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龍と鑑定士  作者: ふっしー
第三部 第九章 図書館都市シルヴァン編『インペリアル手稿と神器暴走』
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決別と決意

 地に降り立つとウェイルが佇んでいるのが視界に入る。

 空から突如として降り立った私の姿を見て、相当驚いているようだ。


「レイア!? お前どこから!?」

「ウェイル。ごめん、色々と話したいことはあるのだけど、今は少し急いでいてね。また連絡する」


 せっかく可愛いお弟子さんがいない状態のウェイルと二人になれたのは良いけれど、今はそれどころじゃない。

 急がねば追手がやってくる。

 図書館の状態を外から見ると、幸いまだ消火活動に夢中で、盗難に対しての厳戒態勢にはなっていないようだが、それもいつなるか判らない状況。

 ラルーがことの異常さに気がつけば、すぐさま厳戒令は発令されるはずだ。


「無事だったんだな、よかった」

「え、あ、うん……そうだね」


 ウェイルが自分を心配してくれていることに、心の底から嬉しさを感じる。

 同時にこれからしばし裏切らねばならないことに、自己嫌悪を感じてしまう。


「なあ、レイア。図書館は一体どうなってんだ!?」

「ウェイル。本当に急いでいるんだ。ごめんね」


 彼の顔を見れば決心が鈍る。

 私はどんなことをしてでも、この第一種閲覧規制書物を持ちかえらねばならない。

 だから顔を伏せて、走り抜けた。

 すでに仲間が周囲を囲み、私の逃げる体制を整えているはず。

 先程空中で吹いた風は、予めテルワナ達に指示しておいた天候風律による突風だ。

 事前に部下を三班に分け、それぞれに指示を出しておいた。

 一つ目は主班。シルヴァン中心部にある神器『もう一つの原始太陽』《ソラリス・モノリス》の部分破壊+監視+私の行動支援全般。

 二つ目は保険班。ソラリス・モノリスの復旧が早すぎた場合の作戦用神器『天候風律』《ウルトラファン》の起動+操作。

 保険班のおかげで、私は空から舞い戻ることが出来た。

 そして三つ目は――。


「ウェイル! レイアさんを止めて!!」

「フレスちゃん!? どうしてここに!?」


 間違いなく暴風で吹き飛ばしたはずの彼女が、どうしてかここにいた。

 驚くのと同時に、私は彼女の持つ得体のしれない何かについての考察を開始する。


(あれだけの高さから、しかも天候風律の風に吹き飛ばされたんだ。並みの神器じゃまず助からない)


 人工神器を用いた線は薄い。

 とすれば旧時代の神器にしか可能性はないが。


(力の強い神器を持っている? 言ってはなんだけど、彼女はたかが素人のはず。ウェイルですら『氷龍王の牙』《ベルグファング》しか持っていなかったはずなのに、彼女が持っている道理があるのかな)


