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龍と鑑定士  作者: ふっしー
第三部 第十章 貿易都市ラングルポート編『暴走! 超弩級艦隊』
255/500

独白

 ―― ガングートポート 0番ドッグ 超弩級戦艦『オライオン』甲板にて ――


「さて、楽しすぎて打ち切るのが忍びないけれど、そろそろ時間だからね」


 時刻は現在午後三時十分を回ったところ。

 プロ鑑定士試験も終了し、審議に入る時間帯。


「ウェイルの方も時間稼ぎに丁度良かったんじゃない?」

「……まあな」


 魂胆はバレバレというわけだ。全くもって嫌な奴。


「プロ鑑定士試験が午後三時までだよね? なら受験生は審議や合格発表、合格後の手続きや説明があるから後2時間は拘束される筈さ。君の弟子なんだ。合格しているだろう?」

「当然だ」

「なら僕にとっても都合がいい」


 話は終わりだとテメレイアが腰を上げる。

 ウェイルもそれに続いた。


「ねぇ、ウェイル。鑑定士たる者、色々と旅して様々な光景を見てきた。違うかい?」


 唐突に意味の解らない質問。


「……ああ。汽車の旅だが、色んな風景を見てきたよ」

「アレクアテナはとても美しい大陸さ。各都市によって風景は全く違う。汽車の窓はさながら魔法の絵画のようさ」

「おい、いい加減何が言いたいんだ!?」


 流石にしびれも切れるというもの。

 ウェイルのそんな様子を見てフフとほくそ笑むテメレイア。


「でもね、ウェイル。これから見せたい光景は、多分これまで一度足りとて見たことはないと思うんだ。実は僕も初めて見る光景でね。異様に心が高鳴っているのさ」

「一体何を企てている!?」

「どうせ君はそこから動けない。君はこの特等席で、この光景を見ることが出来る。感謝して欲しいくらいさ」


 テメレイアは本を開き、光る楽譜を詠み始める。



『                                』



 その歌に呼応するかの如く、地面が揺れ始める。

 ウェイルも振動に耐えようと手すりに手を伸ばした。

 そこで、衝撃の事実にその目を疑った。


「……はっ!?」


 素っ頓狂な声を出すのも無理はない。


「『オライオン』が――浮いている!?」


 この揺れは地面の振動なんかじゃない。

 オライオン自体が、動いていたのだ。

 オライオンはゆっくりと上昇を続け、そして先程テメレイアが開けた穴から、多少どころじゃなく天井をぶち破りながら空へと舞いあがった。

 どういうバランス感覚をしているのだろうか。

 テメレイアは手すりに片手で捕まっているだけで、ピクリともせず歌を続けている。

 しばらくしてオライオンの上昇が止まった。

 見るとテメレイアも本を閉じ、歌を止めている。


「どうだい、ウェイル。この光景は」

「――――!!」


 ――壮観。

 そんな言葉では表せない、壮絶なる光景がここにあった。

 オライオンの後方には、オライオンと同じように宙を浮かぶ総勢12隻のドレッドノートクラスの軍艦があった。


「凄いだろう? 軍艦が海ではなく空に浮かんでいる。セルクさえ、思い浮かばないような素晴らしい光景だ」


 しみじみ感想を漏らすテメレイアとは対照的に、ウェイルはしばらく言葉を失っていた。


「…………これが……三種の神器の実力なのか……!!」


 想像以上の桁違いな力。

 圧倒的な武力を、テメレイアは今手にしているということだ。


「どうして軍艦が浮いているか不思議かい?」

「……いや、段々落ち着いてきたんでな。原理は推理できる。重力晶の力を『アテナ』で活発化させたんだな……?」

「君は本当に天才だね。お見事。その通りさ」


 ユースベクスから聞いたオライオンの概要を思い出す。

 オライオンは自重に耐えるため、本体の軽量化の為に重力晶を用いていると。

 重力に反する力を『アテナ』を使って活性化させたということなのだ。

 原理はいい。問題はこの軍艦をどうするか。


「何をするつもりだ?」

「推理しろ……って、流石にこれは推理しなくても判るだろう?」


 当然だ。

 これほどの軍艦を宙に浮かべたんだ。

 だとすればやることは一つ。

 問題は、その標的だけだ。 


「どこを攻撃するつもりだ」

「君にはもうその答えは渡してある」


