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龍と鑑定士  作者: ふっしー
第三部 第十一章 宗教戦争完結編 『君が為に』
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ミルのトラウマ

「ウェイル! 空だ! あれ、オライオンだよ!!」

「間違いない。何度見てもあれの凄まじさには度肝を抜かれる」


 灰色にくぐもった空に浮かぶ、黒光りする銀色の巨大な塊。

 超弩級戦艦『オライオン』の姿に他ならない。

 先程感じた巨大な地震は、このオライオンが発進するときに生じた振動だったようだ。


「ウェイル、どうする!?」

「あの行先は間違いなくアルクエティアマインだ。俺達も向かおう」

「でも、いくらボクが龍の姿に戻ったって、あの速度に追いつけるか判らないよ。もう姿もかなり小さくなってるしさ」


 二人が地下礼拝堂から抜け出して外を見上げた時、すでにオライオンは移動を開始し始めていた。

 空の方向から目的地は鉱山都市アルクエティアマインで間違いなさそうだ。

 オライオンの機動スピードには目を見張るものがある。

 先程まで拳くらいに見えていたのが、すでに豆粒ほどの大きさになっている。

 フレスを元の姿に戻して、急スピードで向かったところで、追いつけるかは微妙なところだ。


「バジリスクにかなり手こずったからな……。だが追わなければならないのも事実だ。フレス、飛ぼう」

「うん。オライオンに乗り込んで、ミルとレイアさんに会わなくちゃ」


 テメレイアとて黙ってオライオンに乗っているわけではない。

 何かしらの行動を起こし、そして危険な目に遭っているはずなのだ。


「だな。フレス、覚悟はいいか?」

「……むぅ。別にもう覚悟なんてしなくてもいいもん」


 何やらフレスは不満げだ。


「……そういじけるな」

「いじけてなんかないってば。ほら、ウェイル。早くして」


 目を瞑って、顔をこちらに向けるフレス。

 ウェイルとて照れがないわけではない。

 むしろ照れすぎて、ウェイルの方が覚悟が必要なほどだった。


「……覚悟しろよ」

「そっちがね」


 恥ずかしすぎることを必死に隠すウェイルのキスは、とても下手くそで、フレスは内心クスッと笑ってしまった。

 師匠であるウェイルのことが、何故だか無性に可愛くなってしまったのだった。


 こそばゆいキスは、フレスの体に変化をもたらした。


 蒼白い光がフレスを包む。

 もう何度もこの光をウェイルは見ているが、何度見ても美しいと、そう思う。

 蒼い光が消えた後、そこには背中に光のリングを持つ、美しき龍『フレスベルグ』が姿を現していた。


『久しぶりだな、ウェイル』

「たった今まで話していただろうに」

『お前にとってはそうかもしれんがな。この私『フレスベルグ』とお前のよく知ったる『フレス』は、微妙に違うのだ』

「フレスがフレスじゃない……?」

『まあその話はおいおい話そう。一度この姿にてお前とじっくり話をしてみたいものだしな』


 そのフレスベルグの言い方に、ウェイルは少し戸惑いを覚えていた。

 フレスベルグはフレスの龍としての姿だ。

 だがフレスベルグから言わせれば、それは少し違うらしい。


『ウェイルよ。早く背中に乗れ。オライオンを追うのだろう』

「……ああ。急がないとまずい」


 フレスベルグが屈むと、ウェイルは体を翻してその背に捕まった。


『飛ばすぞ。ミルドガルズオルムのことが不安でならない』


 ふわり、そうフレスベルグの体躯が浮いたのは一瞬の事。

 次の瞬間には、その輝く体は天にあった。


「行くぞ、アルクエティアマインへ!」

『しっかり掴まっていろよ、ウェイル!!』


 治安局員はこの日、空に輝く物体を二つ見たと話す。

 一つは超弩級戦艦『オライオン』。

 もう一つは、神龍『フレスベルグ』であった。








 ――●○●○●○――








「おい、イルガリ。いい加減レイアと会わせろ」


 超弩級戦艦『オライオン』。

 その船長室に、アルカディアル教会の総帥イルガリと、龍姫ミルはいた。


「うん? テメレイア殿はラルガ教会の連中に攫われたではないですか。それを助けるために、龍姫様はサスデルセルで暴動を起こしたのではなかったですか?」

「……貴様、わらわを愚弄しておるな?」

「どういう意味です?」

「恍けるな! わらわをいつまでも騙せると思うなよ? あの事件の後、聞いてたのじゃ。レイアは生きて、この船の中にいると」

「それはデマでございましょう? 現に今、テメレイア殿の救出の為に、アルクエティアマインへ向かっているところではないですか」

「次から次へとデタラメを……。お主、いい加減わらわが龍ということを忘れてはおらんか? 人間の数倍もの聴覚を持つわらわが、お主らのコソコソ話を聞き逃すと思っておったか!?」

