リスク・マネージメント
「これが中枢になっている神器か」
「ええ、『蒸気心管』。名の通り、蒸気機関用の神器です。もっとも普通の蒸気機関よりも圧倒的に多くの蒸気を発してくれますが」
ウェイルは入水式へ向けての最終チェックを任されて、イザナと共に超弩級戦艦、『オライオン』へ乗船していた。
本来であれば進入禁止区域である動力機関室へ、特別に案内され、目の前に置かれた巨大神器の鑑定に勤しんでいた。
「蒸気機関型の神器はいくつか見たことはあるが、ここまでデカいのだとよく判らんな……」
ベルトからフロストグラスを取り出して、神器の内部をチェックしてみる。
「魔力回路の点検はしているか?」
「ええ、毎日欠かさず行っております」
「ならば問題ないだろうな。……正直な話、俺にもこのレベルの神器についてはさっぱりなところが多い。問題ないとは思うがな」
珍しく鑑定に自信のないウェイルである。
それもそのはず、そもそも神器自体が謎に包まれた芸術品であるからだ。
幅広く使われている神器なら多少なりとも知識はあるが、蒸気機関限定の神器などあまりお目にかかることはない。
(フレスがいれば楽なんだがな……)
そう考えた時、最近神器についてフレスに頼りきりな自分がいることに気が付いた。
(そりゃまずいよな。俺がしっかりしないと)
改めて自分の勉強不足を痛感してしまう。
「ウェイルさん、ありがとうございました。鑑定は以上で結構ですよ」
「もういいのか?」
「ええ。おそらく社長はウェイルさんにこれを自慢したかっただけだと思います。何せ毎日必ず三回ほど定期点検してるんですよ? 今更神器に問題など起きようもないです」
イザナも禁止区域では人の出入りが少ないためか、だいぶ砕けた口調になっていた。
これが普段の彼女の素なのだろう。
ユースベクスの態度を見ても、普段社長室では軽い口調での会話が交わされているに違いない。
「神器って判らないことが多すぎますからね。それでも便利だから使用するんです。もし故障しても事故が起こっても、それは利便性との引換のリスクだと我が社は考えているんです」
「立派な考えだと思う」
人は何事にも利便性を求める。
しかし、それはタダとはいかない。
必ずそれ相応のリスクがなければならない。
多くの人は、神器の利便性に危険があるということを忘れがちだ。
利便性ばかり追い求めて、リスクを考えない人間に大きな仕事は出来ない。
デイルーラが大きく成長した理由の一つは、しっかりとしたリスクマネージメントが出来ていることだとウェイルは実感する。
「さて、もうすぐプロ鑑定士試験も終わるころです。お弟子さんが気になるんじゃありませんか?」
「そうでもない。あいつなら合格するさ」
「お弟子さんのこと、信頼してるんですね」
「……まあな」
こっぱずかしい返答だが、事実である。
まさか偶然絵画から現れた龍の少女が、ここまで自分の中で大きな存在になっているとは、あの時想像もつかなかった。
「羨ましい関係です。ささ、戻ってみましょうよ! もうパパッと合格して本社でのんびりしているかも知れませんよ?」
「そうだな。帰ってユースベクスに紹介しないとな」
そんな平和な会話をしている最中であった。
『――特別緊急連絡、社員一同、全ての作業を停止して放送を聞きなさい』
突如オライオンに警報音と警戒音声が響き渡る。
そして聞こえてきたアナウンス。
『緊急事態です。宗教都市サスデルセルで、大規模な暴動が発生した模様です。デイルーラ社員は直ちに家族の身元確認を行った後、情報収集に努めてください』
「大規模な暴動!? まさか……ラルガ教会とアルカディアル教会か!?」
「どうでしょうか、まだ判りませんが……きゃあ!」
「うおお!?」
ふいに強い力に押され、二人は尻もちをついた。
原因は、何やら慌てた船員たちが、走る勢い余って二人にぶつかった事。
「イテテ……、イザナ、無事か?」
「あ、はい。大丈夫です」
ゆっくり立ち上がる二人に、ぶつかった船員が頭を下げてきた。
「す、すみません、急いでいたもので! お怪我はありませんか!?」
「いや、大丈夫だ。その急ぎ用、今のアナウンスか?」
「はい、それもあります」
「それも? まだあるのか?」
「イザナさんは御存じないですか?」
「ええ、知りませんけど」
「実はそれとは別にですね。ラングルポート内でも神器の暴走が発生しているようでして! ガングートポート内の至る所で発生しているようです。幸いオライオンには何一つ異常は見当たらないのですが、他の軍艦の確認がまだですので!」
「なるほど、判りました。急いで現場へ向かってください」
「はい、すみませんでした。失礼します」
船員の話した内容だと、ガングートポートでも今、なんらかの神器が暴走を始めたようだ。
丁度宗教暴動が始まった時と被る。
このことが、ウェイルの推理をより加速させる。
「やはりこの神器暴走と宗教暴動は、繋がりがあるようだな」
最近のラルガとアルカディアルの挙動、神器暴走の頻度、そしてテメレイアの置手紙。
世間をにぎわす二つの事件の関連を、如実に表しているようにしか感じられない。
「ウェイルさん、これ」
イザナが渡してきたのは一枚の電信の用紙。
ポケットをまさぐってみると、入れたはずの電信がなかった。
おそらく今ぶつかったことで、落としてしまったのだろう。
「すまないな」
紙を受け取る時、ちらりと内容が目に入った。
(――ん!?)
その瞬間、ウェイルの体は硬直した。
(差出人の名前が――――レイアだと……!?)
どうしてこの電信がレイアから来ているのか。
今の状況を考えると、この電信はただただ不気味でしかない。
さっと開いて中を読む。
そこには端的な文章が一つだけ書かれていただけだった。
『サスデルセル、ラングルポート、アルクエティアマインには近づくな』 ――テメレイア
「ラングルポートに近づくな!? 一体、どういう……!?」
ウェイルの驚きように、イザナも電信を借りて読んだ。
「……ウェイルさん、これって一体……?」
「判らない。だがこれは明らかな警告文だ」
それもウェイルのことを思ってのことだろう。
文面には、これから上記の都市で事件が起きると書いてあるようなものだ。
「サスデルセルにラングルポート、アルクエティアマイン。ラングルポート以外は全部宗教争いに関わっている都市ですよね」
「ああ。そしてサスデルセルは現時点で大暴動が起きているんだろう? ということは」
「次はラングルポートってことですか……!! もしや今の神器暴走って」
「可能性は大だろうな」
テメレイアの電信から見えてくる、事件の推移。
最初はサスデルセルで次はここラングルポート。
最後がアルクエティアマインということは、そこを今もっとも攻めたいと思っている連中が最も怪しい。
それはもうアルカディアル教会の連中しか考えられない。
「ともかく、一刻も早く本社へと戻りませんか!? 社長にも伝えないと」
「それがいいだろうな。だが俺はここに残るよ。ガングートポート内の神器は危険なものが多い。見張っておく係りがいるだろうからな」
「……はい。確かにその通りです。お願いできますか?」
「任されたよ。君は早くユースベクスに報告を」
テメレイアの電信を鵜呑みにするのであれば、次はここラングルポートが宗教暴動や神器暴走の標的となる。
だとすればもっとも事件が起きてはまずい場所はここガングートポートだ。
いち早くそう推理したウェイルは、イザナと別れて、オライオン内部の警備へと回った。
現在午後二時半。
それは辛くもフレス達がプロ鑑定士の資格を掛けた最後の試験の真っ最中に発生したのだった。