龍の少女 サラー
そんなまさか、といった表情を浮かべる二人。
「……何?」
「…………!?」
フレスだけがよく分かっていない状況だった。
周囲は次第と賑わいを取り戻していったが、この席と接客だけは固まった空気のままだ。
そんな空気を取り払うかのように、渦中の人物はローブを脱いだ。
「赤い……少女……?」
その姿はフレスと瓜二つの美しい少女だった。
ただフレスとは違い、髪は赤く、目も燃えるような真紅に輝いている。
そしてその少女には、とある決定的なものが背中にあった。
――翼だ。
フレスが持っているそれは異なる赤い翼。まるで炎の如き真紅の翼だった。
「翼だと!? ということはその子、やはり龍なのか……」
「ええ、龍です。この子の名は――」
イレイズがその子を紹介しようとしたとき、
「サラーじゃない!? そうだよね!!! ボクだよ!! フレスだよ!!!」
と、叫ぶが早いかフレスはサラーと呼んだ少女に抱きついた。
「え~い、鬱陶しい! 離れろ、フレス!!!」
その少女が最初に発した台詞は、拒絶だった。
その口調は無言でいたときとは想像も付かないほど猛々しい。
「おい、どこ触ってんだ! さっさと離せ!!」
「久しぶりだよ、サラー!!! ボク本当に嬉しいんだから!! すりすりすりすり……」
「えぇい! すりすりするな!!」
すりすりとサラーに頬擦りをするフレス。
それを鬱陶しげに拒絶するサラーと呼ばれた少女。
「おい、フレス。一体どういうことだ?」
この状況を飲み込めないフレスとイレイズ、そして接客。
「サラーはねぇ。ボクと同じ龍なんだよ♪ ずっと封印されていたはずなんだ。何でここにいるの!? ねぇねぇ!!」
「あー、うぜぇ!! 離れろ、フレス!! 焼き尽くすぞ!!!」
「わ~、その口癖、昔と変わらないね!! 懐かしいな~、すりすりすりすり」
サラーは本当に面倒くさそうだ。しかしフレスを睨むその表情からは、どこか嬉しいといった風にも見受けられた。
「この子は炎を司る龍、神龍『サラマンドラ』。私はサラーと呼んでいます」
イレイズが中断された紹介続けてくれた。
「炎の龍……。やっぱり他にも龍はいたのか……」
「えぇ、サラーの話だと龍は五体いるそうです。それであの、ウェイルさん。そちらの子の紹介をお願いしてもよろしいですか?」
「こいつは水を司る龍『フレスベルグ』だ。フレスって呼んでいる。今は俺の弟子だ」
「フレスちゃんですか。良かったね、サラー。仲間に会えて」
「ちっとも良くない!! おい、離れろフレス!! 本当に焼き尽くすぞ!!」
サラーは無理やりフレスを引っぺがしたらしい。
フレスはというとまだ満足できなかったらしく、引き剥がされた後、渋々と席へ戻った。
「ちぇー、久々に会えたから嬉しかったのに……」
「限度がある!!」
「おい、てめーら! 俺にとっては龍とかどうでもよいのですよ! さっさと注文していただけませんか!?」
――接客の男がしびれを切らしていた。
――●○●○●○――
「――ばくばくばくもぐもぐむしゃむしゃ……」
「――がばがばもごもごもごがつがつがつ……」
「……互いによく食べるな」
「……本当ですよね。いつも食費だけで大変なんです」
机の上には食べ終わった後の皿が山のように積み重なっていた。
ちなみに熊の丸焼きは当然の如くメニューになく、フレスとサラーは揃ってブーブーと文句を垂れていたが。
相変わらずフレスは大食いだが、サラーも負けてない。龍とは皆大食いなのだろうか。
「それにしてもビックリです。私、サラー以外の龍を見たのは初めてですよ」
「俺もだ。お前が封印を解いたのか?」
「う~ん、解いたって言うべきなのでしょうか。火事で絵が燃えて、そしたらこの子が出てきたんですよ」
こう語るイレイズの顔は複雑そうだった。もっとも気がついたのはサラーだけだったが。
「なるほど、絵が燃えたのか。フレスの場合は絵が濡れたんだ。やはり龍の属性によって違うようだ。その翼はどうしてるんだ?」
「翼、ですか。ずっとローブで隠しています。隠すのも大変なんですよ」
「フレスは自由に消せるみたいだぞ? サラーだって消せると思うけど」
「え? ……そうなのですか? サラー」
――コクコク。
食べる手を止めずサラーが首だけを縦に振った。
「サラー、それを早く言ってくださいよ……。そしたらいつも隠れて移動することないのに……」
「聞かれなかったから」
「次からは隠してくださいよ……」
(イレイズも大変だな……)
やはり龍の扱いは一筋縄ではいかないようだ。
「ねぇねぇ、サラー、いつ解放されたの?」
「4、5年前だったか? イレイズ」
「……ああ、5年前だよ……」
ウェイルはイレイズの雰囲気が変わったことに気がついた。
フレスは地雷を踏んだみたいだ。