「…………」


 途端にイルガリが黙りこくる。

 その目はいつものようにミルを見下すようで、なんと腹が立つことか。

 ミルは糾弾を続ける。


「しかも、よりによってレイアのことを用済みとか抜かしおる。これがどういう意味か、わらわは判っておるつもりだ。一体どういうつもりなのだ、答えろ、イルガリ!!」


 イルガリは、しばらく何も喋らなかった。

 表情も変えず、視線も変えず、ただじっとミルを見下していた。

 やがて、その沈黙は破られる。イルガリの嫌味な笑みと共に。


「流石は龍姫様。全てをお見通し、いやお聞きになさってるという方がいいですかねぇ!?」

「貴様。事と次第によっては――――殺すぞ」


 ミルの表情が冷え切っていく。

 今の今まで余裕な笑みを浮かべていたイルガリであったが、ミルが顔色を変えた瞬間、恐怖による戦慄を感じていた。

『狂い荒ぶる大地の龍神』の迫力を間近にしたわけだ。人間ならば誰だって震えが止まらなくなるだろう。


「イルガリ。レイアはどこじゃ? 会わせろ」

「……龍姫様。それはなりませぬ」

「理由を言え」

「テメレイア殿は裏切り者なのでございます。我々を裏切り敵に加担した。龍姫様の命すら狙っております」


 イルガリの身振り手振りの説明に、ミルはさらに腹立たしさを覚えていた。


「イルガリ、お前は実に嘘が下手じゃ。そして愚かじゃ。わらわはお主らの話を聞いたと言ったな? レイアは用済みだと、お前達は話していたではないか。その用済みなものは普通捨てる。お前らはその捨てるという意味を表現したのかと聞いておる」


 ミルの手に光が集まっていく。

 瞬間、新緑の森の匂いが部屋を包んだ。


(……『魔王の足枷』に何かあったか……?)


 ミルは意識していないだろうが、彼女の体からは想像を絶する魔力が溢れ出していた。

 これまでは神器『魔王の足枷』でそれを封じていただけで、これが本来のミルの力なのだろう。

 『魔王の足枷』に何かあったことは間違いなさそうだった。

 原因は、神器が破壊されたか、使用コストとして用いていた生贄のストックが底をついたか、そのどちらかは判らないが、間違いなく『魔力の足枷』は無力化されていた。


「イルガリ。わらわはこう見えて大勢の人間を殺してきておる。だから今更一人二人、それこそ千人殺しても、何の罪の意識を感じることもない。心して答えよ。レイアと会わせてくれるのか、くれないのか?」


 ミルの二択の真の意味はこうだ。


 ――『死にたいのか、死にたくないのか』。


 想定以上の力に、思わず竦んでしまいそうだったイルガリだが、これが心の支えだったと言うべきか、彼には切り札があった。

 ポケットの中に入っている、二つの神器。

 

 その片方は人間を軽くでしか操れない低レベルな神器『精神汚染針』。

 

 そしてもう一つが真の切り札――『精神従属玉』(メンタルスフィア)


(精神従属玉さえ発動できれば、全てが終わる……!)


 イルガリが神器を取り出そうとして、素早くポケットを弄った、その時。


「貴様はいい加減に恥を知るべきぞ」


 そのセリフと共に、イルガリは腕に強烈な圧迫感を覚えた。


「なっ……!?」

「手癖の悪さは命を落とすぞ? イルガリ」

「……グググ……!!」


 ミルの手は緑色に輝いていた。

 対するイルガリの腕は、どこから生えたのだろうか、巨大な樹木が絡み付き、その骨を砕かんとガチガチに締め付けていたのだ。

 苦痛に顔を歪めるイルガリを見て、ミルはゾッとする笑みを浮かべながら、近づいてきて耳打ちした。


「貴様がわらわの力を封じたことは別にどうも思ってはいない。レイアが献身的に世話してくれたおかげで、怒りも消え去った。だからこそ貴様らに何されようとも何も言わなかったのじゃ。しかしそのレイアがいない今、別に貴様らに従う必要もない。そのポケットの神器で何かしようとしたのだろうが、わらわを出し抜こうなぞ1000年早いわ」

