約束と誓い
テメレイアの予測や、敵軍の情報は、すぐさまサグマールによって治安局へと持ち込まれ、治安局はその情報を頼りに局員を各地に配置し始めた。
最初はテメレイアが情報ソースだということで、裏切りの考慮もなされ、行動に慎重さを見せた治安局だったが、テメレイアの証言は本当だとのウェイルの証明書を添付したことが大きく影響し、情報は全面的に信頼されることになったのだ。
それでもと渋る治安局幹部を説得したのは、最高責任者たるレイリゴアと、そしてステイリィだったそうだ。
サスデルセル支部長であるステイリィも、サスデルセルが宗教都市ということもあり、この度の治安局の作戦に参加するとのことだ。
直接会話をしたわけではないが、電信ではいくつか情報の交換を行い、戦争開始日にはウェイルの指示を最優先にして行動してくれるとの約束をしてくれた。
ありがたい話ではあるが、事件に直接関係のない一鑑定士の意見をそこまで重要視しなくてもと、内心苦笑するウェイルであった。
もちろん、使えるのであれば治安局を利用するつもりではある。
プロ鑑定士協会にはそれほど関係のない事件ではあるものの、ウェイル個人としてはこの事件、大いに興味があり、そして親友のために動かざるを得ないと思っている。
フレスとて、ミルという龍の少女のことが心配で心配で、気が気でないらしく、しきりに「ミル、大丈夫かなぁ」とか「へんなことされてないかなぁ」などと呟いていた。
じっとしていられない性質なのもよく知るところ。
龍同士のネットワークとでもいうのか、フレスはしきりにサラーと連絡を取っていた。
相変わらずニーズヘッグについては無視を決め込んでいたが。
フレスが幾度となくサラーと連絡を取っていたものだから、サラーの同伴者たるイレイズからウェイルへ電信も届いた。
その内容は至極単純なもので、一言でひっくるめれば「我々もお供します」という内容だった。
経緯を鑑みるに、どうやらイレイズもサラーに相談されたようだ。
サラーとしてもミルの存在は気になることなのだろう。
イレイズとしてもウェイルには大きな恩がある。
できる限りは恩を返していきたいと望んでいるのも知っているところだが、ウェイルはこれを丁寧に断った。
というのも、イレイズの都市『クルパーカー』は今、王を外に出せる状況にないということを知っていたからだ。
先のリベアの事件の影響を未だ根深く、クルパーカー発行の貨幣『カラドナ』も、未だその価値を下げたままだ。
これからのクルパーカーのことを考えれば、一日でも早くカラドナの貨幣価値を元に戻すことが、イレイズにとっての最優先事項である。
ここで下手に戦争に巻き込まれ、怪我を負う、ましてや命を落とすわけにもいかないのだ。
フレスはサラーと共に行動できないことを聞くと、少しばかり肩を落としていたが、現状を考えて仕方がないと諦めてくれた。
――●○●○●○――
テメレイアは一足先にソクソマハーツへと戻った。
再会予定は、四日後の深夜。
だが再会場所は定めなかった。
その四日という期間を設けたのは、ウェイルはステイリィや、その他の治安局員とも連絡を取り合い、アルカディアル教会の襲撃に備えることに専念するためだ。
「ミルを縛っている神器は、間違いなくイルガリの管理下にある。だけど、彼がその手に持っているところを、僕は見たことがない。とすれば、アルカディアル教会のどこかに、その神器は隠されているはずだ」
「俺達はそれを探せばいいのか?」
「その通りさ。探して破壊してもらいたい。といっても神器の形が分からない以上、闇雲に探し回っても時間が無駄になるだけさ。そこで、フレスちゃん、君にお願いしたい」
「うん。ボク、神器には詳しいから、拘束系の神器があればすぐに分かるよ」
