いじられ社長といじり秘書
ウェイルがシュラディンの報告を受けた次の日のこと。
早速鑑定の仕事とばかりにユースベクスに呼び出されていた。
しかし場所は例の倉庫ではなく、社長室だ。
「昨日は社長に付きあわせてしまい申し訳ありません」
「なに、何を鑑定するか先に見ておきたかったし別にいいさ」
「そう言ってもらえると幸いです。何せあのバカ社長、いつもお客様を連れまわして遊び惚けるものですから。本当にバカですよね」
「……おい、本人の目の前で陰口とはどういうことだ」
「あら、社長、いたんですか?」
「ここは社長室だろうよ……」
朝っぱらから漫才をかますユースベクスとイザナの二人。
イザナのパンチの利いた毒舌に、思わず吹き出してしまうこともしばしば。
「イザナ、さっさと飲み物を持ってきてくれ。お前と話していると喉が渇く」
「承知しました。トマトジュースでよろしいですね?」
「どうして俺の苦手なものを持ってこようとするんだ」
「俺の好物だからな」
「ウェイル、裏切る気か!? ならウェイル。貴様にはコーヒーを注いでやる。イザナ」
「実は社長。丁度コーヒー豆を切らしてまして」
「嘘を吐くな!? この前サクスィルから大量に仕入れただろ!?」
「あれは全て商品です。おいそれと手を付けるわけにはいきません」
「理不尽だぞ……」
「おいおい、ユースベクス。いいのか? 会社では口調を変えるんじゃないのか?」
「う、うむ。しかし余が苦手としているトマトジュースを、どうしてわざわざ持って参るのか」
「一人称がおかしいです、社長」
「……そろそろ勘弁してくれよ、イザナ……」
そんなやり取りを盛大に笑い、ユースベクスをからかって遊んだりしていたが、そろそろ遊んでもいられない。
「ウェイル、そろそろ仕事の話をするぞ」
「ようやくだな」
イザナが用があるとして退室し、部屋に二人となったところで、ユースベクスは口を切った。
「実はな。お前に依頼しようとしていた倉庫の品なんだが、急遽別の鑑定士に頼むことになった」
「……は!? どうしてだ!?」
「とある人物から頼まれてな」
「一体誰だよ」
「そろそろお見えになるころだ」
ユースベクスが時計を確認すると、エレベーターの動く音がした後、ノックが響く。
「社長、お客様が参られました」
「通してくれ」
扉が開き、入ってきたのは――。
「サグマール!? どうしてここに来てるんだ!?」
現れたのはなんとサグマール。
ウェイルが驚くのも無理はない。
何故なら、今は丁度プロ鑑定士試験の真っ最中であるのだから。
「試験はどうした!? もう終わったとか言わないよな!?」
「落ち着けウェイル。まだ試験も始まっておらん」
「まさか中止にでもなったのか……?」
最近の神器暴走や宗教争いなどの不安定な情勢に影響された。
そんな推理が頭によぎる。
だがその可能性はすぐに否定された。
「いやいや、そうじゃない。試験会場をラングルポートに移したのだ」
「何故だ? マリアステルで神器暴走でもあったか」
「それも違う。だが完全に関係がないわけではない。まあその話は後にしよう。今はユースベクス氏と話がしたい」
ささっとウェイルとの会話を打ち切ったサグマールは、すぐさまユースベクスに頭を下げた。
「この度はこちらの都合に付きあわせてしまい申し訳ない」
「なんの、困ったときはお互い様ですぞ。こちらとしても、無料で鑑定していただけるのですから大歓迎です」
「助かります。それではこれより倉庫をお借りいたします」
ユースベクスから直接倉庫の鍵を受け取ると、サグマールはすぐさまエレベーター前まで歩いていく。
「これから最終試験だ。弟子に声をかけることはまかりならんぞ。……おお、そうだ」
余計なお世話な一言を呟いた後、忘れるところだったと言わんばかりに、サグマールはウェイルのところへやってきて、一枚の紙を手渡した。
「電信?」
「ああそうだ。昨日プロ鑑定士協会にお前宛に届いたものだ。中身は誰も見ていないから安心しろ。じゃあな。弟子に声を掛けるなよ?」
それだけ言うと、そそくさとエレベーターに乗って降りて行った。
「サグマールの奴め。判ってるっての」
いくら弟子や妹弟子でも、優遇するようなことだけはしない。
そう文句垂れながら、もらった電信の紙を内ポケットにしまう。
「電信、見ないのか?」
「後で見せてもらうよ。大方仕事の依頼だろうからな」
ウェイルへの鑑定依頼は、大抵電信によって届く。
これもその中の一つなのだろうとウェイルは高をくくって、紙を内ポケットにしまった。
「それよりもユースベクス、お前、このことを知っていて俺に知らせなかったな? だからこそのあの時の気持ち悪い笑いか」
「このことはというと?」
「抜かせ、プロ鑑定士試験のことに決まってる」
「ナハハ、もちろん知っていたぞ。これでお前の弟子も堂々と拝むことが出来るな」
ユースベクスの奴は、どうも昨日の時点で全て知っていたようだ。
「どうして教えなかったんだよ……」
「まだあの時はここで最終試験をすることが確定ではなかったからな。確定になるまで情報は隠していたかった。理由は二つ。一つは、受験者に情報を与えたくなかったこと。二つ目は我が社の都合だ」
「そう言われると納得だ。都合の良い鑑定品を用意していたんだろう?」
「そうだ。ここまで残った受験者とはいえ所詮はアマチュア。我が社にとって本当に大切で重要な品を鑑定させるわけにはいかん。だからこちらでいくらか丁度良さそうな鑑定品を品定めしていたのだ。サグマール氏の方も、確実にここで出来るとは限らないから情報は漏らさぬようと念押ししてきてな」
「本当に急遽変更されたということか……」
とすればやはり何か事件があったか。
否応にもそう勘ぐりを入れてしまう。
「正式に試験会場がうちになったのは昨日の深夜だ。もっとも受験者はすでにラングルポートへと移動を始めていたようだがな」
これまでプロ鑑定士試験は様々な都市にて行われた。
しかし最終試験をマリアステル以外で行ったことなど、ほとんど聞いたことがない。
「まあウェイル、最近の情勢を鑑みれば心配な点があるのも分かる。だが今は目の前の仕事だ。お前には我が社の戦艦に搭載されている神器の点検を頼みたい。昨日も言ったが、明日はオライオンの入水式なのだ。栄えある式典に、不備があってはならないからな。しっかりと頼む」
「俺はそれほど神器に詳しいわけじゃないのだがな」
「素人よりは断然ましだ。この大陸で自信をもって神器に詳しいと言える人物などいないだろう」
ところがどっこい、我が弟子なら大抵のことは知っている。
なんて言ったところで本人がこの場にいないのだから意味はない。
「了解した。なら行こうか」
「いや、俺はこれから会議があってな。現地へはイザナが同行する」
「そうか。なら昨日より楽しい仕事になりそうだ」
「言ってろ。頼んだぞ」
会議の開始を告げるため、イザナが現れると、ユースベクスは服装を正して会議へと向かった。
残ったウェイルは、イザナと共に戦艦の停泊しているガングートポートへと向かったのだった。