上機嫌なフレス
「ごめんって、ウェイル~」
フレスが涙目になりながら謝ってくる。だがもうその手は通じない。
もはや直す気も起きない。だったら直さなくてもいい方法があるのではないか?
そう思った瞬間ピンと閃いた。
「いい方法を思いついた。この服の後ろに翼が通れるくらいの穴を空けておけばいいんじゃないか?」
――うむ。我ながら素晴らしいアイディアだ。だがフレスはなんだか乗り気じゃない。
「そ、それは……!? は、恥ずかしいよう……」
ローブを握り締め、顔を赤らめる。しかし、もはやその手は俺には通じないのだ。
「お前、着替えを見られてもいいって言っていたじゃないか。それなのに恥ずかしいのか?」
「それとこれとは別問題だよ……。……それにボクはウェイルだから見られてもいいって……」
「何か言ったか?」
フレスは赤くなっていた顔をさらにトマトのように真っ赤にしていたが、今のウェイルにはフレスの作戦にしか見えなかった。
(その手は二度と乗るものか)
「むぅ! もういいよ!とにかく恥ずかしいの!!」
不機嫌そうに顔を背けるフレスに、ウェイルは釈然としない思いを感じた。
(どちらかというと不機嫌になるのは俺の方なんだが……)
「まあ聞けよ。今、巷では背中に穴を開けるのがファッションとして流行っているんだぞ?」
「ウェイル、それ嘘でしょ……」
もちろん嘘だ。フレスの天然っぷりに期待して適当に振ってみたものの、さすがに見破られてしまった。
もっとも、この程度の嘘を見破れないようでは鑑定士としては失格なのだが。
しかしこれ以上服を破られるのも困りものだ。
「じゃあ穴が隠れるようにするから。な、それならいいだろ?」
「むぅ……そ、それでいいよ……」
急がないと汽車がマリアステルに到着してしまう。ウェイルは大至急、服の修繕に取り掛かった。
――●○●○●○――
「どうだ?」
「うん、悪くないね!! ちょっと背中がスースーするけど」
「それくらい我慢しろ」
汽車がマリアステルに到着する直前で、フレスの服の改良を終えることが出来た。
穴は目立たなく、それでいて翼を悠々と広げることが出来る。
(うむ、我ながら素晴らしい出来だ)
完成品の出来の良さに、思わず唇を吊り上げるウェイル。
「……視線が怖い……」
その様子に怖気づくフレスがいた。
二人は汽車から駅のホームへと降り立った。
「凄い人数だね。お祭りでもあるの?」
「この都市はいつもこんな感じだ。今日は少し多いみたいだが」
マリアステル駅の混雑はいつものことだ。
ここマリアステル駅は、アレクトリア大陸でもっとも大きな駅である。
マリアステルへ行商、競売に訪れる人々、その人々が求める商品、美術品などは全て汽車で運輸されていて、ここからマリアステルの各地に物資が届けられるのだ。
いわばここはマリアステルの心臓部なのである。
慣れているウェイルからすると大したことはないが、初めてきたフレスはあまりの人の多さに、心底驚いている様だった。
「はぐれそうだよ~」
「ならしっかりと手でも握ってろよ」
そういうとウェイルはフレスの手を握った。
「――あっ」
「どうした?」
「いや、なんでもないよ……」
(ウェイルから手を握ってくれた!?)
――バサァッッ。
「おい、何翼広げてんだ?」
「ええ!? ……いや、なんでもないよ。ただちゃんと穴から翼が出るか試しただけだよ」
「そうか。どうだ? 結構いい感じだろ?」
「そ、そうだね……」
――ドキドキ。
フレスは無意識に興奮していた。
(…………?)
フレスは己に湧き上がる感情を整理し、一つの結論をまとめる。
(――嬉しい)
何せウェイルから手を握ってくれたのは、これが初めてだったからだ。
そして何より――懐かしかった。
――あの楽しかった日々を再現したかのような、そんな感覚に陥る。
あの日々。それフレスが未だウェイルに語っていない過去。
大切な思い出の中の記憶と、今の自分を重ね合わせて、フレスは懐かしき回想に思いを馳せていた。
ウェイルの方はと言うと、急に上機嫌になったフレスを見て不思議に思っていたのだが。
――●○●○●○――
無事に人ごみから抜け出し、二人はこの都市の生命線とも言える大通り"競売通り"に出た。
多くの人が行きかうこの通路は、その名の通り常に競売する声が飛び交う活気あふれる場所で、この都市の名物である。
都市の中心に存在するプロ鑑定士協会本部から八方に伸びていて、それら全てを総称して"競売通り"なのである。
この通路を真っ直ぐに進めば、迷うことなくプロ鑑定士協会本部へと着ける。
「ウェイル~、早く塔に行こうよ!! 屋上に行きたいよ!!!」
「まずは腹ごしらえだ。お前も腹減っただろう?」
――ぐぅ~。
フレスは言葉より先に腹の虫で答えた。
「じゃあ、どこか食いに行こう」
ウェイルはフレスの手を握ったまま、食べる場所を探し始めた。
「ふふん♪」
お腹は空いているが、心は満ち足りていたフレスであった。