 そもそもフレスは青のワンピースに少し厚着した程度の軽装だ。神器を隠し持てる場所などない。


「君は、一体何者なんだ……?」

「ボクはボクだ。レイアさん、その本を図書館に返して!」

「――本を図書館に返す? どういうことなんだ?」


 背後にはすでにウェイルがいた。

 一切の事情を知らない彼は混乱の極みにいる。


「ウェイル! レイアさん、一番見ちゃダメな本を持っているんだよ!」

「第一種閲覧規制書物のことか!? 本当か、レイア!?」


 私の肩にウェイルの手が乗る。

 久しぶりにウェイルと触れ合った瞬間で、普段なら悶絶ものだけど、状況が状況だ。歓喜するのは後にしよう。


「先に謝ったよね、ウェイル」


 私は肩に置いてある手を、これでもかというくらい強く跳ね除けた。

 ウェイルの呆気にとられた顔が酷く印象的だった。


「ウェイル。この大陸、そして僕の親友が今、この本を必要としている。いくら君でも邪魔するなら容赦しないよ」


 私は最終手段をとることにした。

 三つに分けた三班目。

 それはテルワナ率いる武力勢力。

 最初の計画では使う必要はないと考えていた班だ。


「テルワナ!」

「承知したしております。テメレイア様」


 建物の陰から現れた、武装集団。

 これらすべてテメレイアの雇う傭兵軍団なのだ。

 数にしてなんと五十。

 いくらウェイルが強くとも、彼らは出会ったときに倒した7人とは格が違う。

 一人一人が戦争を生き抜いてきた猛者達だ。ウェイルとフレス、たった二人になど勝機はない。


「ウェイル、そしてフレスちゃん。ここは素直に引き下がって欲しい。大切な君達に怪我させるのは心が痛い」


 ウェイルとフレスは剣を突き付けられて動くこともままならない。


「レイア……」


 ウェイルがじっと私を見つめてくる。

 痛いぐらい、切実な目だった。

 思わず目を背けてしまう。

 しかし、唐突に聞こえた思わぬ声に、私は頭を上げる結果となった。


「レイア。俺達に脅しは効かない。相手がたとえ千人いても余裕だからな」


 その声に嘘の色は全くなかった。

 だからこそ、そのセリフを冗談だと受け流せなかったのだ。


「…………どういうこと……」


 呟いたが、少し推理してみれば分かる。

 そう、ウェイルの隣に佇む小さな弟子。

 彼女は何か得体の知れない力を持っていることに間違いない。


「テメレイア様よぉ。どうしてくれましょうか。この男には少しばかり痛い目を見せてやりましょうか」


 雇った傭兵の下種な声が耳に触る。


「もしお前がウェイルに傷一つつけたら――殺す」


 私の声はそれほど低かったのか。

 血気盛んな傭兵ですら、気迫に押され無口になってしまった。

 彼らを剣で脅しながら、しかし傷をつけたら殺す。

 自分で指示しておいてなんてなんだが、ひどく自分勝手な命令だ。


「君の弟子は何者なんだ」

「さてな。最高の弟子とだけ言っておこう」

「この状況で、実に君らしい返答だね」


 ウェイルのはったりという可能性は、すでにテメレイアの中では消えていた。

 彼の弟子の不気味なポテンシャルは、先程の空中から生き延びた時点で理解していたからだ。


「皆、剣を引いてくれ。彼らには直接的な脅しは効きそうにない」


 渋々と言った様子だったが、素直に剣を引く部下達。


「レイア。その本をどうするつもりだ」

「持ちだす。必要なんでね」

「図書館で読んで暗記すれば良かっただろう? お前なら出来るはずだ」

「言ってくれるね。本丸々一冊を暗記するだなんて」

「出来るんだろう?」

「無論出来るさ。でも、それじゃ意味がないんだよ。この本を読みたいのは僕だけじゃないし、何より本そのものに役割があるんだからね」

「役割だと?」

「これ以上は話せない。ともかくこの本は必要なんだ。君達に止められるわけにはいかないのさ」

「なら何故剣を下げさせた?」

「無意味なんだろう? 考えてみればその通りだね。何せ君達はクルパーカー戦争やリベアの株式闘争に巻き込まれて生き残っているのだから。君の弟子に何か秘密があるのは間違いないね」

「無意味だと判っているなら、なおさらどうしてだ。俺達がこのまま見逃すと思ったのか?」


 もちろんそんなわけはない。ちゃんと対策は講じてあるさ。


「君らには直接的な脅しは効かない。ならば間接的な脅しを掛ければいいだけさ」


 そう言って私は、一つの神器を取り出してウェイルに見せた。


「これ、最初に図書館を爆発させた爆弾の遠隔操作装置なんだ。実はね。爆弾はもう一つある。どこだか判るかい?」

「……第一種閲覧規制書物閲覧室か」

「ご明察。確かあそこにはまだラルーさんがいるはずだ。大陸屈指のレアな書物もたくさんある。そこを爆破すれば、どうなるかは判るよね?」


 ウェイルは甘い。甘すぎる。

 だからこそ、自分のせいで関係のない人間が巻き込まれることを強く嫌う。

 そういう甘いところが好きになった一因でもあるが、ここは利用させてもらう。


「図書館が閲覧室に危険物の持ち込みをさせるわけがない」

「あのね、ウェイル。僕を馬鹿にしていない?」


 ウェイルの言うことは常識中の常識だ。

 常識だからこそ、持ち込むには様々な手を尽くさねばならない。

 私にとってその程度のことは朝飯前。ウェイルだってそれを知ってるし現に悔しそうな顔をしている。


「君らがここで僕を見逃せば爆弾は爆発させない。良い取引だろう?」

「お前らが爆弾を仕掛けたという証拠はどこにもない。はったりの可能性だってあるだろう?」

「同じことさ。どの道君らには爆弾が本当に仕掛けられているか確認することすら出来ないんだから」


 ウェイルは甘い。

 故に結局、爆弾があろうとなかろうと、ウェイル達に調べる術がない以上下手に行動できない。

 本来プロ鑑定士とは、依頼品や貴重品、高価な品をとにかく大切にする。

 1%でも貴重品が傷つく可能性があるならば、その方法をとろうとはしない。


「これがはったりであろうとなかろうと、君らは動けない。違うかい?」

「……悔しいがその通りだ」


 ウェイルだってその例に漏れない。

 時間を考えると、そろそろ図書館から厳戒令が出てもおかしくない。


「そろそろ行くよ。三日間楽しかった」

「…………」


 ウェイル達は無言だった。

 ただただ、こちらを睨んでくるだけ。

 それが無性に寂しく思える。


「皆、行くよ」


 部下を連れて、ウェイルに背を向ける。

 私には一つ予感があった。

 彼らは再び私の前に現れる。

 その時には全てを話そう。

 彼らと再び笑いあいたいから。

 全てが終わった時、彼に伝えよう。私の積年の想いを。

 私はそう誓い、この都市を出ることにした。




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