェイル達の名前は出てこなかった。
あの二人のことだ。死ぬようなことはないだろうし、無事に任務を終え、ソクソマハーツから脱出しているだろう。
「人の心配してる暇、ないのになぁ」
超弩級戦艦『オライオン』の持つ想像を絶する力は、先の報告で全て聞いた。
その為に、少し無理を言って、あまり好きではない『セイクリッド』の連中をここに呼んだのだし、対空砲も砲塔列車も大量に準備してある。
それほどまでに装備を重ねないと話にならない力を持つ相手が、これからここを火の海にしにやってくるのだ。
ステイリィとて、今回ばかりは穏やかではいられなかった。
これまでの任務では、そのほとんどにウェイルが近くにいて、助けてもらっていた。
しかし、今ここにウェイルはいない。
全てを一人で指揮しなければならないのだ。
レイリゴアの信頼を買っているとはいえ、結局その信頼も、元はと言えばウェイルの手柄によるもの。
本当のところ、この度の事件は受けたくはなかったのだ。
だが、これまでの英雄的活躍を褒め称えられたステイリィに、半ば押しつけのように本部は任を出した。
ステイリィの指揮ならば、誰も文句を言えないからだ。
「……ウェイルさんがいなくたって、大丈夫……だよね……?」
部下にはほとんど見せないステイリィの弱い姿。
彼女だって、本当は年相応の娘に違いないのだ。
「……よし」
そう言って、ふんっとガッツポーズを決めて気合を入れている。
「大丈夫だよ。何せこのステイリィ様がここを守ると決めたのだからね!」
ステイリィには覚悟があった。
――ウェイルに恩を返すまで絶対に死なないと。
「絶対、また会って、一緒に遊ぶんだから!」
ステイリィは、バァっと幕を開き、テントの外に出た。
アルクエティアマインに響く、避難を促す声、ラルガ教会の決起する声。
様々な声が飛び交う中、それはその声らをかき消すように姿を現し始めた。
「……来たね、オライオン……!! 総員、戦闘準備にかかれ!!」
超弩級戦艦『オライオン』。
その日の丁度正午。
アルクエティアマインを滅ぼさんと、ついに姿を現したのだ。