始まる宗教暴動
くすぶり続けてきた衝突の火種が、その日、ついに爆発した。
事件の舞台となったのは、宗教都市サスデルセル。
一連の神器暴走事件が始まった最初の都市が、皮肉にも今回の宗教暴動の最初の舞台となってしまった。
これまでのラルガポットの爆発とは比べものにならないほどの、巨大な爆発が起こる。
場所は旧ラルガ教会のサスデルセル支部。
何事かと野次馬が集まり、消火活動が始まる。
無人であったが幸いし、大きな被害は避けられたかに見えた。
しかし、その爆発はラルガ教会跡地だけでは収まらなかった。
サスデルセル各地で連続して発生し始めた。
「また爆発事件が……!? 本当にどうなっているの!?」
立て続けに発生する神器暴走事件にシュクリアは逃げ惑う民の一人となっていた。
「ほら、良い子だから、もう少し寝ていてね……!!」
立ち込める黒き煙と、火で赤く染まる都市の様子を見せまいと、抱いた赤子をタオルで覆い隠す。
「シュクリアさん、逃げてください!」
「また爆発ですか!? どこです!?」
「話は後です、とにかくついてきてください!!」
声を掛けてきたのは、最近知り合ったお母さん仲間。名をレンという。
悪魔の噂事件の時に、ウェイルに助けてもらったうちの一人だった。
レンは慌てた様子で、聖戦通りの裏道へとシュクリアを導いた。
周囲の様子を窺う。
何やら人の気配を感じた。
しかし、その気配はどうやら穏便なものではなさそうだ。
「なんなんでしょう、あの人だかりは!?」
「アルカディアル教会の連中だと思います。あのマークは間違いないです」
「アルカディアル教会……!」
ラルガ教会に所属していた時に聞いたことがある。
ラルガ教会を敵視している、過激な宗教団体があると。
「私見たんです。アルカディアル教会の人達が、暴動を起こしていたのを。だから逃げましょう。彼らに見つかると危険です」
「……はい。ですが爆発のこともあります。慎重に行きましょう」
シュクリアとレンが、息を殺して移動を始める。
その時、一瞬だが、アルカディアル教会の連中の姿を見ることが出来た。
そこでシュクリアの目に留まったのは、一人の少女の姿だった。
「あれ……? フレスさん……?」
いや、違う。
あれはフレスじゃない。
似ているが、決定的に違うところがあった。
それは髪と目の色、そしてそれ以上に気になるのは、その禍々しい雰囲気だ。
「とにかく逃げないと……!!」
「シュクリアさん、急いで!」
徐々にぐずり始める我が子を必死にあやしながら、シュクリア達はその集団から距離を取ろうと、とにかく走った。
――●○●○●○――
「やれ! レイアを取り返すのじゃ!」
尊大な声が聖戦通りに響き渡る。
声の主は、小さな少女。
緑の瞳に緑の髪。
ポニーテールに束ねた髪を爆風になびかせて、その小さな手のひらから力を奮い続ける。
彼女の背には、人にはないものがあった。
光り輝く4枚の翼である。
翼が力強く輝く度に、サスデルセルの各所から爆音が轟いた。
「レイヤを誘拐したラルガの連中は許さない。皆の共、やってしまえ!!」
その声に呼応するかのように爆発が発生し、信者達は声を荒げる。
「我々に龍姫様がついておられる! ラルガの連中を滅ぼせ!」
「全ては龍姫様のために!!」
一人の少女を筆頭に、サスデルセル各地で起こったアルカディアル教会の大暴動。
いまだ根強く残るラルガ教会の信徒達も、この暴動を止めようと剣をとった。
その他の宗教はできる限り我関せずと早々に逃走し、事実上、ラルガ教会とアルカディアル教会の戦争に勃発した。
サスデルセルにて発生した暴動の火は、他都市へと飛び火し、サスデルセル以外にも小規模ではあるがマリアステル、そしてハンダウクルクスにて暴動が起きる。
しかし、ラルガ教会総本山であるアクエティアマインには未だ暴動は発生しておらず、ラルガ教会も緊急事態ではあるが、直接の影響がなかったためか、緊急レベルはあまり高めに設定していなかった。
これが後に大惨事を生む結果となる。
――●○●○●○――
アルカディアル教会の図った計画は最終段階に突入した。
イルガリはサスデルセルでの暴動に満足し、不気味にも笑みを浮かべていた。
「サスデルセルに赴いている龍姫様をこちらへ戻せ。サスデルセルは所詮おとり。いよいよ本陣であるアルクエティアマインを叩く時が来た」
長年続いた苦痛の日々も、ついに解き放たれる時が来るのだ。
アルクエティアマインに本部を構えるラルガ教会は、大陸屈指の宗教法人だ。
膨大な信者の数は、そっくりそのまま規模や力の大きさとなる。
それに対し、アルカディアル教会は、ソククソマハーツ、並びにその周辺の都市程度にしか影響を持たぬ弱き宗教だ。
龍に対する考えを筆頭に、大きく価値観の異なる思想に対し、強い圧力を加えられたりしていたのだ。
「長年に渡り虐げられてきた我らがついに、ラルガを潰すのだ」
背後に立つ部下連中も、首を大きく縦に振り同意した。
ラルガ教会とアルカディアル教会の力関係を、一気に逆転する。
そんな奇跡的な一手を、ついに打ち込む時が来たわけだ。
否応にも興奮を覚えてしまう。
「『アテナ』の方の準備は抜かりないだろうな?」
「もちろんです。この時間ですと、すでにテメレイア氏が『アテナ』の発動準備に取り掛かっているはずです」
「彼しか『アテナ』をコントロールできません。したがって、万が一のため監視に数人を送り込んでおります」
「それで良い。万が一、それが一番困るからな。リューズレイドの方はどうなっている?」
「リューズレイド様は、すでにラングルポート入りしたと報告が入っております。おそらくはすでにガングートポートに侵入していることでしょう」
「順調だな。だが念には念を。ラングルポートにもいくつかデコイを入れておくべきだな」
「では近場の信者達に指示しましょう。リューズレイド様の手を煩わすわけにはいきません」
「そうしてやれ。リューズレイドの作戦は失敗が出来ない」
指示を受け、即行動に移る部下達。
そんな彼らを尻目に、イルガリは龍姫の部屋へと向かった。
「全く、龍というのはイマイチ要領を得ん。こんな部屋が気に入り、テメレイアのような軟弱な人間を求めるとはな」
ぬいぐるみばかり置かれた可愛らしい部屋など、いい加減反吐が出る。
龍とは本来、もっともっと過激で恐れられる存在。
「まあいい。テメレイアを出汁ににすれば、龍姫は簡単に操作できる。いざとなれば『魔王の足枷』もあることだしな」
アルカディアル教会にとって神たる龍を影から操り、信者を従わせて全てを手に入れる。
イルガリにとって龍と言う存在はただの道具でしかなかったのだ。
「アルクエティアマインは、必ず潰してやる。例の兵器を使ってな……!!」