間近に迫るXデー
――同時刻。
治安局はついにソクソマハーツ、及びアルカディアル教会への軍事介入を開始した。
本来であればもう少し後になる予定ではあったが、きっかけはウェイル達と共にソクソマハーツの現状を視察した局員の要請であった。
彼らの報告後、すぐに介入が決定し、部隊を差し向けたのだ。
魔獣のたむろする都市を放っておくわけにはいかない。
魔獣が一匹でも外部に出れば、大変な被害が出る。
そんな最悪な事態になるのを防ぐため、治安局本部は、治安局の中でも特別エリートと呼ばれる集団である、神器使用に長けた特殊組織『セイクリッド』の派遣を決定し、ソクソマハーツに送り込んだ。
彼らは治安局の持っている普通のフードコートではなく、黒を基調の金で表現した星が肩に七つあるコートを着ている。
派遣された七人の『セイクリッド』を中心として、治安局員総勢二百以上からなる大軍隊が、ソクソマハーツに敷かれた線路の上を、巨大砲塔列車にて侵攻し始めたのである。
砲塔列車とは、普通の汽車と同様、線路を走る汽車の一つではあるが、大きく違うのはその見た目にある。
巨大な大砲が、何台も積まれているのだ。
治安局が戦地へ派遣する武力の中でも、最も移動速度が速く、そこそこの火力を持つ。
現れた魔獣達を一掃するのには、大きな役割を持ってくれそうだ。
局員達を乗せた砲塔列車は、ついにソクソマハーツ都市内へと突入。
森を抜け、都市部の姿が目に映る。
そこから見える景色に、局員らは皆驚愕し、それぞれのほっぺをつねっていた。
「なんなんだ、この惨状は……」
「酷過ぎるぞ……! あの美しかったソクソマハーツが……!!」
「魔獣め、許さん……!!」
誰の口からも似たような感想が漏れる。
それほど酷い有様が目の前にあった。
白く美しい景観をしていたソクソマハーツは今、アルカディアル教会の手によって召喚された魔獣達の巣となって、都市として意味を為していなかったのだ。
おびただしい量の黒ずんだ血が、白を汚く染めている。
そんな不浄な都市を歩く魔獣や信者達の表情は、やはり薄汚れたものだった。
敵の魔獣や信者達が、砲塔列車の存在に気が付く。
気が付けば行動は早い。
翼を持つデーモンをはじめとした魔獣が、続々と砲塔列車へと攻め込んできたのだ。
「魔獣をこれ以上のさばらせてはならない! うてぇえ!!」
上官の男の命令が飛ぶと、列車に積まれた巨大砲塔は、龍の吐く炎の如く、その威力を見せ付けはじめる。
直撃したデーモンは当然即死。
直撃を逃れたデーモン達も、爆発の衝撃波や爆風で一掃されていく。
だが、それでもデーモンの数は一向に減った気はしない。
むしろその数は増えていく一方だ。
押し寄せる敵の波を、砲塔列車は爆撃しながら、轢き倒しながら、ソクソマハーツ駅へと向かう。
「もうじきソクソマハーツ駅だ。一般局員は魔獣との戦闘は極力避けつつ、オライオンを探索し、奪還を目指せ! 残った者はこのまま砲塔列車にて攻撃を続ける! 魔獣退治は専門家に任せます。セイクリッドの方々、お力をお貸しください」
部隊を二つに分け、それぞれの目的へと向かう。
セイクリッドの連中も、颯爽とコートを羽織って、それぞれの神器を手に取る。
その時だった。
「魔獣は我々に任せてもらえれば、万事解決だ。皆は安心してオライオンを探索――――な、なんだ!?」
突如、周囲は闇に包まれる。
皆何事かと騒ぎ出すと、一人の局員が窓から乗り出し、外を見上げた。
「う、上……!! 上です……!!」
窓から見える、列車に影を落とす物体の、その大きさと迫力に、誰もが思わず絶句した。
そして誰かが気が付く。
その宙に浮かぶ物体の正体は、オライオンだということを。
「上官! あれがオライオンとのことです!!」
「あれがオライオン……!! 想像を絶する大きさだ……!!」
ここにいるものは誰もがそう思ったに違いない。
