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龍と鑑定士  作者: ふっしー
第三部 第十一章 宗教戦争完結編 『君が為に』
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救世主となった少女


 芸術大陸――『アレクアテナ』。


 そこに住まう人々は、芸術や美術を嗜好品として楽しみ、豊かな文化を築いてきた。


 そしてそれら芸術品を鑑定する専門家をプロ鑑定士という。


 彼らの付ける鑑定結果は市場を形成、流通させるのに非常に重要な役割を果たしている。


 アレクアテナにおいてプロ鑑定士とは必要不可欠な存在なのである。


 そのプロ鑑定士の一人、ウェイル・フェルタリアは、相棒である龍の少女フレスと共に、大陸中を旅していた。


 貿易都市ラングルポートにて発生した、アルカディアル教会の超弩級戦艦『オライオン』強奪事件。

 この事件を皮切りに、アレクアテナ大陸は戦争に向けての緊張状態が続いていた。

 治安局を初めとして、プロ鑑定士協会、ラルガ教会ら大組織は、アルカディアル教会包囲網を結成、彼らを牽制する働きかけを行っていた。

 プロ鑑定士のウェイル、そしてフレスは、この事件の鍵を握る人物である親友テメレイアの突然の訪問を受けていた。


 これから始まる大戦争に、ウェイル達は巻き込まれていく。









 ――●○●○●○――








 ――深夜。


「やぁ、ウェイル。夜分遅くに済まないね」

「――レイア!?」


 唐突にウェイルの部屋の戸を叩いたのは、驚いたことにテメレイアだった。


「話したいことがあるから君の元を訪ねたのさ。君の優秀なお弟子さんも連れてきてくれないかい?」

「どうしてここに……」

「言っただろう? 話したいことがあると。それも急ぎの件でね」


 急いでフレスを呼び、テメレイアの話を聞くことにした。


「とりあえず質問は全て後で受け付ける。まずは僕に時間をくれ」


 そう前置きしたテメレイアは、一度フレスの方をチラリと見て、ゆっくりと話し出した。


「まずはおめでとうと言っておこうか。フレスちゃん」

「う、うん。ありがとうございます」

「君の実力は本物だと思った。だからこそ、君はオライオンのところに現れないと確信していた」

「……プロ鑑定士協会の日程まで全て読んでいたわけか」

「読んでいた? ……そうか。君にはそう見えたか。サグマール氏の采配とは思わなかったのかい? ……ならば作戦は成功と言えなくはないか……」


 最後の方は小声で良く聞き取れなかったが、嫌味な笑みを浮かべている以上、ウェイルにとっては面白い話題ではなさそうだ。


「プロ鑑定士試験をラングルポートでやったのは正解さ。おかげで色々とうまく行った」

「……お前、一体何しに来たんだ……?」

「質問は後で受け付けると言ったが、それについては答えよう。とある話を聞いて欲しかったのさ。特にフレスちゃんに、ね」

「ボクに?」


 なんだろう、と困った顔のフレス。


「ミルという少女のことは知っているだろう?」

「――――!? どうしてレイアさんがミルのことを!?」

「どうしてって、僕が今アルカディアル教会にいることは知っているだろう?」

「うん。ウェイルから聞いた」

「だったら想像はつくはずさ。サスデルセルでの事件のことも聞いているだろうし」

「……うん。緑色の翼を持った少女がいたって」

「ミル。その正体は大地の力を司る神龍『ミルドガルズオルム』。アルカディアル教会は彼女を利用して信者を操っている」


 ドラゴン信仰の厚いアルカディアル教会だ。

 本物の龍が、信者の前で命令を下したのなら、信者はそれに従うに違いない。


「ウェイル。君はしきりに僕の目的を訊きたがっていたね。その問いに今答えよう。僕はアルカディアル教会を潰す気でいる」

「…………は!?」


 斜め上の解答に、ウェイルは思わず困惑する。


「意味が判らんぞ。なら何故奴らに手を貸す!? ラングルポートの被害がどれだけ甚大か判っているのか!?」

「ウェイルこそ何も判ってはいないようだ。僕でなければ、被害はもっと甚大だったさ。あの時オライオンを即撤退させたのは誰だと思っている。奴らであればそのままオライオンで都市を崩壊させていたはずさ。とりあえず今は黙って聞いてくれないか」


 質問は後だと念押しする様に、テメレイアは口元に人差し指を当てる。


「此度のことの真相を話そうと思う。僕の目的は今言ったアルカディアル教会を潰すこと。元々は奴らが行っていた霊感商売の証拠を突き止めるための潜入捜査をしていたのさ」

「霊感商売? ねぇ、ウェイル。霊感商売って何なの?」


 知らない単語に、フレスがウェイルに助けを求める。


「これを飲めば病気が治る、と嘘をついて何の効果もない薬を売ったり、持っていれば幸せになれるという胡散臭い壺を売りつけたりすることだ。買わないと神に祟られるとか忠告を入れてな」

