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龍と鑑定士  作者: ふっしー
第三部 第十章 貿易都市ラングルポート編『暴走! 超弩級艦隊』
250/500

女神(アテナ)の歌

 時刻は午後二時となる。

 後一時間で、プロ鑑定士試験の全過程が終了するという、まさに最後の土壇場である。


「……難しいですね……」


 ハーフエルフの少女、イルアリルマも、最終試験に苦戦する一人であった。

 彼女には大きな不利がある。

 視力とそして触覚が全くないことだ。

 普段、彼女はこれら二つの感覚の代わりに、類まれなる聴覚と、エルフにしかないといわれる気配を感じる察覚を武器に鑑定をしてきた。

 しかし、この度の試験については、この武器が生かしにくいのである。


(せめて数が絞れればいいのですが……)


 倉庫に眠る芸術品の数は膨大だ。

 この中から最初に指定された作品の本物と思われる代物を見つけ出さねばならないわけだ。

 彼女にとって、物を探索する作業こそ、最も苦手とするジャンルだと言えるわけだ。


(私が唯一探せそうなのは、アトモスの時計くらいでしょうか)


 彼女の武器である聴覚を唯一生かせるのは時計くらいなものである。

 アトモスの時計の秒針を刻む音は、イルアリルマクラスの聴覚の持ち主からすれば特徴的だそうだ。聞けばすぐに分かるという。

 それなのにも関わらず、彼女は苦戦を強いられていた。


(何故でしょうか……、アトモスの音が聞こえませんね……)


 気配や音から、他の受験者が時計を持って倉庫から出ていくのを感じ取る。

 アトモスの作品だと確信したのだろうか。

 だがイルアリルマには、持ち出された時計が贋作だと確信があった。


(アトモスならあんなに音が大きくない)


 静かに音を刻む。それがアトモスの時計の特徴という。

 理由は諸説あるが、根本的にはとても丁寧に作成されているからだそうだ。

 歯車の一つ一つがよどみなく流れるように動き、秒針を動かしている。

 きめ細かく研磨された部品は、部品間の抵抗がより少なくなる。

 ゆえに静かに動く時計だと言われている。


(本当にアトモスの時計はあるのかしら……?)


 そう考えたとき、一つの推理が脳裏をよぎる。


(……本当は本物など、ここにはないのではないでしょうか……?)


 そんなことを考察しながら歩いていると、前からギルパーニャの気配を感じ取る。

 気配から察するに、彼女の状態も芳しくないようだ。

 続いて感じたのはフレスの気配。

 偶然にも三人が同じ場所めがけて悩みながら歩いているようだった。


「あ、ギル、リルさんも」

「フレス? あれ、リルさんもいたんだ」

「お二人とも、いかがですか?」


 その問いに、やはりというべきか二人の反応は良くなかった。


「う~ん、どうも変な感じがするんだよなぁ」

「あ、フレスもそう思う?」


 偶然なことに、この二人もイルアリルマと似たような感想を抱いている。


「私も、何か見落としている気がするんです」

「う~ん、ボク、セルクの絵画ならたくさん見てきたから、なんとなく分かると思ってたんだよね。でも、実際探してみると全く分からなくて」

「私はプルーフ硬貨を探していたんだ。確かに似たような硬貨や記念硬貨はあったけど、持ってみた感じ1/2オンスの硬貨じゃない気がするんだ」

「私も時計を探しているんですが、全然見つからないのです」

「時間は……もうあまりないね……」


 チラリと時計を見る。

 ギルパーニャの言う通り、時間は残りわずかとなっていた。


「殆どの方は品を持って出ていきましたね。残っているのは私達含めて8名です」

「もう本物は全部持って行かれちゃったのかなぁ……」


 だとすれば合格の目はもうないということだ。


「試験は四人しか合格できないんでしょ?」

「たぶんそうだよね……、どうしようフレス。私達、もうだめなのかな……?」

「大丈夫だよ。まだ本物はここにあるって、そう思わなきゃ」


 落ち込むギルパーニャに、それを励ますフレス。


「そうだよね。四人も受かるって、そう考えないといけないよね」

「そうだよ! まだ品はあるって!」


(……四人も……受かる……?)