「一応、僕が『アテナ』を使って周囲の神器に魔力を送る。もしかしたらミルが少し苦しむことになるかも知れないけど、神器が発動していれば君も神器の魔力を探りやすくなるはずさ」
「魔力を探るのは苦手だけど、たぶんできるよ。任せて」
つまりウェイル達は、ミルを拘束しているであろう神器を探すため、ソクソマハーツのアルカディアル教会に潜入することとなったわけだ。
テメレイアはいくつかの鍵をウェイルに手渡してきた。
「これはソクソマハーツのアルカディアル教会であればどこにでも使える鍵だ。そしてこれが超弩級戦艦『オライオン』の鍵。僕が入場権限を持つ場所すべての鍵だ。君がどう使うかは任せる」
「どこで落ち合う?」
「悔しいが、僕は教会内で顔を知られすぎていてね。下手に教会内をうろつくことを不審に思う連中もいるはずだし、すでに僕をマークしている連中もいるからね。だからミルの拘束神器を探す作業は手伝えない。それに、その頃には僕はもうオライオンに乗船し、アルクエティアマインへと向かう頃だろう」
「……『アテナ』はまだ封印しなくてもいいんだな……?」
「今は、ね。あの強大な力は、今はまだ僕の武器となっているから。全てが終ったとき、必ず封印する。信じてほしい」
いずれテメレイアは『アテナ』の封印を行うつもりだ。
信じろとテメレイアは言う。
そのセリフを、ウェイルは鼻で笑った。
「今更信じろってか。馬鹿言うな。信じるに決まってるだろ。わざわざ聞くな」
「君はそう言ってくれると確信していてね。わざと聞いてみたんだ」
「……悪趣味な奴だ」
なんて言い合う二人の表情は、最高に互いを信頼しているという雰囲気だった。
そのことがフレスには、無性にもどかしく、そして羨ましいと感じていた。
「三日後、僕は何があってもオライオンを止める。僕と君らと出会うとき、すべてが終わっていることと信じている」
「ああ」
ウェイルも頷きはしたが、一つだけ言葉を付け加えた。
「俺はお前の命も必ず守る。安心してオライオンを墜落させろ。俺とフレスが、何があっても救い出す。だから三日後、必ず生きて会おう」
「ウェイル……」
フレスには言った。
神器を操れば助かることなどわけないと。
でも、それは真っ赤なウソ。
あれは『天候風律』のあったシルヴァンだからこそでできた芸当だ。
当然、アルクエティアマイン周辺に『天候風律』のような環境系神器は存在しない。
そんな状態で宙に浮かぶ軍艦を墜落させれば、どのような目に合うか、想像に容易い。
テメレイアは、たとえ自分の命を失ってでも、オライオンの墜落に固執するつもりだ。
それが事件を起こした自分の責任だし、当然の報いだとも思っていた。
再会のとき、もしかすれば自分は躯となっているかもしれない。そうとまで考えていた。
それが目の前の最愛の人によって否定された。
「そう、だね……」
不思議な気持ちだ。
命を賭ける気であったのに、この男の言葉一つで途端に命が惜しくなる。
「助けてもらうよ。うん」
テメレイアは心に誓った。
もし助かるのであれば。
彼に助けられるこの命、すべて彼に捧げようと。
いや、それはおこがましい考えかも知れない。
だって、自分自身がそれを望んでいるのだから。
ついウェイルと初めて出会った時のことを思い出す。
「任せておけ」
あの時とセリフこそ違うものの、同じ雰囲気を感じたテメレイアだった。
「たぶん、助けるのはボクになりそうなんだけど」
「……まあいいじゃないか」
目を細めるフレスに微笑むウェイル。
「ハハ、ほんと、そうなりそうだね」
絶妙な突っ込みに、思わずクスリと笑ってしまった。
再会場所すら決めていない約束だが、二人はおそらく落ち合うことができるだろう。
この二人の約束が破られたことなど、かつて一度もなかったのだから。