アルカディアル教会と龍姫
「神器が暴走して実際に被害を受けているのは、私達が見て回っただけでも四都市。シアトレル、ハンダウクルクス、ソクソマハーツ、そしてサスデルセル」
「いずれもプロ鑑定士協会に報告の入っている都市だな」
「これら四都市に共通することは、神器暴走と宗教争いが同時期に起こっているということなんだ」
ギルパーニャが実際にその目で見たのは、ラルガ教会信者とアルカディアル教会信者との小競り合いだったという。
「ラルガ教会信者もアルカディアル教会信者も、どっちも熱狂的な人が多いよね。私の両親もそうだったし。だから喧嘩が後を絶たないみたい。私は実際にサスデルセルで師匠と一緒に小さな喧嘩を仲裁しに行ったんだ」
「それ自体は比較的よくある話ではある」
ラルガ教会とアルカディアル教会。
この二つの宗教は、ある一点を除いては正反対と言ってもいいほど考え方がずれている。
大きく違う点、それは召喚術の使用。
ラルガ教会は、生命は皆、神の作りし芸術だと主張し、それを侵害する行為に値する召喚術を禁忌としている。全生命体の自由平等を謳っているほどだ。
それに対しアルカディアル教会は召喚術を推奨している。
事実、アルカディアル教会は召喚術により召喚した神獣や魔獣を使役して、各地に布教活動を行っている。
人智の超えた力を制御し、よりよい生活をしようというのがモットーなのだ。
そんな相対する両者だが、共通しているのが一つある。
それが狂気的な信仰心だ。
他宗教を完全に排他するやり方に、どちらも他宗教から疎まれていた。
それが顕著に見えたのがサスデルセルでの事件。
ウェイルが暴いた悪魔の噂事件後、サスデルセルはラルガ教会を排除した。
都市を混乱させた責任を取らせる、というのが建前だが、本当のところはそうでない。
他宗教から見ればラルガ教会はただ単に邪魔だっただけだ。元々どうにかして追い出そうと策を練っていたらしい。
アルカディアル教会に至っては教会の一つも置かせてはもらえなかった。
信者が暴徒となる可能性が極めて高いのがアルカディアル教会だ。
それに召喚術を推奨している以上、なまじ半端に武力がある。
他宗教からすればそんな厄介者を都市に入れるわけにはいかなかった。
ラルガ教会とアルカディアル教会は、結局嫌われ者に違いなかったのだ。
我の強いせいで嫌われている者同士なのだ。衝突するのは必然だったのかも知れない。
「小さな小競り合いならここマリアステルでもないことはない」
「でも、ここ最近顕著でしょ?」
「……うむ。発生回数は間違いなく増えている」
「話には続きがあってね。私と師匠が喧嘩を仲裁しているとき、ラルガ教会信者の背後から突如爆音が轟いたんだ」
「火薬まで持ちだしのか?」
「ううん。それはないよ。だってその爆音は、その後都市中から轟いたんだから」
「サスデルセルで起きた神器暴動事件か」
「そうだよ。何でも突如ラルガポットから猛烈な熱が発生して、火事が起きたんだって。それを皮切りに様々な神器がおかしな挙動を見せ始めたんだって」
「それも報告に合った通りか。しかしシュラディン殿はワシがその程度の情報を掴んでいることを知っているはず。ギルパーニャ、そこで何か異変を感じたのか?」
「異変って言うほどじゃない。でも、私は確かに聞いた言葉がある。この言葉の意味を、サグマールさんに推理して欲しい」
ギルパーニャは視線を上げ、小さく呟いた。
「『順調だ』って」
「順調……? それはどちらが言っていた?」
「アルカディアル教会の信者だよ。それともう一つ、『全ては龍姫様のために』って。私には意味がよく判らなかったけど……」
「龍姫、か」
サグマールはチラリとフレスを見た。
対するフレスは「判らない」とばかりに首を小刻みに横に振ったものの、動揺は隠しきれない。
(龍姫……!? それってボク達ドラゴンのこと!?)
