思惑
「発掘作業は順調かい?」
滴落ちる暗い地下道の中。
手に入れたばかりの書物を手に、テメレイアはとある作業現場へと姿を現した。
そこでは多くの人間が発掘作業を行っていた。
神器を使い轟音を立てながら、容赦なく岩を切り崩している。
そこで作業の陣頭指揮にあたっていた男に声を掛けた。
「おお、テメレイア様。それはもちろんでございます。しかしまさか本当にハンダウクルクスの地下にこれがあるなんて、正直驚きましたぞ」
「ハンダウクルクスの地下に広がる迷路のような通路は、実はこの神器を管理するために掘られたものなのさ。正しい道筋を辿らなければ、ここまで来ることは出来ないのだけどね」
テメレイアが見上げた先にあったのは、巨大な彫像である。
その姿はまるで女神の様。
長年地下に埋もれていたにも関わらず、傷ついたり朽ちた様子は一切なく、禍々しくも神々しい輝きを放っていた。
「これが三種の神器の一つ『アテナ』の一部なんだね?」
「その通りでございます。しかし今ここに伝説の神器の一部が蘇ろうとは。これはさぞかしラルガの連中も驚くことでしょうな。龍姫様も『アテナ』の発見に歓喜しておられたことですし」
「……龍姫様、ね」
その言葉に、思わず唇を噛みしめるテメレイア。
無論、その様子は表には出せない。
今はまだ、彼女を助ける時ではないから。
「リューズレイド、引き続き発掘作業を任せるよ。僕は他のパーツを探すから」
「どこにあるかご存じで?」
「無論さ。しっかりと暗記してきたよ」
人差し指でポンポンと頭を差す。
内容は全て完璧に暗記してある。
「もう場所は突き止めて発掘作業を命じてある。全て揃うのは時間の問題さ」
「流石です。ではパーツ集めの方、よろしくお願いします」
深々と頭を垂れるリューズレイドを背に、テメレイアは軽く手を挙げて答え、そのまま姿を消した。
――●○●○●○――
「ごほ、ごほ……」
ここは医療都市ソクソマハーツ。
医療の最先端をいくこの都市に今、謎の病が蔓延していた。
都市中から咳をする音が響き、各地にある診療所も、どこも人で溢れる事態に。
原因は不明であるが、人々は口を揃えてこう噂した。
『新しい金脈から鉱毒が出て、それが原因だ』と。
溢れかえる患者のため、診療所も許容量の限界を超え、人々は満足に治療を受けられない状態に。
性質が悪いのはその病、死に至るほどの病ではないという点。
苦しいことは苦しいのだが、咳が多く出て、症状の重い者は熱が出る程度で、未だ死人は誰一人として出ていない。
そのせいとでもいうのか。
なまじ中途半端に体が悪いだけに、溜まっていくのは極度のストレス。
そのストレスによる苛立ちの矛先は全て、噂内にある元凶、つまり金脈の鉱毒を産出した、ソクソマハーツの隣にある都市、鉱山都市アルクエティアマインへと向かうのに、あまり時間は掛からなかった。
元々この両都市は、ラルガ教会とアルカディアル教会という、思想が相反していたため、仲は芳しくなかった。
方や金の算出で都市が潤い、方や病に侵され苦しんでいたこの状況に、住民の怒りは限界まで達しつつあった。
そんな時、ソクソマハーツの住民に光をもたらしたのは、やはりというべきかアルカディアル教会であった。
教会の者は、とある幼女を神として祭り上げ、人々の前に立たせたのである。
そしてその少女は奇跡を起こした。
人にはない、大きな翼を背中に生やすと、緑色の光で人々を包んだ。
光を見た人は口々に言った。
――『体が洗われるようだ』と。
それはただの感想なんかではなかった。
彼女が人々の前で翼を披露した次の日から、診療所から患者の姿は一切いなくなった。
病が完治したのである。
アルカディアル教は、これを龍姫の奇跡と称し、彼女を神の座へと祭り立てあげた。
それからである。
アルカディアル教の信者は猛烈な勢いで数を増やし、誰も彼も熱心に信仰を始めた。
全ては龍姫の奇跡を目の当たりにして。
病から救ってくれた龍姫に感謝して。
人々は口々に祈った。
そして求めた。
彼女がもう一度姿を見せてくれることを。
「龍姫様~! 是非お姿を~!!」
「我々は龍姫様にお礼がしたいのです~!!」
人々は口々に声を上げた。
龍姫の為なら――なんだってすると。
――●○●○●○――
芸術大陸――『アレクアテナ』。
そこに住まう人々は、芸術や美術を嗜好品として楽しみ、豊かな文化を築いてきた。
そしてそれら芸術品を鑑定する専門家をプロ鑑定士という。
彼らの付ける鑑定結果は市場を形成、流通させるのに非常に重要な役割を果たしている。
アレクアテナにおいてプロ鑑定士とは必要不可欠な存在なのである。
そのプロ鑑定士の一人、ウェイル・フェルタリアは、相棒である龍の少女フレスと共に、大陸中を旅していた。
図書館都市シルヴァンにて再開した、ウェイルの親友テメレイア。
テメレイアからの手紙には、これから始まる事件の予兆を知らせる内容が書かれていた。
立て続けに発生する宗教争いに、神器暴走事件。
それら連続する大事件の影は、確実にウェイル達に迫っていたのだった。