龍姫ミルとテメレイア
「なぁ、レイア。わらわはいつになったら外で遊べるのじゃ?」
「僕とこうして話しているだけでは不満かい? ミル」
「レイアと話すのは嫌いじゃない。でも、もう飽いた」
「飽いたって、結構心にくるなぁ……」
豪華な装飾に、可愛らしいぬいぐるみで埋め尽くされた小さな部屋の中で、テメレイアはミルと呼んだ少女と共に時を過ごしていた。
「あのハゲ野郎、もうすぐ外に出られるっていうから、大嫌いな神器の為に我慢して待ってやっているというのに、一体いつまで掛ける気なのじゃ。うむ。もうあのハゲ殺す」
「こら、ミル。ハゲじゃなくてリューズレイドだろ? 君はそんな汚い言葉を使ったらダメ」
「ふん。わらわは良いのじゃ! 何せ一番偉い龍姫なのじゃからな!」
エヘンと胸を張る少女に、テメレイアは苦笑する。
「そうだね、とっても偉い子だ」
「そうじゃ、レイア! わらわは偉い! だから外に出せ!」
「今はダメ」
「どうしてじゃ!」
「君がとっても偉いからさ」
そう言ってテメレイアは窓から外を覗いてみる。
一目ミルの姿を見ようと、狂気に駆られた信者達がこの部屋に向かって跪いて祈っていた。
「今、外に出ると、あいつらにめちゃくちゃにされるからさ」
「むむ。わらわを見くびっておるな? わらわは偉いし無茶苦茶強い! あんな人間風情に負けはせん!」
「そうだね。君は負けないだろうね。でもさ、君の近くにいる僕はそうは行かない。君の近くにいるということで、僕はあの連中から嫉妬されているからね。君を外に出せば、僕はたちまち殺されてしまう」
テメレイアの存在は信者には知られてはいない。
しかしもしミルと共に外に出ようものなら、あの狂気に満ちた集団からどのような仕打ちを受けるか判らない。
それほどまでに、ミルという存在は異質なのだ。
実際レイアだけでなく、ミルさえ危ないという可能性も高い。
「レイア、殺されてしまうのか……?」
「そうだね。君が外に出たら確実に殺されてしまうよ」
「うむぅ、レイアが死ぬのは嫌だ」
「そうかい? なら僕の言うこと、聞いてくれないかな?」
「ううむ。仕方ない。他ならぬレイアの頼みだからな……。判った。もう少しあのハゲを待つ」
「ありがとう、ミル。君は本当に良い子だね。でも汚い言葉は使わないように」
テメレイアが微笑むと、ミルの顔を赤くなる。
「ほら、ナデナデ」
「こら! わらわを子供扱いするな! わらわはレイアの何倍も年上なのじゃぞ!」
「アハハ、そうだったね、ごめんごめん」
「判れば良いのじゃ、判れば」
ミルの頭に手を置いて撫でてやると、ミルは口では文句を言いながらも気持ちよさそうにしていた。
遊び疲れたミルは、すやすやと可愛い寝息を立てて昼寝をし始める。
レイアはミルをベッドに運び、毛布を掛けてやった。
――ドタドタドタ。
何やら廊下が騒がしい。
一応警戒していると、バタンと扉が開いた。
「テメレイア殿。アテナの最後のパーツが見つかりましたぞ」
入ってきたのは、眼鏡を掛けている頬こけた男。
名をイルガリと言う。あまり印象の良くない男だ。
後ろには彼の警護専用に部下が4人付いてきている。
「あのさ、イルガリ。もっと静かにしてくれないかな。龍姫様、お休みになられているんだけど」
「……これは失敬」
なんて口では言っているが、口調に謝意など感じられない。
「それで、僕に何の用かな」
「御冗談を。鑑定に決まっております。見つけ出したアテナのパーツが本物かどうか鑑定していただきたい」
「……判ったよ」
インペリアル手稿に示されていたとおりの場所から、アテナ最後のパーツが発見されたという。
テメレイアは一度ミルの寝顔を確認して、クスッと笑みを浮かべると、今度は打って変わって真剣な表情でイルガリを睨み付ける。
「それだけじゃないだろう?」
「もちろんです。貴方には鑑定の後、すぐさま例の作戦の指揮を取ってもらいます」
「気が進まないね」
「貴方の気分が問題ではないのでね。これは我が教団にとっても必要なこと」
「ふん。さっさと行こう。龍姫様が起きてしまう」
「……行くぞ」
このイルガリという男、やはり要注意人物だ。
アルカディアル教会の実質トップにして、目的の為ならば何でもしてしまう狂気を持ち合わせている男。
(ミルを拘束している神器も、こいつが持っているはず……!)
