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龍と鑑定士  作者: ふっしー
第三部 第十一章 宗教戦争完結編 『君が為に』
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潜入、アルカディアル教会本部

 デーモンの出現は、アルカディアル教会の信条を鑑みれば予測できて当然ではあったのだが、いざ実際本物に遭遇してみると焦りは止まらず、恐怖で胸はサーッと冷え切り、治安局員の一人など震えて立てないほどであった。


「大丈夫か?」


 ウェイルが手を差し伸べたのは、最初にデーモンに飛びかかれそうになった局員である。



「え、ええ……だ、大丈夫、です」

「大丈夫そうじゃないな……」


 強がってはいるものの、顔を恐怖でひきつらせ、顔色も真っ青だ。

 彼の見た目はとても若い。おそらくは新人なのだろう。

 人間と神獣の共存する大陸ではあるが、その比率は圧倒的に人間の方が多い。

 人間千人に神獣一匹。それでも多いと言われるほどである。

 故に神獣の代表格であるエルフはもちろんのこと、魔獣と呼ばれるデーモンと遭遇することなど普通ではありえない。

 彼の反応は仕方のないことである。


「君らは、すぐに駐屯地に戻るべきだ」


 ウェイルの提案に、治安局員達は皆、静かに肯定も否定もしなかった。

 彼らはたった今、ウェイルとフレスの実力を見ている。

 護衛、そして偵察としてついてきた自分達よりも、圧倒的に上回る力を持っている。

 自分たちが足手まといになることなど、百も承知していた。


「すまないが、俺達はここから単独行動に出る。あまり大勢で動いても敵やデーモンに見つかりやすくなるだけだからな」

「……そうさせていただきます。悔しい話ですが、我々の力ではお二方の足手まといにしかなりそうにない。我々はこれよりただちに駐屯地へと戻り、本部に状況を説明しようと思います」

「それがいい。治安局本部とてデーモンの召喚くらい予期しているだろうが、おそらくは想定以上の数がまだいるはずだ。ソクソマハーツの制圧に動くなら早い方がいい」


 ソクソマハーツは、下手をすれば今以上に酷い状態になる。

 それにもしここに召喚された魔獣らが、この都市を飛び出してしまったとすれば、他都市に甚大な被害が出るかもしれない。

 そうなる前にも、ソクソマハーツは取り急ぎ制圧しなければならない。

 魔獣を一匹たりとも、外に出すわけにはいかない。 


「俺達のことはいい。早く本部に伝えてくれ」

「……了解した……!!」


 そう返事をした局員達だったが、握る拳の力加減を見ても分かる通り、とても悔しそうだった。

 彼らとて生半可な気持ちでここに来たわけではない。

 この惨劇を見て、正義感のあるものならば、どうにかしてやりたいと考えるはずだ。

 その気持ちをウェイルはよく判るし尊重したいとも思う。

 しかし、冗談でなく今はまずい状況。

 足手まといになる可能性のある存在は、早いとこ切り捨てたいというのが本音でもある。


「できる限り早く応援を連れて戻ってくる。鑑定士殿、どうか御無事で」

「心配ないさ。俺には頼りになる弟子がいるからな」


 そう笑顔を向けると、彼らは申し訳なさそうに駐屯地へと戻っていった。

 帰る途中に、魔獣に襲われないことを祈るだけだ。



「フレス、行くぞ」

「…………」


 ウェイルが振り向き、そう声を掛けたのだが、どうにも返事がない。


「……フレス?」


 見るとフレスの表情は暗いものだった。


「フレス、大丈夫か?」

「…………」


(ボク達、とんでもないことをしていたんだね……)


 フレスの脳裏には、先程ウェイルに言い掛けた言葉が反芻していたのだ。


「フレス? おい、大丈夫か?」

「――え!? あ、うん」


 何度か尋ねた後の、やっと帰ってきた返答。

 どうもウェイルの思っている以上に、フレスは何か深刻なことを考えているようだった。

 ようやくフレスの異変に気が付いたウェイルだったが、その異変の原因は、すぐに理解できた。


「あのね、ウェイル、ボクね……!!」

「ミルを助けるぞ」

「……え……?」


 自分の告白を遮り突拍子もない言葉に、フレスは目を丸くした。


「ウェイル、ボク!」

「フレス。罪の責任なんて、もう考えなくていいさ」

「…………!!」


 そう、フレスがさっきウェイルに伝えたかったのはこのこと。


(ボクは、昔大勢の人を殺した。今の魔獣や、ミルを持ち上げている連中と同じように)


