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龍と鑑定士  作者: ふっしー
第三部 第十一章 宗教戦争完結編 『君が為に』
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変り果てた医療都市『ソクソマハーツ』

 ――深淵の森。

 そう称されるソクソマハーツを囲む森林の中を、ウェイル達は慎重に歩を進めていた。

 ウェイルのすぐ後ろにフレスが付き、それに続くように治安局員が武器や神器を片手についてくる。


 ここはすでにソクソマハーツ都市内。

 すでに敵地に足を踏み入れているも同然だ。

 いつどこから襲われても問題のないように、皆、緊張の面持ちであった。

 ソクソマハーツ敷地内に入って足を踏み込むこと、早一時間以上。


「何もないね」

「気を抜くなよ」

「でも、人の気配を感じないよ」

「まあ、こんな場所にはいても数人だとは思うがな」


 敵の姿が全く見えないことは不思議でもなんでもない。

 おそらくアルカディアル教の信者達は、奪ったオライオンに集結しているはず。

 であれば、こんな都市の片隅には、いても数人の見張り程度のはずだ。


「敵はオライオンを中心に陣形を組んでいるはずだ」

「うん」


 アルカディアル教会が大々的に宣戦布告したのも、オライオンという超弩級の武力を盾にしているからに他ならない。

 治安局は持ち得る全ての武力を用いてオライオンを奪還または破壊に尽力するはず。

 それを知っているアルカディアル教会の信者が、こんなところで呑気にうろついているはずもない。

 それでも万が一ということもある。

 ウェイル達は、出来る限り音を立てず慎重に、ある目印を頼りに都市部へと進んでいた。


「汽車、来ないよね?」

「どうかな。治安局の砲塔列車が来る可能性もある。後ろに聞いてみたらどうだ?」

「局員さん、ボクたち、汽車に轢かれちゃったりしないよね!?」

「砲塔列車の派遣は私達の報告の後になるはず。ですので当面は大丈夫だと思います。たぶん」

「たぶんじゃ困らない!?」


 ウェイル達が頼っていた目印というのは、汽車の線路であった。

 当然ではあるが、ソクソマハーツにも汽車はあったし、線路も開通している。

 ソクソマハーツは医療都市。

 人命に関わる緊急的な医療を行う為、鉄道関係のインフラはしっかりとしていたのだ。


 しかし、ここ数日の混乱、およびアルカディアル教会のソクソマハーツの実効支配後、ソクソマハーツへ出入りする汽車の全ては運行が停止された。

 ソクソマハーツ都市内の情報を外部に漏らさないようするための処置である。

 そのため、近隣の都市からそこそこ距離のあるソクソマハーツへ、ウェイル達は歩いて向かわねばならなかった。

 この後、治安局は砲塔列車を利用してソクソマハーツに入る予定ではあるらしい。

 出来ればそれよりも早く敵のアジトへ辿り着きたい。

 だからこそ線路を頼りに、森の中を歩き続けた。

 幸い線路の上はまだ歩きやすく、おかげで疲労も抑えることが出来そうだ。


「ま、まだなの?」

「もうすぐ都市部へ出る。フレス、少し休むか?」

「ううん、ボク、疲れているわけじゃないんだ。ただこの森の景色に嫌気がさして」

「まだ森に入って一時間だぞ。飽きっぽい奴だ」

「違うんだ。ボク、あまり森が好きじゃないんだよ」


 それっきりフレスは黙り込んだ。

 顔こそしっかり前を向いていたものの、明らかにシュンと落ち込み、何やら考え込んでいる。

 フレスが何を思うのか、ウェイルの知る由もない。

 しかしながら、過去に森で何かあったということだけは、簡単にだが推測できる。

 俯きながらもチョコチョコついてくるフレスに、ウェイルは師匠として、何か掛けるべき言葉はないか脳内で検索してみるものの、結局出てきたのは――。


「そうか。苦労したな」


 ――なんて月並みなセリフしか吐くことが出来なかった。


「うん。心配してくれてありがとう」


 フレスのお礼が、今のウェイルにはただただもどかしい。


「見えたぞ、都市部だ」


 都市部入口が見えたところで、ふいに立ち止まる。

 それは敵に見つからないように慎重になった、という理由なんかじゃない。

 目の前の光景に、一同呆然とするしかなかっただけだ。


