打ち明ける時
明日に迫ったプロ鑑定士試験だが、どうもフレスに勢いがない。
そう感じたギルパーニャは、フレスに疑問をぶつけることにした。
「ねぇ、フレス。どうしちゃったの? 試験前で緊張?」
「ううん、そういうわけじゃないんだけど……」
フレスは葛藤の最中にいた。
ギルパーニャとは知り合って結構経つ。
もしかしたら彼女にだけは自分の正体を話しても良いのではないだろうか、と。
その反面、それは止めようと必死にもがき堪える自分もいた。
ウェイルに正体を隠せと言われたということもある。
でも、理由はそれだけではなかった。
フレスは薄々感じていたのだ。
ドラゴンという存在が、世間でどう思われているかを。
昨日のサグマールとの会話の中で、アルカディアル教会はドラゴンを奉っているという話があった。
フレスはそこでほとんど気が付いたのだ。
アルカディアル教会は嫌われている。それは龍を信仰しているからに他ならないと。
事実、その件で他宗教と揉め事を起こしている。
サグマールはラルガ教会が龍を嫌っているという直接的な表現は避けた。
しかし、それも敢えての言わなかったのだろう。フレスはそう確信していた。
思えばこれまで元の姿に戻った時の相手の反応。
これはまさに畏怖や恐怖といった類のものだ。
当然巨大な力が目の前にあるのだから恐怖はするだろう。
しかし、そういった脅された時の恐怖とはまた別の恐怖を相手から感じ取れたのだ。
ウェイルが頑なに正体を明かすなと言った理由とも関連付けられる。
(ウェイル……、優しいんだね……)
我が師匠は弟子を傷つけなくなかった。
フレスは気が付いたのだ。
龍と言う存在は、現代では嫌われているということを。
思い返せば、思い当たる節はいくつもある。
龍について調べようとしたとき、ウェイルが止めた理由も、まさにそういうこと。
フレスのことを想ったウェイルなりの配慮だったのだ。
だからこそギルパーニャに正体を明かすのは酷く躊躇われた。
何故なら、ギルパーニャは元ラルガ教会の信者だからだ。
ラルガ教会はドラゴンという存在を神の天敵と定め、異常なまでに敵視しているそうだ。
もっとも、信者だったのは彼女の両親のことであって、彼女まで信者だったかどうかは判らない。
彼女の両親はラルガ教会の絡んだ宗教戦争にて亡くなっているわけだし、ギルパーニャ本人はラルガ教会に恨みすら持っているかも知れない。
だからフレスは臆病にも予防線を張る。
「ギルはラルガ教会のこと、どう思ってるの……?」
フレスからの質問にギルパーニャが目を丸くする。
「ん? ラルガ教会? どうして?」
まさか突然そんなことを訊かれるとは想定外。そんな顔だった。
「お願い、答えて」
「フレス……?」
質問をするフレスの表情は酷く真剣なもので、ギルパーニャもそれを見てじっくり考え込み始めた。
「う~ん、やっぱり判んないや」
結論が出たのはその二分後。
解答の内容は、そんなものだった。
「判んないの?」
「うん。判んない」
「どうして!? ギルって、ラルガ教会の信者だったんでしょ!?」
「両親はそうだったよ。そのせいで死んじゃったし。でも私は別にラルガ教会になんか興味ないんだよ」
「え……?」
今度はフレスが想定外のことで驚く番だった。
「別に何もないの……?」
「うん。だって幼い時だよ? ウェイルと出会う前なんだ。記憶だってあまり残ってないよ。残したい記憶でもないからね」
「そうなんだ……」
それを聞いたフレスは大きな安堵感を覚える。
彼女は、おそらく正体を明かしても拒絶しない。
そう信じることにした。
フレスは決心し、ギルパーニャの名を呼ぶと、意を決して全てを打ち明ける事にしたのだった。
「ボク、人間じゃないんだ」
そう切り出して、フレスは続ける。
「人間じゃなくてね、ボク、龍なんだよ」
「……うん」
突然の告白にギルパーニャは面喰っていたが、神妙な面持ちのフレスを見て、それが真実だと悟った。
「フレス、異常なまでに強かったもんね」
思い起こせば、フレスは人間としては不自然な点が多々あった。
リグラスラムで暴漢に襲われた時も、簡単に蹴散らしたし、プロ鑑定士試験の時もそうだ。
およそ自分とは同年代に感じられないほど、彼女は卓越した能力を持っていた。
「ごめんね……」
フレスが頭を下げる。
「どうして謝るの?」
「だって、ボク、親友にも正体を隠していたんだよ!? それに龍って、とっても嫌われている存在なんでしょ!?」
「……そういうことか」
フレスがラルガ教会の事をについて訊いてきたのはそういう意味だったのか。
頭を下げ続けるフレスに、ギルパーニャはどうしていいか判らず、しばらく沈黙が続いた。
沈黙を破ったのは、やはりギルパーニャだった。
「気にしないよ。私、フレスが好きだもん」
「ギル……?」
フレスが顔を上げた先にあったのは、ギルパーニャの笑顔だった。
「ボクのこと、怖くないの!? 嫌悪の対象なんでしょ!?」
「そういう人もいるね。でもそれがフレスを嫌いになる理由にはなりえないよ」
「でもボク、昔は人間に酷い事してるよ!? 人を殺したことだってある!」
「昔は昔。今は違うんでしょ?」
「でも、でも……」
「はい。もう「でも」禁止。あのね、フレス。関係ないじゃない。人間とかドラゴンとかそんなのさ。大切なのは、フレスが私の事どう思ってるかだよ?」
「ギルのこと……?」
「そうだよ。私はフレスの事親友だと思ってる。親友のことが怖いとか嫌悪の対象だとかありえないよ」
「ギル……!!」
「フレスは私の事、どう思ってる?」
卑怯だ。
あまりにも卑怯だ。
ギルパーニャは卑怯すぎるほど優しい。
それはまるでウェイルの様。
流石は兄妹弟子だと心の底から感じたところだ。
「親友だと思ってる。ギルのこと、大好きだよ」
「うん。なら別にいいじゃない」
龍やドラゴンといった存在は確かに忌み嫌われている。
でもそうじゃない人間が、フレスの周りにはたくさんいる。
そのことが溜まらなく嬉しく、幸せだと感じた。
「ギル!」
「ちょっとフレス! 一気に元気になりすぎだよ!」
「だって! だって!」
心地の良い嬉し涙を拭うかのように、フレスはギルパーニャに抱きついた。
ギルパーニャは困った顔をしながらも、それでも嬉しそうだった。