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龍と鑑定士  作者: ふっしー
第三部 第十一章 宗教戦争完結編 『君が為に』
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氷の舞姫と魔獣バジリスク

「どういうことだ……」


 裏口から侵入した二人は、すぐさま目的地である地下室を探し始めた。

 そこでふと異変に気が付く二人。


「誰も、いないね」


 ここは敵の総本山。

 当然そこは敵の信者で一杯で、二人は進むのに手こずることを覚悟していた。

 しかし、二人の目の前には、武器を構える敵どころか人の気配すらない。

 不気味に思いながらも、二人は周囲を伺いながら進んでいく。

 すると、唐突に視界が広がり、だだっ広い部屋に出た。

 天井には龍の姿を描いたステンドグラスが広がり、龍の姿を模した像も、あちらこちらに見受けられる。


「礼拝堂か」


 壇上には禍々しい龍の絵画と像が置かれ、玉座のような椅子もある。


「あれにミルが座っていたのかな」


 龍であるミルを神と奉りたてたのはこの場所なんだろう。


「しかし不気味だ。人の気配もない」


 これほど大規模な礼拝堂だ。信者の一人もいないというのは不自然を通り越して、もう何らかの意図があるのは明らかだった。


「ウェイル、気配なら感じるよ。人間のものじゃないけど」


 二人も氷の剣を構えて、あたりの様子を伺いながら前に進む。

 テメレイアのメモに、この礼拝堂から続く地下への階段があると書かれてある。


「礼拝堂の壇上裏に幹部専用の通路があるらしい。そもそも一般信者は壇上に上がれないとか」

「壇上の裏に階段だなんて、よく聞く話だね」

「まったくだ」


 ささっと壇上に上がり、周囲を探ってみる。


「ウェイル、あったよ。この扉かな?」

「テメレイアのメモを見るにそれに違いない。鍵はかかってるか?」

「んぐ……っ!、……だめだ、鍵がかかってる」


 当然と言えば当然だが、扉にはしっかりと鍵がかかっていた。


「どうしよう、ウェイル」

「簡単だ。壊そう」

「……躊躇いがないのが面白いね」


 躊躇する時間すら勿体ない。

 ウェイルとフレスは、扉を破壊しようと氷の剣に魔力を込めた。



 ――その時だった。



「キエェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッッッ!!」


 その激しすぎる金切音に、二人は本能的に耳を塞ぐ。

 脳に直接ダメージを与えるような、聞くものを戦慄させる咆哮。


「……なんだ……!?」


 眩暈すら起こしかねない奇声に耐えつつ、その発生源を探した。


「あ、あいつだ……」


 かろうじて視線を上げると、そこには歪な形をした化け物がそこにいた。

 黒い羽根をまき散らしながら、その化け物はこちらを奇声で威嚇してくる。


「もう、うるさいな……!! ええい!!」


 フレスは右手に光を集中させると、ツララを生成し、その奇声の主に打ち放った。

 奇声に耐えながら打ち放った一撃だ。しっかり狙ったわけでもないその一撃は、易々と避けられてしまう。

 それでも奇声を止めることはでき、おかげで声の主が何かはっきりと視認できた。


「ウェイル、あいつ、バジリスクだ」

「……聞いたことのない神獣だ。手ごわいのか!?」

「下手したらデーモンよりも厳しい相手だよ」


 神獣――バジリスク。

 その形状は異形と言わざるを得ないほど禍々しいもので、頭はニワトリ、背には鴉の羽、胴体は蛇の、人の五倍以上もあるほど巨大な化物であった。

 ただ、無論のことバジリスクは、それらの動物が合成されただけの神獣ではない。

 ニワトリの鶏冠の部分は、燃え盛る炎のそれであるし、胴体にある腕からは、鎌の如く爪が生え、蛇の尾の先端には、コブラの頭までついている。


「魔獣バジリスク。ボク、昔あいつらの群れと戦ったことあるけど、もう死闘だったよ。今は一匹とはいえ、油断できない」

「アルカディアル教会がここを守るために召喚したようだな」


 ウェイルにとってバジリスクの存在は想定の範囲外だ。

 敵が召喚するのは、せいぜいデーモン程度だと思っていたからだ。


「キエエェエエェェェェェエェ!!」


 バジリスクは奇声を上げながら、急降下してウェイルに襲いかかる。


「くそ、このうるさい声だけはどうにかならないか……!?」


 耳を劈く奇声に、耳を塞ぎたい衝動が抑えられない。

 スレスレでバジリスクの突進を躱したものの、このまま耳を塞ぎながらでは戦うことすらできない。


「……そうだ」


 ウェイルはベルトのポーチから財布を取り出すと、一枚のレギオン紙幣を取り出して、半分に破り割く。