 そのセリフに、イルアリルマの脳裏に一本の線が繋がった。


(なるほど、そうですか、そういうことですか。道理で本物が見つからないはずです)


 考えてもみれば、最初に条件を提示されたとき、サグマールはこう述べていた。


『本物があれば一つを提出しろと』


 つまりその逆転の発想をすれば良いだけだ。


「お二人とも。私の予想ですが――」


『緊急事態が発生しました。受験者の皆さんはその場で待機して下さい』


 イルアリルマのセリフを打ち消すかの如く、唐突に流れたアナウンス。

 協会の人間が、受験者達に指示をして回っていた。


「あの、一体何があったんですか!?」


 フレスが問い詰めると、彼はこう言う。


「宗教都市サスデルセルで大規模な暴動が発生した。どうやらラルガとアルカディアルの連中が本格的に戦争を行うらしい。その影響はラングルポートにも及ぶ可能性がある。安全が確保されるまで、しばしお待ちいただきたい」

「試験はどうなるんです?」

「最終試験の予定に変更はない。この場で待機とはいえ鑑定はできるだろう。各自鑑定を行い、時間までに倉庫を出て提出してくれれば問題ない。安全確認のための待機指示だから、この辺はデイルーラ社管轄故すぐに待機は解除されるだろう。午後三時を回ることはないはずだ」


 それを聞いてホッとしたのはギルパーニャとイルアリルマ。

 対して逆に焦燥感に駆られたのはフレスだった。


「どうしたの? フレス」

「あのね、ボク、なんだかすごく嫌な予感がするんだよ」


 どうして不安になるのかはフレス自身分からない。

 それでも図書館都市シルヴァンから神器暴走、宗教争いなどの一連の事件。

 そして龍姫という単語。

 フレスの懸念する一連の事件の続きは、すでにラングルポートの足もとまで伸びてきていた。










 ――●○●○●○――









「テメレイア殿。決行の時でございますぞ」

「ああ、そうだね。準備はいいかい? リューズレイド」


 午後二時半。

 すでにガングートポート敷地内に入り込み、身を潜めていたテメレイア率いるアルカディアル教会は、作戦決行のタイミングを窺っていた。

 サスデルセルで発生させた暴動は、とどのつまり囮。

 本当の目的は、こちらにあった。


「サスデルセルでの暴動に慌てた治安局は、すでにサスデルセルへ応援に向かったとのこと。この時こそがチャンスです」


 ガングートポート内から治安局員の数が減った。

 この時を彼らはずっと待っていたのだ。

 信者の一人が、目標の一つである治安局管轄の倉庫の様子を伝えに来る。

 最初の想定通り、軍艦のある倉庫は今、警備が手薄になっている。


「行きましょう。今こそ軍艦を奪う時」

「そうだね。では、始めようか」


 テメレイアは、手に持つ本――シルヴァニア・ライブラリーから盗み出した第一種閲覧規制書物である『神器封書』《ギア・シールグリフ》を取り出して、広げた。

 そこに書かれていた一文を、テメレイアは念じて、歌にする。




『                              』




 内容は誰にも判らない、神の言葉。

 歌っているテメレイアすら、その音、その意味を理解する事が出来ない、神曲と呼ばれる歌。

 三種の神器『アテナ』をコントロールする、禁断なる神の歌。


 聞く者を快楽に導き、欲望を駆り立て、恐怖を目覚めさせる、そんな旋律がテメレイアを中心に響き渡っていく。

 

 その歌に呼応するかのように、独唱者の周囲には魔力が充満し、そして弾けていく。

 突如、遠くの方で爆発が起きた。

 続いて近場でも爆音と共に人の悲鳴が響き渡る。




『                               』




「皆の衆、治安局のドレッドノートクラスの軍艦を襲撃する! レイア殿、後は頼みましたぞ」


 歌の途中だ、返事はしない。

 リューズレイドもそれを判ってか、部下を引き連れ襲撃を開始した。


「何事だ!?」

「何者かが許可なくガングートポートに侵入している!」


 無論治安局員も数が減ったとはいえ、それでも未だ大勢常駐している。

 多くの治安局員が侵入者の排除の為、行動をし始めた。。


(出来れば怪我をしないで欲しい)



『                                    』



 そう思いながらもテメレイアは、治安局員の邪魔を排すため歌の力を強めた。




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