回り始めた歯車
図書館都市シルヴァンに来て、ウェイルが得た情報は多い。
カラーコインの謎も解決に向かいそうだし、何より新たな事件の火種をテメレイアが教えてくれた。
現段階でテメレイアは敵か味方かわからない。
もし敵になればテメレイア以上に怖い相手などいないと熟知している。できれば戦いたくはない。それは文面を見るにテメレイアも同意見のようだ。
気になることは多々ある。
宗教闘争の件もそうだし、神器暴動の事件だって連日後を絶たない。
アレクアテナ大陸にはびこる不安な空気を否応でも感じざるを得なかった。
ウェイルが次に向かうのは貿易都市ラングルポート。
そこから始まるアレクアテナ大陸最大の事件に、ウェイル達はすでに片足を突っ込んでいたのだった。
「ウェイル、期待しててね」
それだけ言い残して、フレスはマリアステルへと向かった。
ウェイルに頼まれた案件と、試験の続きのため。
フレスとしても、テメレイアの一件は、なんとなくだが不穏な空気を感じていた。
テメレイアの手紙から出てきた三種の神器という言葉。
そのうちの一つをフレスは熟知している。
(もしあれが動き出したら、アレクアテナは大変なことになっちゃうよ)
できれば杞憂であってほしい。
三種の神器なんて嘘っぱち。
そう笑い飛ばせる未来を願わざるを得なかった。
フレスはパンと顔を叩いて気合を入れる。
事件が起こるにせよなんにせよ、今はウェイルの頼みと試験に集中しよう。
「待っててね、ウェイル!」
一刻も早くプロになり、ウェイルの助けになろうと誓ったフレスであった。
事件の二日後。
意外にあっさりと厳戒令は解除された。
図書館側の公式発表に、当初ウェイルは耳を疑った。
全ては勘違いであったと、そう報じられたのだ。
無論そんなわけはない。
実際にテメレイアが本を盗み出すところを見ているわけだから。
(どこから、どれだけ強い圧力が掛かったのだろうか)
なんらかの力が発動したと考えるのが妥当だ。
テメレイアは一体どれほどの力を操れるのか、考えてみると恐怖に思えることもある。
そうかと思えば、テメレイアの名が悪い噂となって流れることがなかったことに、何故か安堵している自分もいた。
(あいつは何も変わっていなかった)
たった三日の間だったが、テメレイアは何一つ変わってはいなかった。
過剰に親切で、変に厳しく、時に狂っている。
自分のよく知る人物が、悪しき陰謀に加担しているとは、とても思えない。
「…………!? これは!?」
そんなことを考えながら解読を進めていると、ついにウェイルにも解読を終える時が来た。
「インペリアル手稿、なんてとんでもない……!?」
解読と同時に理解した。
なるほど、テメレイアはこれを伝えたかったのかと。
「やっぱりあいつは変わってない」
そう確信して本を閉じ、ウェイルは閲覧室を出た。
すぐに荷物をまとめると、ウェイルは駅へとやってくる。
今回は賑やかな旅路ではなく、久しぶりの一人旅。
「ここでは色々とありすぎた。しばらく来たくはないな」
そう苦笑し、様々な感慨に耽りながらシルヴァンを後にする。
ウェイルは仕事の依頼のあった都市ラングルポートへと向かったのだった。
――●○●○●○――
「龍姫様~!!」
「是非お姿を~!!」
祈りながら懇願する声が響いているのは医療都市ソクソマハーツ。
良質な薬草を生産し、様々な薬を売ることによって利益を得ている都市だ。
そんなこの都市を統べているのは、一風変わった価値観を持つアルカディアル教会だ。
声を荒げて懇願する者達は皆、アルカディアル教の信者であった。
「龍姫様、聞こえますか? 貴方をしたって信者が集まっているのですよ?」
頬こけた薄暗い印象を持つ男が、一人の幼女に声を掛けた。
「ふん、あんな奴ら、うるさいだけじゃ。それよりレイアはどうした? はよ会いたい」
「テメレイア氏は今、大切な任務の途中でしてね」
「レイアがそんなことせずとも良いのに……」
「それよりどうです? 少しは慕う者に顔を見せてやれば」
「嫌じゃ」
「貴方の為なら、彼らは何だってしますよ?」
「興味ないのじゃ。それよりもお前達も下がれ。わらわはレイアが帰ってくるまで寝る」
「……判りました。それでは、また」
「お前は来ないでよいぞ」
部屋を出た男は、ふぅ、と嘆息すると、周りにいた部下達に小さく呟いた。
「これは大事な武器だからな。当面は機嫌を損なわないように。こいつさえいれば、信者たちは容易く操れる」
「了解しております」
ソクソマハーツのアルカディアル教会本部から、大事件の幕は開ける。
人間が便利だと頼りすぎた神器が今、まさに凶器となろうとしていた。
――●○●○●○――
「な、何故だ……!? どうして今になって……!?」
「たまたまだよ。たまたま、タイミングが良かっただけさ」
全身血だらけになった老人を、仮面をつけた男が嘲笑う。