 電信のことを言っているのか。

 とすればこの大艦隊は、ラングルポートとアルクエティアマインを火の海にするつもりなのだ。


「レイア、どうしてこんなことが出来る? 関係ない人間を巻き込む!?」


 テメレイアの行動は自由奔放で、付き合わされる方は溜まったもんじゃないことばかりだったが、この度の行動については理解しかねることばかりだった。

 そもそもテメレイアは人を傷つけることをあまりしない性格だったと覚えている。


「その答えもシルヴァンで渡しているよ」


 おそらく、それは別れ際に聞こえてきた言葉。

 あの時テメレイアはこう言ったのだ。


『この大陸の為、そして――大切な親友の為に』――と。


「他に方法はなかったのか?」

「なくはないかも知れない。でもこれが最良なのさ」

「いいのか!? 関係のない人を巻き込むんだぞ!?」


「……いいわけないさ……!! いいわけないだろ!!」


 ウェイルのその台詞に、これまで穏やかに徹してきたテメレイアの表情と口調は、一気に激しいものになった。


「僕だって、こんなことをしたいわけじゃないさ!! それでも親友を助けたい! その一心からこんなひどいことをしてるのさ!! それに僕がいなくたって、同じ事件は必ず起きた!! だったら被害を最小限にすべく僕がコントロールしてた方が安心できる!! そうだろう!?」

「……レイア……」


 テメレイアがここまで感情を見せたことは、かつてあっただろうか。

 呆気に取られるウェイルに対し、テメレイアの独白は続く。


「ウェイル、お願いだ。しばらく大人しくしててくれよ。出来れば安全なところへ逃げていてほしい。目的を果たし終えたら全てを話すから。……お願いだよ……!!」


 何故だろう。テメレイアの瞳には涙すらあった。

 ウェイルにテメレイアの事情など分かるはずもない。

 だが、長年の付き合いから、何の理由もなくこのようなことをやらかす人間ではないと確信している。

 テメレイアがここまで言うのだ。必ず何か裏があるはずだ。

 ここまでテメレイアを葛藤させ苦しめた、何かが。


「……水臭い奴だ」

「……え?」

「レイア。お前は本当に何もかも一人でしょい込む奴だな。全て何でも一人で出来ると勘違いしていやがる。見ていて滑稽だ」

「ウェイル、どういう意味だ、それ」

「判らんか? お前は水臭いってことだ。どうして最初に俺に一言言ってくれなかったんだ?」

「僕が君に何を言えばよかったというんだ!?」



「一言で良かった。――『助けて』――とな」



 それを聞いたテメレイアは、目を丸くして呆気にとられていた。

 しばらくすると唐突に笑い始める。


「ハハハ、僕が君に!? 助けを求めるって!?」

「そうさ。そしたらこんな所で対峙することもなかった。俺は全力でお前のサポートをしたはずだ」

「どうしてそんなことが言える!? 君に一体何が出来るんだ!?」

「何でも出来るさ。何せ親友がこれほどまでに悩んでいるんだからな」

「――――!!」


 高笑いの声は突如止んだ。

 レイアの顔から狂気が消えている。

 代わりにあったのは、優しい笑み。


「そうだね。『親友』だもんね」


 思えばテメレイア自身も『親友』の為にここまで行動していたのだ。

 もしレイアが今のウェイルの立場になったら。それはとても――。


「レイア。なんていうかさ、――寂しいじゃないか」


 とても寂しいと思うに違いない。


「そうだね。もっと早くその一言が言えればよかった」

「レイア……」

「だけど、生憎その勇気は僕になかった。だからこうやって遠回りな戦略を取っている」


 テメレイアの瞳に、先程までの決意の光が戻る。


「計画に変更は?」

「寂しい答えだけど、ないよ。賽は投げられたんだ」


 テメレイアは本を開き、楽譜を呼び起こす。


「ウェイル。邪魔をするな。出来る限り被害を抑える為、歌に集中したい」

「でも攻撃はするんだよな」

「何度も言わせるな」

「俺がやらすと思ってるのか? お前を止めてその本を奪えば、『アテナ』の力は行使できない。そうだろう?」

「違うね。確かに『アテナ』の力を使うのは難しくなる。だが一度魔力を暴走させた神器は、もう後は魔力が切れるまで使用者の想いのままだ。このオライオンも、周りにあるドレッドノートも、すでに魔力の注入を終えている。後はもう、魔力が尽きるまで暴走するだけさ」