 ウェイルやライラと出会ってからは、あまり見なくなった人間の死。

 フレスは忘れていた。かつて自分も人を殺め、己の力を過信しすぎていたことを。

 それがこの度、生々しすぎるほどの死を目前にして、フレスは罪を思い出したのだ。


「でも、でも!」


 ウェイルはフレスが哀れに見えた。

 フレスの罪は、今や語る人間もいないほどの大昔。

 フレスがどれだけ謝罪しても、罪を償おうとしても、それを見てくれる人も許してくれる人もいない。

 必死に言葉の続きを紡ごうとしているフレスが、とても不憫に見えたのだ。


「フレス。今することは謝ることじゃない。そうだろ?」


 だからこそウェイルは師匠として、傷つき続ける弟子の痛みを、少しでも和らげてあげたかった。


「ミルを助けるぞ」

「……うん……!!」


 もしかしたらこの惨劇の原因はミルであるかもしれない。

 直接ではないにしろ、ミルは龍姫として奉りあげられ、アルカディアル教会の象徴となっている。無関係とは言えないはずだ。

 そんな原因である可能性の高いミルを助けてやろうと、ウェイルはフレスに明確な道を開いてやった。

 そうすることで、過去の罪に道を迷ってしまっているフレスの心を、少しでも楽に、そして出口を教えてやると考えたからだ。


「フレスもミルにも事情があった。だから誰のせいでもない」

「ありがとう、ウェイル」


 ふと見せたフレスの笑顔、それだけでフレスの師匠であってよかったと思えたウェイルであった。


「テメレイアの言うオライオン暴走の時間までもうあまりない。さっさと敵の本部へ乗り込むぞ」

「……うん!」


 二人は顔を上げた。

 アルカディアル教会本部の巨大な建物が、二人を待ち構えるかのように見下ろしていた。









  ――●○●○●○――









 悲惨な姿となっていたソクソマハーツ市内を抜け、途中何度かデーモンに襲われながらも、ついにウェイル達はアルカディアル教会総本山である教会、通称『昇龍塔』へ辿り着いた。

 名前の由来である、天に昇りゆく龍の姿を象った彫像が、なんとも物々しい。

 ウェイルは幼い頃にこの建物を見たことはあったのだが、これほど近くで見ることはなかった。


「ウェイル、たぶん中にも魔獣がいる」

「判っているさ」


 ウェイル達はこの昇龍塔の裏口付近にこっそりと向かっていた。

 周囲を見渡しても、裏口付近には人の気配はない。


「表から入るのはどうもと思ったけど、裏も怪しいな」

「だね。見張り一人いないのは不気味だよ」

「罠かもな」

「罠なら罠でもいいよ。どうせいずれ戦うときも来るだろうから」


 敵の総本山に突入するわけだ。中には当然武装した敵もたくさんいるはずだ。


「それもそうだ」


 なんてさっきから軽々と言葉を交わすウェイルだったが、実のところ余裕など皆無だった。

 数々の死線を潜り抜けてきたウェイルであるが、さすがにこの度の事件は想像を超えているものだ。敵の持ち得る神器も想像つかないし、デーモン以外の魔獣だって存在するかもしれない。

 手汗が滲み、喉も渇く。緊張を隠すことは難しかった。


「フレス。ここにミルの気配は感じるか?」

「……たぶん、いないよ。龍の気配は特殊だからすぐに分かるんだけど、ここからはその気配を感じない」

「とすると、ミルはテメレイアと共にオライオンに乗っているのかもな」


 その可能性は大いにありそうだ。

 ミルはアルカディアル教会の象徴となっている。

 その象徴をオライオンに乗せることで、信者達にオライオンは神聖なものだと思わせることが出来る。

 当然、オライオンが何をしても、信者達は誰一人としてその行為に疑問を持つことはないだろう。


「早くミルを解放してあげないと」

「だな。そろそろ入ろう。デーモンの二、三匹は覚悟しておこう」

「それだけで済めばいいけど……」


 ウェイルは手元のメモを見る。

 それにはミルを縛っている神器のある可能性の高い場所を示していた。

 テメレイアがソクソマハーツへ戻る前に渡してくれたものだ。


「メモの印がある場所は、アルカディアル教会のトップしか入れない部屋だったそうだ。俺もここが怪しいと感じるし、ここを目指そうと思う」

「うん。ボクも同感。ついていくよ」


 改めて目的地を確認した二人は、意を決し教会の裏口の扉を開け、内部へと侵入した。




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