テメレイアの素性は?
ギルパーニャに聞かせても良いか迷ったものの、フレスはサグマールにシルヴァンでの出来事を包み隠さず伝えた。
話を聞いていたギルパーニャの驚く表情が印象的だったが、彼女のことだ、他言することはないだろう。
「サグマールさん。ボク、テメレイアって人のことがよく判らないよ」
図書館都市シルヴァンで出会った、ウェイルの親友であるテメレイア。
テメレイアはあまりに異質でミステリアスだった。
丁寧口調で、穏やかであるものの、その裏では色々と手を回しているほどの狡猾さがある。
知識も抜群、機転も効く。天才とはまさにテメレイアのことを差す言葉だ。
反面、ウェイルに対しての彼女は、あまりにも不器用で、幼い少女の様に拙い節がある。
純粋と言えば聞こえはいいが、言い換えればただのヘたれに見えなくもないし、プロ鑑定士試験のことを聞いた上で彼女を見れば、好きな子をいじめたがるいじめっ子のような印象も受ける。
「そうさなぁ。テメレイア氏のことはワシにもよく判らんのだよ」
「サグマールさんって、レイアさんの上司なんだよね? なのに判らないの?」
「フレスちゃん。プロ鑑定士ってのは基本的に上下関係というものは存在しないんだ。傍から見ればワシはウェイルの上司に見えるだろうが、ワシはただウェイルを含め他の鑑定士達が持ちよる情報の情報を纏めて、物事を判断する材料を鑑定士達に渡すだけの役職なんだ。だからと言うわけではないが、当然ながらワシの元へ情報を持ってこない鑑定士のことについては疎い」
「そうなんだ……」
サグマールでもテメレイアのことはあまり知らないという。
考えてもみればテメレイアは女であることを秘密として、基本的には男として行動している。
これは何も彼女の周りの人間にだけではなく、プロ鑑定士協会という大組織についても隠している事なのかも知れない。
プロ鑑定士になるときに、個人情報は登録されるが、性別については比較的あやふやなところがあるのだろうか。
神獣の中には性別がない種族もいるし、有り得ない話ではない。
フレスとて本人は女だと自覚しているものの、それは龍としてであって、人間の基準としてはどうなるのか判らない所もある。
「ナムル殿に訊けば何か知っているかもな。ナムル殿はテメレイア氏のプロ鑑定士試験を担当していたしな。今度尋ねてみれば良い」
「ナムルさん?」
なんだか聞き覚えがあるような、無いような。
「プロ鑑定士試験の第一試験の時にお前さんの壺を鑑定した人がいるだろう? そのお方のことだ」
「あ! あのおじいさんだ! 思い出したよ」
「ナムル殿はテメレイア氏やウェイルがプロ鑑定士試験を受験した時の試験管だった人だ。彼らの合格後も、積極的に面倒を見ていたのもナムル殿だからな」
「ウェイルもお世話になった人なんだ」
「ナムル殿はプロ鑑定士協会の御意見番と言った方でな。テメレイア氏もナムル殿を訪ねてくる事が多々あるとか。話を聞きに行けば何か判るかも知れん」
「うん。試験が終わったら訪ねてみるよ!」
それから話はインペリアル手稿について移っていく。
インペリアル手稿はプロ鑑定士協会の中でも、特に解読の難しい書物として有名だった。
最近一部だけ解読の手掛かりが出来たと話題にもなっていたほどで、解読の糸口を発見したのもテメレイアの功績だという。
「しかしインペリアル手稿の解読に成功していたとはな……。テメレイア氏の実力はプロ鑑定士協会の歴史上でも最高クラスだな……」
「そんなに凄いことなの?」
「解読は何もここ数年でのチャレンジではない。何十年も、それこそプロ鑑定士協会設立当時からの解読作業だ。それでも解読の糸口どころか、暗号のルールすらも発見できなかった」
「それをレイアさんは解読したと……」
「凄まじいことだ。本来ならば協会から勲章すら出るほどの功績だ。正式にプロ鑑定士協会へ報告があれば、だがな」
「やっぱり報告してないんだね……」
「話を聞くところだと、ウェイルも解き方を知っているんだな? 解読作業は進んでいるのか?」
「うん。シルヴァニア・ライブラリーで解読してると思う」
「その後はどうするのだ?」
「ボクの試験の後、ラングルポートで合流することになっているんだ。なんでも鑑定依頼があるとかで」
「あいつも忙しい奴だからな」
シルヴァンで分かれ、別行動することにした二人は、試験終了後ラングルポートで再会することにしている。
ただし、再会場所や日時ついて詳しいことを決めてはいない。試験の日程が不安定であるからだ。
どうしても再会出来ない場合はラングルポートの治安局かデイルーラ社を訪ねることにしている。
「実は私達もラングルポートに行く予定があるんだ!」
口を挟んできたのはギルパーニャ。
「ギルも?」
「師匠がこの前の株主総会の時の御礼をしに行くって言ってた。ラングルポートはデイルーラ社の本社がある都市だから」
「ヤンクさんの会社があるんだよね。ウェイルもデイルーラに用があるって言ってたよ。シュラディンさんもデイルーラ社に行ってるんだ」
「うん。デイルーラ社には御礼の他にも用があるんだって。なんでも最新式の軍艦の入水式があるとかで」
デイルーラ社は貿易企業である故、他大陸との交流も盛んだ。
しかし、他大陸の使者は常に友好的とは限らない。
強大な武力を背景に、取引を進めてくる輩だっている。
そんな時にデイルーラ社が自衛のために行っているのが軍事産業だ。
元々アレクアテナ大陸には神器の他にも、剣やナイフを製造する優秀な鍛冶師が多い。
そういう武器を作る職人の組合とも強い結びつきを持っていて、武器職人から武器を仕入れ、大陸中に販売しているのである。
争いの種になると批判されることもあるが、結局批判より需要の方が高いため、これまで問題なく商売を続けることが出来ている。
デイルーラ社で最も強い武力を持っているのがこの軍艦だ。
「デイルーラは治安局とも繋がりがあるんだ。治安局の持っている巡視艇や軍艦も全部デイルーラ社製なんだよ」
「よくわかんないけど、うん、判った」
「それ判ってないよね……」
フレスは過去の知識しか持っていない。軍艦など言われてもピンとくるわけがない。
「よし、ウェイルのことは承知した。では次だ。シュラディン氏はどのような要件かね?」
フレスの報告も終わり、話題の語り手はギルパーニャへと移る。
「うん。最近頻発している『神器暴動』と『宗教争い』について、なんだ」
ギルパーニャが口にしたその話題に、サグマールの目は途端に鋭くなった。
「シュラディン殿は何か掴んだのか?」
「どうだろう。ただ私は師匠と共に被害の大きかった都市に偶然赴いていた。そのことを聞いて欲しいんだ。師匠はサグマールさんなら話の内容から何か繋がりを見つけることが出来るかも知れないと言っていた」
サグマールは視線で秘書に合図を出して、メモの準備をさせた。
フレスはすでに用事を失っていたが、ここで一人出ていくのも気まずい。
というよりも内容に興味があった。
神器と聞いて放っておけるわけがなかったのだ。
「よし、話してくれ」
「うん」
それからギルパーニャは、各地で起きている不審な出来事について語り出した。