「ここが、ソクソマハーツ……?」


 ウェイルはソクソマハーツの都市を一度だけ見たことがあった。

 それはまだアマチュア鑑定士の頃、師匠シュラディンと共に薬剤鑑定士の元を訪れた時のこと。

 あの時見たソクソマハーツの都市は、医療都市と名乗るに相応しく、衛生的で美しい景観であった。

 ソクソマハーツの都市色は白。

 真っ白な建物も多く、落ち着いた雰囲気のする都市だったはず。


「アルカディアル教会の成した統治の結果が、これか……!!」

「ウェイル、酷いよ、こんなことになってるなんて……」


 敵情視察のために来た治安局員達も、この光景には絶句していた。

 何せその美しかった都市は今、都市中から煙の立ち込め、至る所から悪臭の漂う酷い惨状であったからだ。


「上官、あれは……!!」


 治安局員達が騒ぎ始める。

 その理由はすぐに分かった。

 小さな人間の体が、何の変哲もない道の上に転がっていたからだ。

 その惨劇を見て、フレスは治安局員がいる前にも関わらず、翼を広げるほどだ。


「あれ、死体、だよな……!!」

「しかも……子供だよ……!!」


 漂う悪臭の原因はこれだった。

 よく見ると、あちらこちらに無残にも殺された死体が、ゴミのように転がっている。


「どうしてこんなことに……!!」

「おそらく、アルカディアル教会のやり方に反対だった者達だ。この都市では異教徒と呼ばれる人達だろうな」

「でも、多くの人はソクソマハーツから逃げたって新聞では読んだよ!!」

「多くの人、だろ。全員じゃない」


 医療都市ソクソマハーツは、確かにアルカディアル教会の本部のある都市である。

 しかしながら、その住人がすべてアルカディアル教会信者というわけではなかった。

 他宗教信者の多くは、アルカディアル教会がアルクエティアマインへと宣戦布告した時、都市外へ逃れている。

 それでも、逃げ遅れた者達だって当然いるわけだ。

 事情をすぐに悟った治安局員達が、その亡骸を取り囲む。


「敵は異教徒狩りを行ったようだ……。皆、冥福を祈ろう」


 無残な躯と化した人々の亡骸を、治安局員達は一人ひとり回って腕を組ませていく。

 呆然とその様子を見つめるウェイルの隣で、フレスは必死に涙をこらえていた。


「ボク、どうしたらいいか判んないよ……!!」


 握りしめた拳は、爪が食い込み血が出るほど。


「…………」


 ウェイルとて許しがたい惨劇に、怒りで頭が真っ白になりそうだった。

 それでもウェイルは冷静に、その亡骸を観察してみる。


「……おかしい」


 小さな亡骸に、他の亡骸。

 目に刻むように遺体を観察したウェイルの脳裏に、とある違和感が浮かんでくる。


「フレス、もういい」


 これ以上、フレスの心に負担をかけるのは避けたかった。

 フレスの肩を抱き、治安局員達から距離を取る。

 落ち着くまでそのままでいると、その内スッと翼は見えなくなった。

 ウェイルが腰を屈めてフレスと同じ目線になると、フレスはポツリポツリと漏らし始めた。


「ウェイル、ボク、ボク……」


 何か言いたいが、言葉が詰まる。

 フレスにしては珍しいことだった。

 ところが、違和感の正体がだんだんと判ってきてしまって、その結果焦ってしまうことになったウェイルに、今フレスが見せた微妙な変化を、目に留めるは出来なかった。


「フレス。聞いてくれ。俺の予想が正しければ、状況はさらにまずいことになっている」

「まだ酷いことがあるの……!?」


 ショックを隠し切れないフレスに、ウェイルは言葉を続ける。


「あの死体、おかしいんだ」

「何がおかしいのさ!」

「外傷がないんだ。どこにもな」

「外傷がない……?」

「そうさ。あれらの死体は、おかしいことに傷一つない」


 異教徒狩りという行為は、それこそ残虐の一言に尽きる処遇だ。

 考え方や信仰の違いという、ほんの僅かな違いだけで他人をゴミのように扱っている。

 普通、異教徒狩りは、敵への見せしめと、自らの正当性を主張、いわば正義を名乗るために、剣を用いて行うことが多い。

 故に異教徒狩りが行われる際には、血まみれの地獄絵図が後に残る。

 しかし、確かにソクソマハーツは異常な光景となっているものの、真っ白な都市が血にまみれているということはない。

 それよりも、物損が気になる。

 並び立つ白き建物は、壁や窓などが容赦なく破壊され、美しかった都市の景観を損なわせている。