そのことにフレスは気がつく様子も無く、料理を頬張っている。
そんな空気を元に戻すため、違う話題を振ることにした。
「イレイズ、そっちの仕事とはなんだったんだ?」
「仲間と集まってオークションに出品する品を手に入れてきたんです。ラルガ教会にもそのために行ったのですよ」
ラルガ教会の事件の影響。それはこんなところからも聞こえてくる。
内心複雑なウェイルだった。
「もしかしてラルガポットか? だとしたら止めておいた方がいい。あれは贋作だ」
「はい、知っています。ラルガ教会のことは売人ルートですぐに情報が流れましたから。ですが我々はラルガポットとは無関係の品でしたので、助かりました」
「そうか、それなら安心したよ」
イレイズがそう言うと、ウェイルはすっと胸を撫で下ろし安堵した。
自分が関わった事件で他人が損をするのは何よりも辛い。
「イレイズの取引するとかいう品のオークションに俺が専属鑑定士として付き合おうか? 鑑定士がいた方が落札額が大きいだろう」
この都市に集まる人間は総じて目が肥えている。自分が損をしないようある程度信頼の置ける品にしか入札しない。
しかし逆を言えば信頼が置ける品ほどより高額で落札される。
プロ鑑定士とは信頼の象徴である。そんな鑑定士のお墨付きのある品は間違いなく高額で落札されるだろう。
「無論、鑑定料は要らない。どうだ?」
ウェイルはこう提案した。
この言葉の裏にはラルガポットの事件で迷惑かけたというお詫びの気持ちも含まれている。
だがそれ以上にウェイルはイレイズのことを気に入ってしまったらしい。
ましてや龍という秘密を共有する仲である。損はして欲しくないと思った。
「ありがとうございます。しかし大丈夫ですよ。本物という保証がありますから。それに、もしウェイルさんに鑑定していただいたなら間違いなく高額で落札されると思います。しかしそれウェイルさんの信頼あってのもので、今回だけのことです。それよりも常日頃から私達だけで競売に望み、そして私達の手で信頼を勝ち得ることの方が重要だと思いますから」
イレイズの言葉に、ウェイルは感動を覚えた。イレイズの言うことはもっともだった。
信頼とは金で買うことの出来ない大きな力だ。それを自ら少しずつ得ていこうとするイレイズの姿勢は、ウェイルには少し羨ましく思えた。
だが何故だろうか。仕事の話を力説するイレイズの顔は、どこか辛そうな表情にも見えた。
ははっ、と愛想笑いを浮かべているが、そんなもので隠しきれるほど鑑定士の目は甘くない。たぶんイレイズ本人も気がついていないのだろう。そちらの方が心配だ。
ずっとバクバクと食べ続けていたサラーが顔を上げた。
「イレイズ、そろそろ時間じゃないか?」
「あ、そうだですね。それではウェイルさん、フレスさん。そろそろ仲間と合流する時間なのでこれにて失礼いたします。ここの代金は私が払っておきますね」
「そこまでしてもらうわけにはいかない。自分で払うさ」
「いえ、これは汽車で助けていただいた時の御礼ですよ。こんなことが御礼だなんて少し安すぎる気がしますけど」
「そんなことはない。ならここは素直に奢られるよ。次は俺が奢るからな?」
「はは、ありがとうございます。同じ龍のパートナーとして、また会うこともあるでしょう。その時にお願いします」
「またね♪ サラー」
「……うん」
イレイズは代金を接客の男に渡し、サラーと共に店を出て行った。
「それにしても驚いた。まさか別の龍に会えるなんてな」
「ボクもビックリだよ。サラーと会ったのは三百年ぶりくらいかなぁ? また会えるよね?」
「会えるだろうさ。約束したからな。次は俺が奢ってやるさ」
「もぐもぐ。あ、サラーってばご飯残してるよ。ボクが食べる! ……ふぎゃ!」
勝手に他人の皿に手を伸ばすフレスに、ウェイルは無言でゲンコツを叩き込んだのだった。
――●○●○●○――
「サラー、ビックリしましたね。まさかサラーと同じ龍に出会えるだなんて。それとサラーさ、フレスちゃんみたいに翼を隠してくれませんか?」
「面倒臭いから嫌だ」
「頼みますよ。サラーも隠れて移動するのは嫌でしょう?」
「別に。それに移動はいつもコソコソしてるじゃないか」
「確かにそうですけど……」
イレイズがサラーに手を合わせて頼む仕草をしているが、サラーには聞く気がさらさらないらしい。
まいったな……と、イレイズは頭をかく。
そんなイレイズを見て、サラーが尋ねた。
「そんなことよりもあの男……。次は奢る、だって。また会うつもりなのか?」
「会いたいのですか? フレスちゃんに」
「そ、そういうことじゃない!」
それを聞いてイレイズはにっこりと、そして不気味に微笑んだ。
「――会いますよ。必ず、そして近いうちに、ね」




