一抹の懸念
「まったく、そんな小さい事で悩んでいたなんて、プロ鑑定士試験に支障をきたすところだったよ」
「うん、ごめんね、ギル」
「大体、フレスが酷い事をする龍だったらウェイル兄が一緒に旅をするわけがないよ。ウェイル兄、人を見る目は確かだから」
「そうだね。ボク、ウェイルの一番弟子だもんね」
その後も、自分を信じられなかったのか、とか、悩みが小さすぎる、とか色々小言を言われたが、それら含めてフレスはとても嬉しかった。
「まあこれくらいでいいや。それで、フレスのモチベーションが低かった理由って、サグマールさんから聞いた『龍姫』って言葉に関係あるんだよね? フレス自身が龍なんだからさ」
「うん。実はねギル。この時代には今、ボクの知る限り3体の龍が復活してるんだ。でも、そのいずれもアルカディアル教会とは関係がないんだよ」
「アルカディアル教会はドラゴン信仰のある宗教。偶像崇拝として何かを龍姫と呼んでいる可能性もある。でも、フレスがいるんだから本当に新たな龍が復活している可能性もあるということだね?」
「そうなんだ。ボクはその龍が危険な存在なんじゃないかと危惧しているんだよ。ボク含め、龍と呼ばれるドラゴンは神獣の中でも究極の力を誇る『神龍』という種なんだ。そして神龍は全部で五体。つまりその龍姫っていうのが本当にドラゴンなら残りの二体のうちどちらかということになるんだけど、その片方が洒落にならないくらい怖いドラゴンなんだよ」
数千年前の記憶でも、強烈な印象を残しているその龍。
サラーやニーズヘッグとはまるで違う、粗暴で破天荒な龍がいる。
「酷い龍なの?」
「暴れん坊なんだ。ボクとしてはそんなに悪い奴じゃないと思うんだけど、人間に対しては特に容赦がない。凄い恨みを持ってるんだ」
その龍が現代に蘇り、アルカディアル教会にいるとすれば、これほど危ない事はない。
アルカディアル教会が、その龍の力で暴れまわるという可能性も否定はできないからだ。
「最近アルカディアル教会は色々と事件をやらかしているでしょ? ボク、サグマールさんの話を聞いてとても不安になったんだ。もしかしたらこのアレクアテナに、想像を絶する大事件が起きるんじゃないかって」
「……神器の暴走事件もあるからね……」
宗教争いと神器暴走事件が連続して起こっている。
何かの前兆と言えなくもない。
「師匠もアルカディアル教会の行動に何か怪しいと感じて色々と調べて回っているんだ。ラングルポートに向かう事にしたのも、調べて何か判ったからかも知れない」
「ラングルポートかぁ。何も起きなきゃいいけど……」
ラングルポートにはウェイルが向かっているはず。
「ボク達も急いでラングルポートへ行かないと。何かあってからじゃウェイルを守れない」
「試験は明日。それが終わったらすぐに、と言いたいけど、もし合格ならその後色々と手続きがあるからね。時間かかっちゃうよ」
「本当に何も起きなければいいんだけど……」
明日に迫ったプロ鑑定士試験。
大丈夫だとは思いつつも、心に小さく刺さる暗い不安。
「大丈夫だよ! それより最後の勉強しようよ! 今は目の前の試験が大事だって!」
「……そう、だね!」
フレスは顔を軽くたたいて気合いを入れる。
こんな気分で試験に臨んでも良い結果は出ないに決まってる。
「よし、ギル! リルさんのところ行こうよ!」
「あ、それいいね! リルさんも含め三人揃って合格したいね!」
その後フレスは懸念事項を忘れてしまおうとばかりに、勉強に没頭したのだった。
――●○●○●○――
フレスとギルパーニャ、そしてイルアリルマは次の日、ついに最終試験に臨むことになった。
最後まで残った他の受験者と共に、プロ鑑定士協会受付前へと集められる。
「いよいよですね」
「せっかくここまで来たんだもん。私、絶対合格するよ。ね、フレス」
「…………」
「フレス?」
「え? あ、うん。絶対合格しよう」
これまでの勉強の成果に十分な手応えを感じ自信を持つギルパーニャとイルアリルマに対し、フレスは一抹の懸念を持っていた。
(胸騒ぎがするよ……)
それは合格への期待や緊張といった類ではない。
(ウェイル、大丈夫かな……)
フレスはどこまでも不安に駆りたてられていた。
ついに最終試験が幕を開ける。
試験の内容が受験者達に発表された。
壇上に立つサグマールが、高らかに宣言した。
「最終試験は、貿易都市『ラングルポート』にて行う! 受験者諸君は明日までにラングルポートへ移動するように」