「……クッ……」


 右腕の感覚が消え去っていく。

 骨が砕ける前に、まず腕が弾けるだろう。


(……もう右腕はいい。どうにかあれを、あれさえ出せれば……)


 イルガリの切り札、精神介入系指輪型神器『精神従属玉』。

 無闇やたらに力を働かせないように、指にははめずにポケットに入れていた。

 幸い、それは左のポケットに。


(……隙を見て使うしかない。奴さえ操れれば右手がどうなろうと修復可能だ)


「イルガリ。もうよい。お主に聞いても無駄そうじゃ。わらわは自分でレイアを探す」


 そのセリフの意味、それは死の宣告である。

 だが、ミルはその時、幾ばくかの油断があった。

 何せ相手は右腕を壊された、龍の自分からは見ればゴミクズのような相手だ。

 切り札の神器も封じた。後は一思いに殺すだけ。

 そんな圧倒的な優位な立ち位置に、少しだけ油断をしてしまっていたのだ。

 だからこそ、ミルは一瞬視線を床に落とした。

 その隙をイルガリは見逃さない。


(――機だ)


 イルガリはすぐさま左手でポケットをまさぐり、真紅の宝石のついた指輪を左手の人差し指にはめた。


「龍姫様、これが何かお分かりですかな?」


 ミルはイルガリの咄嗟の行動に、本来であればすぐに対応して、今イルガリのつけた神器を破壊しにかかっただろう。

 だが、目の前に突き付けられたその神器を見て、ミルの時間は停止した。


「なっ……、なっ…………、なぜ、そ、その指輪が……!?」


 ミルは小刻みに震えていた。イルガリはまだ力を行使していないのにも関わらず。


「それだけは、それだけはやめ、やめてくれ!!」


 狼狽えるミルの様子は、おかしいの一言であった。

 突如として泣き出し、目を瞑って耳を塞ぎ始める。


「や、やめ、やめて、やめ、やめて、やめ、や、やめて……」


 ブツブツと何か呟くや否や、次は目を見開き、頭を抱えている。

 イルガリの右手は解放された。

 ミルの錯乱っぷりに、イルガリはしめしめと笑みを浮かべていた。


「龍姫様? いいんですか、これを使って」


 イルガリは直接的にはミルの制御は出来ていない。

 『魔王の足枷』もいつ限界を迎えるか判らないものであったし、テメレイアがいなければミルと話すら出来なかっただろう。

 だからこそ徹底的に過去の文献を調べ、ミルの弱点を探していた。

 そして発見したのだ。

 ミルが『狂い荒ぶる大地の龍神』と呼ばれるに至った原因となった事件のことを。


「貴方の大切な人達がまた一人、悲惨な死を遂げていく。ある雨の夜と同じようにね」

「いやだ……、あの夜のことだけは、いやだ……」


 精神介入系神器は、とても強力な力を持っているのには間違いないが、その発動条件が非常に厳しいことが多い。

 特に他人の精神の操作なんてものは、正常な相手には何ら効果はない。

 相手を動揺させ、心が壊れんばかりになってこそ、操作できるようになるというもの。

 だからこそ、これまでイルガリは恐怖や心酔といった人の操りやすい部分を用いて、人間を操ってきた。

 人間でも難しいのだ。ましてこの度の相手は龍だ。生半可なことでは精神を揺るがすことはできない。

 だからこそ、このミルのトラウマの元凶たる神器を探し出し、見せつけてやったのだ。


「いえいえ、悲劇は続くものです。テメレイア氏も、結局あの夜と同じように死ぬことでしょう」

「…………」


 項垂れたミルは、最後の方はもう、言葉すらも発することもできなかったようだ。

 これならもう、ミルは操ったも同然である。


「さあ、龍姫様。私の計画を手伝っていただけるなら、テメレイア様も助けることが出来ますよ」


 そんな甘い言葉を最後に、イルガリは神器の力を発動した。


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