フレスが知っている現代に蘇ったドラゴンは、サラー、ニーズヘッグ、そしてフレス自身だ。
他にもドラゴンが蘇っているとすれば、それが龍姫である可能性は高い。
「アルカディアル教会はドラゴンを神と祀っているんだったな。もしかしたらそのことかも知れない。偶像崇拝と言う奴だ」
アルカディアル教会が他宗教から嫌われる理由の一つに『ドラゴン崇拝』というものがある。
簡単に言えばアルカディアル教会の中では龍、ドラゴンといった存在は神なのだ。
他の宗教は天敵だと教えている龍自体を奉っている。
いざこざが多いのも無理はない。
「ギルパーニャよ。その言葉はサスデルセル以外では聞いたのか?」
「ううん、聞いていないよ。でも、どうしてかな。神器が暴走して都市が混乱しているとき、アルカディアル教会の信者だけやけに落ち着いてみえたんだ」
「なるほど、つまりシュラディン殿やギルパーニャは、神器暴走はアルカディアル教会が故意に起こしているものだと、そう考えているわけか」
「そこまで断定は出来ないよ。元々私がちょこっと小耳に挟んだ言葉だけからの推理なんだから。でも師匠はやけに深く考えてくれてさ。今回師匠がラングルポートに向かったのも、アルカディアル教会の動向を探るためなんだ。全ては単なる予測だから治安局に動いてもらうわけにもいかないから自分で行動するんだって」
「そういうアクティブな面は流石はウェイルの師匠だと言ったところだな」
サグマールは秘書と共に情報を整理して記録をまとめた。
「お前達の報告はしっかりと有効利用させてもらう。どちらも興味深い話ばかりで助かった」
ぱたんと記録帳を閉じて立ち上がるサグマール。
報告会はこれで終わりだといわんばかりの態度だ。
「ご苦労だった、二人とも。参考にさせてもらう」
「はい。では私達はこれで。いこ、フレス」
「う、うん……」
龍姫という単語にまだ動揺していたフレスを、ギルパーニャが立たせてやる。
「ありがとうございました、サグマールさん」
「こちらこそ。すまないな、これからプロ鑑定士試験のことについての会議があるんだ。急かせたようで済まない」
「いいんです。私達、絶対合格しますからね! ね、フレス!」
「…………」
しかしフレスからは返事がない。
「……フレス?」
「え? え、あ、うん……」
「大丈夫? なんだか上の空だね」
いつもと違うフレスの様子に、珍しいとギルパーニャは言う。
「いくよ、フレス。サグマールさん、忙しいみたいだから」
「……うん」
ギルパーニャに手を引かれ出ていくフレスの姿に、サグマールも少しばかり心配になる。
「アルカディアル教会と龍姫、か。こりゃ何かあるな……」
「サグマール様。ナムル様が緊急に伝えたいことがあると」
「こりゃまた凄いタイミングだな。いつもながらに悪い予感しかしないぞ……」
サグマールの予測は、悪いことにいつも的中してしまう。
その後、サグマールはナムルの元へと訪れた。
ナムルからもたらされた情報。
それは、これから起こる大陸全土を巻き込んだ大事件、そのキーとなる情報だった。
部屋に戻ったサグマールは早急にことの対策を急ぐため、秘書とこれからの試験内容について方針の転換を検討することに。
「こりゃおちおちプロ鑑定士試験をマリアステルでやっている余裕はないな。下手をすれば多くの死人が出る」
「いかがでしょう、受験者達の力を借りるというのは。彼らの本来の実力を試せますし、デイル―ラ社からの依頼もございます」
「一石二鳥ってか。そうだな。受験者達には悪いが……いや、このくらい出来なくてはとてもプロとしてやっていけん。プロには知識の他に知恵と、そして身を守れる武力が必要だ。試験としては丁度良い良いかもしれん」
「では早速手配しておきましょう。ユースベクス氏に電信を打っておきますので」
「頼む」
プロ鑑定士試験最終試験の受験会場が決まった瞬間だった。