「……我々の組織は完全だったはずだ……!! 目的だって、後一歩で叶えられるところまで来ていたのに……!!」
「うん。そうだね。我々は完全だったさ。様々な方面においてね。でもさ、それっておかしくはないかな?」
「何がだ……!?」
「だってさ、僕らは『不完全』なんだからさ。もっと曖昧で、揺らぎのある、あやふやな存在じゃないといけない」
「なっ……、まさかその程度の理由で……!?」
「それだけじゃないけどね。色々と準備も整ったし、そろそろ良いタイミングだったんだよ。これ本当だよ?」
「しかし――」
老人の最後の言葉は、何者かに徹底的に叩き潰された。
「……うるさい老人だ」
ぬちゃ、と血に塗れたナイフを抜く細身の男。
老人は、声を漏らすことなく絶命していた。
背後からのナイフでの一撃。苦しまずに死なせる見事なテクニックだった。
「やあ、ダンケルク。そっちの仕事はもう終わったのかい?」
「当然だ。それにしてもリーダー、どうしてこいつにさっさとトドメを刺してやらなかった?」
「暇つぶし。どうせ彼はすぐ死ぬ運命だったし、最後くらい楽しい会話をしてあげてもいいかなって」
「相変わらず酷い奴だ」
「天に送り届けた張本人が言うのもどうかと思うけどね」
「――お前達!!」
老人の死体の上でのんきに会話をしている二人に、元同僚の連中が取り囲んでくる。
「何故裏切れた? 『不完全』は俺達にとって、親同然であり、命の恩人だろう!?」
「質問が多い日だね。何故裏切れたかって、そりゃ、僕達はそこまで『不完全』に恩義を感じてなかっただけだよ。命の恩人だなんて思ったことすらない」
「行き場のない孤児だった私達を拾ってくれた組織なのよ!?」
「関係ないさ。それに言ったろ? 僕らは『不完全』。今の組織みたいに完全な存在になりたいわけじゃない。組織内で争いが起きて、その結果組織が崩壊する。そんな『不完全』さの方が居心地がいいのさ。残念なことに『不完全』穏健派は僕にとっては不快そのものに成り下がってしまったのさ」
「……まあ、正直イング率いる過激派の方が面白い日常を送っていたのは事実だろうな」
「あ、ダンケルクもそう思ってた? 僕もイングみたいな気持ち悪い奴さえいなければ過激派にいても良かったんだけどね」
「……こいつら、意味が判らない……!!」
取り囲む連中は、もう二人の説得を諦めたようだ。
それぞれ自前の神器を取り出し、二人に矛先を向けてくる。
「学習せん奴らだな……」
そんな状況であるにも関わらず、ハンカチで丁寧にナイフを拭くダンケルク。
「だね~。たった今上司が殺されたばかりなのにね」
さも楽しげに、同意したリーダーと呼ばれた男。
「お前らだけは許さない。死んでもらう」
「覚悟してもらおうか」
神器が光りはじめ、力の放出が始まるその瞬間だった。
「終わったな」
「終わったね~」
取り囲んでいた彼らは、最後の瞬間をどう迎えると予測していただろうか。
まさか全く死の自覚すらなく息絶える、それも胴体だけが宙に浮く形で死ぬなど予想もつかなかったに違いない。
ドチャッと切断された胴体が地に落ちる音がする。
真っ二つにされた彼らの死体は、さながらよく出来た剥製の様。
切断場所以外から血が漏れることもなく、遺体は綺麗なものだった。
「リーダー。こちらの仕事も終わったぞ」
現れたのはミスリルの鎧を纏い、持ち上げるには大の大人でも3人は必要になりそうなほど大きな大剣を、片手で振う女だった。
「いつも仕事が早いね、アノエ」
「仕事は早く終わらせるに限る。余暇を多く楽しめるからな」
それほどの大剣を、これまた簡単に背中に背負ったアノエと呼ばれた女は、仮面の男に進言する。
「リーダー。『不完全』穏健派の残党は殲滅した。次は何をするつもりなのか?」
「うん。当面は当初の目的通り『龍』を集めるよ。全てが揃ったとき、この不完全な世界は楽しいことになる。アノエだって、気に入る世界だ」
「そうか。リーダーがそこまで言うのなら楽しみにしておこう。そうだ、ダンケルク。『不完全』のアジトに良い剣はあったか? もしあったのなら頂いておきたい」
「そうさな……、俺が見る限り業物はなかったな。どうせほとんどが贋作だしな」
「それもそうか」
「そろそろ行こうか。皆もう待ってるかも」
「リーダーが遊んでるからだろうに」
「リーダーに期待したダンケルクが悪い」
「全く、二人とも心に刺さることを言うねぇ……」
多くの屍を踏みつけながら、三人はアジトを後にする。
贋作士集団『不完全』。その中でも特に『不完全』な者達が起こしたクーデター。
彼らがウェイル達の前に姿を現すのは、そう遠くない未来のことであった。
今回で龍と鑑定士 第九章は完結になります。
次章、第十章 貿易都市ラングルポート編『暴走! 超弩級艦隊』編
よろしければ続けてご覧いただけたらと思います。