「フレス、これを唾液で濡らして耳に付けろ」

「うん」


 破いた紙幣をフレスに手渡す。

 二人は紙幣を噛んで丸めて、舌の上で転がし唾液をつけた。

 湿ったものは、音を通しづらくなることをウェイルは知っていたのだ。

 口から紙幣を取り出した二人は、それを用いて耳を塞いだ。これで簡易的な耳栓代わりにはなるはずだ。


「キエエェェェェエェエエエエエッ!!」


 またも発せられた咆哮。

 だが今回は紙幣で作った耳栓がある。


「よし、なんとか大丈夫そうだ。フレスはどうだ!?」

「うん。幾分マシになったよ!」

「よし……!」


 頭の痛くなる声ではあるが、先程よりも大分ましだ。少なくとも動くことはできそうだ。


「反撃開始だよ!」


 バジリスクは奇声を上げながら、鶏冠の炎を振りまいてくるものの、フレスに炎は通用しない。

 すべて水のヴェールで弾き飛ばすだけだ。

 ならばとバジリスクは今度はウェイルに炎を振りまく。


「あの気持ち悪い声さえなんとかなれば屁でもないな」


 すでに臨戦態勢へとシフトしたウェイルに、単純な攻撃など当たりもしない。


「キエヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」


 攻撃が通らないのが歯がゆいのか、バジリスクはさらに猛々しく叫ぶと、礼拝堂の天井近くを旋回し始めた。

 旋回するスピードは徐々に速くなってゆく。

 鶏冠の炎が逆巻きはじめ、次第に巨大な炎の渦となる。


「あれはさすがに避けられない。フレス。頼む」

「うん。ボクには炎なんか効かないかんね! ……サラーの炎は無理だけどさ!」


 巨大な炎の渦が、ゆっくりと二人めがけて放たれた。


「ウェイル、ボクの後ろへ!!」


 フレスは両手を輝かせて、空気中の水分を両手に集めた。

 それを一つずつ小さな水球に分ける。

 自分を中心に水の球体を展開させると、その球体はフレスの周りを回転し始める。


「たいやああああああああ!!」


 フレスの掛け声とともに、その水球達は、次々に炎の渦へと打ち込まれた。

 まるでマシンガンの如く水球が炎に発射され、炎は水球を飲みこんでいった。

 バジリスクはさらに炎を激しくさせるが、打ち込まれる水球の数は膨大だ。


「ウェイル、伏せて!」


 そしてついに、力の均衡が崩壊する。 

 突如、天井で爆発が起こったのだ。

 周囲には水蒸気が立ち込め、それぞれの視界を塞いでいく。

 水は一気に蒸発し、炎は冷却され消え去った。


「キヤアアエアエエエエエエエ!?」


 爆発の衝撃を受け、水蒸気で目を晦まされたバジリスクは、軽く混乱したのか、水蒸気の中から出てこない。

 それがバジリスクにとっては仇となる。

 水蒸気は、フレスの手も同然だ。


「捕まえた!」


 水蒸気は結局のところ水なのだ。

 水を操ることのできるフレスの前で、水蒸気に囲まれるのは自殺行為。

 すらり、とフレスは右手をしなやかにあげ、それに合わせてステップを踏む。

 軽快なステップの中にも、激しさのある手足の動き。

 その動きは、ウェイルにも見覚えがあった。

 ひやり、とウェイルの右頬に冷たい感覚がある。


 ――それは雪だった。


 フレスの舞に合わせて、緩急つけて舞う雪は、徐々に輝き、鋭さを増していく。


「ウェイル、避けててね」

「大丈夫だ。一度見たことがあるからな」

「今回は少しアレンジを加えているんだ」


 初めて見た時も、思わず目を奪われたが、この舞は何度見ても飽くことはないだろう。

 氷の舞姫となったフレスは、天井近くのバジリスクを見る。


「凍っちゃえ!」


 氷の刃と化した吹雪は、水蒸気を巻き込み、勢力を増しながらバジリスクに襲いかかった。

 バジリスクとてただやられるわけにはいかないと、炎を出して抵抗をしてみるものの、その圧倒的な氷の刃の前に、成すすべなく切り刻まれていく。


「フィニッシュ!」


 右手を天に上げる形で舞を終えた時、フレスの背後には、バジリスクの肉塊が凍ったまま降ってきて、落下の衝撃で砕け散っていった。


「いい舞だったぞ、フレス」

「そう!? そう言われると照れちゃうよ」

「しかしバジリスクがいるとはな。この先何がいても驚けないな」

「何がいても大丈夫だよ。ボクがいるから」

「龍殺しがいたらどうするんだよ」

「それは無理! その時はウェイル、よろしくね!」

「精々いないことを祈るよ」


 二人は礼拝堂にあった地下への扉を見る。

 地下へと続く階段からは、異様な雰囲気と、テメレイアが探索しやすいように送ったのであろう微かな魔力が感じ取れたのだった。


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