「何か?」
「いや、何もないさ」
視線を向けたのをあざとく悟ったのか。
何とも抜け目のない男だ。
テメレイアは深くコートを被り、もう一度ミルの方を一瞥した後、イルガリの後を付いて行く。
その後、テメレイアがこの部屋に戻ることは、もうなかったのだった。
――●○●○●○――
「にしてもあれだけの巨艦、よく作れたな……」
「総工費なんと2億ハクロアだからな。大陸中の技術の粋を集めた」
「金属加工はサバティエルの技師達の仕事か?」
「サバティエルの職人達の腕には舌を巻いたぞ。何せあれだけの巨艦をたったの2年足らずで作り上げてしまったのだからな。作りに荒いところもないし、完璧だ」
「俺は最初見た時、芸術品かと思ったくらいだぞ。セルクの作品以上に感激した」
「だろ? 俺は早くあれを海に浮かべてみたいぞ」
「入水式をするんだったな。ついでに俺も参加していたい」
「構わんさ。入水式は明後日の予定なんだ。ついでに見ていけ」
その夜、ウェイルとユースベクスはデイルーラ系列の酒場で杯を交わしていた。
当然、話題は先ほどの軍艦の話ばかり。
ウェイルも久々に興奮し、酒の量もいつもより多くなっていた。
「個室にしたのは正解だな。カウンターではこんな話は出来ないよな」
「我が社の機密事項であるからな。おいそれと公の場でこんなに話題には出来んさ。最も、ラングルポートの住人であるならばオライオンの存在くらいは噂程度には知っているだろう。あれだけ大規模な工事だったわけだからな」
ユースベクスの計らいで、宴会は個室を借り切ったのだ。
まず酒場に個室があることが驚きだが、ここはデイルーラの息のかかった酒場。
内密な取引や交渉などは、このような場所を使う事が多いのだろう。
「内蔵している神器なんて初めて見るものだった。あれで蒸気を起こすのか?」
「そうだ。あれほどの巨艦を動かす蒸気機関なんて、神器以外あり得ないだろう? まさか木炭を焚くわけにもいかんしな。帆船のように風が動力なんてもっての外だ」
「だな。だが本当に良かったのか? 機密を俺なんかに見せて」
巨艦『オライオン』はデイルーラのトップ機密のはず。
おいそれと部外者に見せて本当に良かったのだろうか。
「問題はない。むしろ必要だから見せたのだ」
「必要だから、とは?」
「あれの動力は今言った通り神器だ。神器ってのは知っての通り、神のみぞ知る技術の塊だ。我々素人の理解の範疇を超える。そんな代物が、故障や暴走してみろ。一体誰が直せるというのか」
神器とは本来人間の知をはるかに超えた代物。
そんなモノを、よく判らない状態で、手さぐり感覚で研究し、慎重に扱って、運用にこじつけている。
「神器の専門家たるプロ鑑定士しかいないだろう? それも神器に本当に詳しい鑑定士なんてあまりいない」
「俺だってあまり詳しい方じゃないぞ」
「いいんだよ。どうせなら信頼出来る鑑定士に頼みたかった」
そこまで言われると、ウェイルとて照れざるを得ない。
「本当にお前を0番ドッグに入れてはダメなら、イザナが止めに来てたはずだ」
「なるほど、納得だ」
脳裏によぎる、あの面白い秘書。
普段のユースベクスと彼女の状況が目に浮かぶ。
「どうせならフレスにも見せてやりたかったよ」
ふとプロ鑑定士試験真っ最中である弟子の事を思い浮かべる。
フレスならこの神器についても何か知っているかもしれない。
「フレス? ああ、そういえば弟子を採ったのだったな。シュラディン氏から聞いたが、大層優秀な弟子だそうな」
「色々と幼稚で破天荒なところはあるがな。俺にはもったいないほど出来た弟子だよ」
「今日はどうしたんだ? 連れてくれば良かったのに。お前の弟子ならオライオンを見せても問題ないのだが」
「今、プロ鑑定士試験を受験しているんだよ」
「……ああ、そういうことか」
それを聞いて、ユースベクスの顔がにやける。
「そりゃ楽しみが一つ増えた。どんな弟子が拝んでやる」
「だからプロ鑑定士試験中なんだって。今頃はマリアステルで色々とやってんだろ」
「ムフフ、そうか」
気持ち悪いほどの含み笑い。
何か裏はあるだろうが、別段驚く内容でもないだろう。
それからしばらく、フレスの話や、リベアの事件の詳細、デイルーラであった面白い話等、互いの経験談を語りあい、宴会は続いていった。
その宴会は、途中現れたとある参加者によって、暗い酒の席になってしまう事になる。