「……もう手遅れってことか」


 てっきり発動の術者たるテメレイアを止めれば、全ての軍艦は機能を停止すると思っていた。


「これから歌うのは、ドレッドノートクラスの軍艦に備わる都市攻撃用の大砲系神器の為の歌だ。少しでも被害を減らしたいなら邪魔をしないことだ」

「バカ言うな。お前を止めて術を止めた方が被害が少なくなるに決まっているだろう」


 もう、ここから先は互いに譲れない線だ。

 一歩の譲歩の効かぬ線。これ以上になるともう戦うしか方法はない。

 ウェイルはベルトからナイフを抜く。神器『氷龍王の牙』だ。

 片手で構え、刃先を親友へ向けた。


「勝てるとでも?」

「さてな。だが勝機はある。その本を奪えば俺の勝ちなんだからな――!!」


 ウェイルは体勢を低くして、一気に走り始めた。

 対するテメレイアはポケットからガラス玉を取り出し、ウェイルの行く先を予測して投げつけてくる。



『                            』



 歌を響き渡り、小さな爆発が起きる。

 だが先程見た爆発と比べると相当規模が小さい。

 避けるのもさほど難しくはなかった。


(予想通り、大爆発は起こせないよな。自分が巻き込まれるわけだから)


 ガラス玉での攻撃には弱点がある。

 それは術者の近くでは自身を巻き込む可能性がある事。

 よって近づいて戦えば恐れるに足りない。

 ウェイルは一気にテメレイアの懐へと詰めていく。

 無論、テメレイアだってウェイルの狙い位判っていた。

 素早い身のこなしで、本を守りながら、ウェイルの攻撃を避けていく。


「レイア! 本を捨てろ!」

「出来るわけがないだろう!!」


 自爆覚悟だろうか。

 テメレイアは唐突にガラス玉を床に投げつける。



『                            』



 至近距離での爆発。

 咄嗟のことに避けることが出来なかった。


「ぐはっ……!!」


 爆風によりウェイルは、甲板の先端まで吹き飛ばされる。

 当然テメレイアとて無事ではなかった。

 本を守る手の方は、見た目でも判るほどの火傷を負っている。


「はぁ、はぁ……、君は本当に強いね……!!」


 息を整えながら、テメレイアは更なるガラス玉を手にしている。

 火傷が痛むのか、微かに手が震えていた。


「止めろレイア!! 火傷の手当てをした方がいい!!」

「それは君だって同じだろう? それに僕にはこの程度の火傷くらいどうってことないさ。責任の先払いってことでいいのさ。それだけのことをしようとしているのだから」

「レイア……!!」


 ガラス玉はウェイルへ向かって投げられた。

 避けようと立ち上がるものの、爆発の威力は先程よりも大きい。



『                          』



(くそ、無理か……!?)


 一度目は何とか避けることが出来たが、テメレイアは詰めの甘い奴じゃない。

 今度はウェイルの逃げ道になりそうな場所全てに、間髪入れずガラス玉を投げつけてくる。

 チラリと船の下が見える。

 ここは港の都市。つまり下は海だった。


「くそっ……!! 仕方ない、何とかなるだろう……!!」


 ガラス玉を避けるため、ウェイルは手すりに捕まると、一気に身を翻した。

 オライオンから脱出するしか、もう助かる道はないと踏んだからだ。

 ふわりと体が宙に浮き、重力に従い下に落ちる。

 甲板から脱出するとき、一瞬だが爆発の煙が途切れてテメレイアの顔が見えた。

 その顔はとても悔しげで、そして涙が溢れていた。

 わずかに唇が動いているのも確認できる。

 当然何を言っているのかは判らなかったが、不思議とウェイルには『ごめんね』と言っている風に見えたのだ。

 頭上に広がる、空に浮かぶ大艦隊。


(凄まじい光景だよ、まったく)


 そう思いながら、海に落ちることを祈りつつ、ウェイルは重力に従っていった。




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