「おかしかったのはこの都市に入ってからもだ。何せ敵の信者を一度も見ていないのだからな」


 森に敵の信者がいないのは、ある意味では当たり前のことだが、都市部にも誰一人いないというのは不可解すぎる。


「外傷を与えずに人を殺す方法。俺には心当たりがある」

「……ボクも……、ボクもよく知っているよ……!!」


 ギリギリと歯ぎしりすら聞こえる。

 フレスはもう翼を隠すつもりなど毛頭なさそうだ。


「フレス。気配を探れるか……?」

「大丈夫。できるよ」


 フレスがそっと目を閉じた。

 外傷のない遺体と、アルカディアル教会の特徴。

 それを鑑みれば、ここには間違いなく、あの忌々しき連中がいる。


「――ウェイル!! 治安局のところ!!」


「ああ、わかった」


 フレスの合図でウェイルが走る。


「避けろ!!」


 遺体に祈りを捧げていた治安局員の一人を突き飛ばす。


「――ぐっ……!!」


 その直後、ウェイルの肩に激痛が走った。


「な、何が……!?」


 突き飛ばされた局員の呆然とする顔が目に映る。


「デーモンだ!! 奴らはここに多数のデーモンを放している!!」


 外傷のない遺体は、デーモンを召喚する為の代価として用いられたのだろう。

 人は皆、多少個人差はあるものの、魔力を持って生きている。

 普段、それらの魔力の一部を抽出して神器の発動に使うのだ。

 人の魔力を、人の死ぬに値するほど抽出し、神器に注いでデーモンを大量に召喚したというわけだ。

 ここにあるほとんどの遺体は、デーモンを召喚する為のいわば生贄であったのだ。


「すぐさま戦闘配置に着け! 敵を迎撃する!」


 治安局員は、最初の一瞬こそあっけにとられていたが、さすが訓練を受けてきただけのことはあり、すぐさま危険排除のために行動を開始した。


「ウェイル! 無事!?」

「問題ない。かすり傷だ」

「デーモンには毒のある種もいるから、すぐに治療するよ!」

「それもいいが、先に目の前の敵だ。あやつを放置したままだと治療に専念できんだろう?」


 唐突に表れたのは大型のレッサーデーモン。

 それも一体ではなく、三体同時に現れた。

 治安局員達が迎撃にあたっているが、彼らでは時間がかかるだろう。


「俺達がいかないとな」


 腰に差した神器『ベルグファング』を抜くと、ウェイルはすぐさま氷を展開させ、腕と融合させる。


「……ベルグファング……」


 その様子を見ていたフレスは、ぽつりとつぶやいた。

 ウェイルには伝えてはないが、ベルグファングは特別な神器だ。


 ――何せフレスの体の一部を用いて製造されているのだから。


(ちょっと、試してみようかな)


「ボクも行く」


 ウェイルと同じように、フレスも腕に氷を纏わせる。

 一度だけタイミングを合わせるために視線を交わすと、治安局員を押しのけてデーモンへと切りかかった。

 ウェイルは氷の剣を振るうとき、不思議な感じを覚えたという。

 隣にて剣を振るうフレスと、なんだか感覚を共有しているような、そんな印象だった。


「ウェイル、左」

「そっちは上だ」


 互いに指示を送りあう。

 二対の氷の剣は、的確にデーモンの心臓を貫き、ドス黒い血の雨を降らせていく。


「後一匹だね」

「ついでだ。一緒にやるか」


『ベルグファング』が輝いていることにウェイルは気が付いた。

 そのせいだろうか、身体が軽い。

 今なら龍であるフレスの動きにも、遅れをとりそうにない。


「グルウウウ…………、グゴオオオオオオオオオオ!!」


 レッサー・デーモンはその汚い翼をはためかせ、二人を中心に高速で旋回し始めた。

 なまじ人間の目にはついていけないほどの高速であったが、あたふたしたのは治安局員だけ。

 ウェイル達はその動きに対して微動だにもしなかった。

 二人の背後を取ったレッサーデーモンは、チャンスとばかりに牙を剥く。


「――ウェイル」


「――フレス」


「「――真後ろ」」


 二人は振り返り、指示通りに剣を突き出した。

 その刹那、レッサーデーモンは二対の剣の串刺しと化していたのだった。

 断末魔すらあげることのできないほどの、一瞬の出来事だった。




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