巨大砲塔を装備したこの列車でさえ小さく見えるほどの大きい軍艦が、空に浮かんでいるのだ。
局員の間には恐怖が広がったに違いない。
あの大きさの軍艦に、対空砲を打ったところで、かすり傷一つつくのだろうかと心配すらしてしまうほど。
宙に浮かぶ軍艦から、この砲塔列車に集中爆撃でもされたものならば、ここにいるものは即座に神の下へ召されることだろう。
それが判っているからこそ、局員達はオライオンに向けて武器を向けなかった。
下手な挑発、意味のない攻撃など出来ようもない。
もう、逃げることしか頭になかったのだ。
「上官、オライオンの奪還は……」
「…………」
無理だ。それは誰が見ても明らかであった。
誰もがオライオンがこの場から大人しく去ってくれることを祈っていた。
次第にオライオンの姿は遠ざかっていく。
砲塔列車になど、全く興味がなかったのか、オライオンは何事もなかったかのように空に浮かぶ雲の中へと消えていった。
落胆と同時に安堵。
命が助かったことに、あのエリート集団『セイクリッド』でさえ胸を撫で下ろしていた。
「上官、これからどうしましょう……」
「伝えろ。伝えるんだ。アルクエティアマインに向かった同胞に!! あの化け物を甘く見てはいけないと。その威圧感は、さながら龍の姿であったと……!!」
上官の男は、しばらく体の震えが収まらなかったという。
我々がこれから対峙するのは、あの巨大戦艦なのだ。
生半可な装備で太刀打ちできるものではない。
生でオライオンを見て、それがはっきり判ったのだ。
「あれを見た後、デーモンを見てみろ。奴らはなんと貧弱そうなことか」
オライオンが飛び去った後、空には列車を追ってくるデーモン達がいた。
しかし誰一人としてデーモンを恐れるものはいない。
最恐の存在が去った後、デーモン達は正直、ただの雑魚にしか見えない。
上官はこの局員達の心理的変化を見逃さない。
「皆、我々のもう一つの目的はこやつらを一掃することだ。我々に出来ることを最大限して、ソクソマハーツを元に戻す。皆ならば余裕で出来ると信じている」
皆、口にはしないものの、余裕だという表情をしていた。
セイクリッドの面々も神器を持って窓から身を乗り出す。
「対空砲、うてぇ!!」
「神器『流星念波』!! 奴らを焼き焦がし、潰してやれ!!」
――――――
――
オライオンの飛び去った後のソクソマハーツは、治安局の圧倒的な介入の前に、すぐさま制圧されることとなった。
ソクソマハーツにて暴れ回っていた魔獣も、セイクリッドの持つ神器や、砲塔列車の前になす術もなく、逃げ延びた一部の残し、ほとんどは駆逐された。
しかし局員達に歓喜の声はない。
魔獣らが可愛く見えるほどの最強の存在が、これからアルクエティアマインを崩壊させようと息巻いて自分達の頭上を去っていったからだ。
「ソクソマハーツの制圧は完了した。だがオライオンの奪還には失敗した。そう本部へ電信を打て」
「……上官。私はあの軍艦を見て震えが止まりませんでした。アルクエティアマインの部隊は大丈夫でしょうか」
「……判らん。だが我々が奪還に失敗した以上、あれと戦わなければならないのだ。ならば出来ることはもうあまりない。我々も急いでアルクエティアマインへ向かうことと、我々が見た全てのことを本部に伝えること。これだけだ。判ったら急いで電信を打て」
「了解いたしました」
医療都市ソクソマハーツの制圧は完了したが、本番はここからだ。
アルカディアル教会が向かったのは、ラルガ教会の本部のある『鉱山都市アルクエティアマイン』に違いない。
オライオン奪還の失敗の報告は、治安局にとって戦争の開始の合図とも言えた。
エリート集団『セイクリッド』ですら、オライオンには敵わなかったことに治安局本部も敵の評価を改めることとなり、危機レベルを最高に設定した。
治安局VSアルカディアル教会の戦争。
テメレイアの予測した、Xデーはもう、間近に迫っていた。