「ほえぇ。人間って変な商売ばかりするんだね」

「一部だけだぞ。もちろんほとんどが贋作だったり、そもそも大嘘だったりと、立派な詐欺罪に当たる行為だ」

「アルカディアル教会は資金難なのか、それを率先してやっていた。だから僕が潜入した」


 テメレイアが潜入捜査を始めたのはなんと二年前だという。


「捜査はすぐに終わったよ。証拠だって簡単に掴めた。しかしそれはある意味で囮だったんだね。僕はある時、奴らの壮大な計画を知ってしまった。アルカディアル教会主導で、ラルガ教会を潰し、アルクエティアマインを乗っ取るという計画だ」

「戦争をするつもりなのか!?」

「だからこそオライオンという大陸最強の武器を欲した。この計画は今も遂行中さ。そこで僕は捜査の延長をプロ鑑定士協会に打診し、そのまま潜入を続けたのさ」


 テメレイアは下手な潜入などしない。

 周囲の人間を完全に騙して、従順な一人のアルカディアル教信者として振る舞った。

 潜入捜査なのだ。時には汚れ役を買わなければならないこともある。

 そうでなければ敵の決定的な証拠を掴むことは出来ない。

 時には人を傷つけることもあったそうだ。


「おかげで僕は優秀な信者として、教会内での地位をどんどんと高くしていったよ。そんな矢先だった。ある時、アルカディアル教会から一人の少女と面会させられた。それがミルさ。僕はミルの教育係に任命されたんだ」


 ミルが解放されたのは、テメレイアが潜入を開始するほんの数日前であったらしい。


「当時ミルは誰の言うことも聞かない、手に負えない子だった。人間のことが大嫌いだそうで、しきりに人を殺したがっていたよ。何らかの神器で行動を抑制されていて、被害は出なかったんだけどね」

「……やっぱりミル、まだ人間のこと恨んでいたんだ……」


 気持ちは判る、と目を瞑るフレス。


「最初は相当手を焼いたさ。何度も何度も声を掛けて、信頼してもらって。実はナイフで刺されたこともある。痛かったけど、それでも声を掛け続けたのさ。信頼してくれってね。そのおかげなのかな。ミルは僕にだけは心を開くようになった」

「…………ぐす……」


 ミルの過去を知るフレスだ。

 テメレイアとミルがどういうやり取りをしていたのか容易に想像できていたのだろう。

 フレスにだって、似たような記憶がある。

 大切な親友、ライラ。

 彼女がフレスにしてくれたことを、テメレイアはミルにしてあげたのだ。

 心を開くミルを想像するだけで、熱い思いが込み上がる。

 そんなフレスに、ウェイルは無言でハンカチを差し出した。


「その後、僕とミルは大親友になってね。ミルは僕の言うことを訊いてくれたし、僕だってミルの為なら何だってしてあげたよ。だけどね、もしかしたらアルカディアル教会はそれを狙っていたのかもしれない」


 テメレイアの声のトーンが下がる。


「アルカディアル教会は以前からドラゴンを求めていた。ようやく手に入れたミルを、今度はどうにかして利用してやろうと考えていたのさ。実際、ミルはすぐさまアルカディアル教会のシンボル、通称『龍姫様』として祭り上げられた。ミルの起こす奇跡の技で、誰もがミルに心酔したのさ」


 ミルの奇跡の力とは、龍なら誰もが持っている再生力強化の力。

 フレスも時折使う技だが、アルカディアル教会はその力を売り物にしたのだ。


「医療都市ソクソマハーツに昔から蔓延していた病を知っているかい?」

「ああ。確か隣のアルクエティアマインから流れ出た鉱毒が原因とか言われていた奴だな。最近の代金脈発見により、さらに被害は増えたとか」

「実はあれ、鉱脈が原因ではなく、アルカディアル教会が信者達に、植物性の毒を散布していたのさ。薬草を栽培するのが得意なソクソマハーツだ。逆に毒草だって容易に栽培できる。元々ソクソマハーツはアルクエティアマインとの仲が悪い。負の噂を広めるのは彼にとって一石二鳥だ」

「もしかして、その病を治したのが……?」

「そう、ミルの力さ。ミルの発する力によって、皆回復した。ミルへの信仰心はより一層深まった」


 もがき苦しむところへ、颯爽と現れた救世主。

 しかもそれが神と扱う龍だっていうのだから、信者達は相当熱狂的になったに違いない。


「ミルはね。アルカディアル教会の信者にとっての希望、救世主になったのさ」


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