図書館都市の異変
「ねぇ、ウェイル! 起きてよ! ウェイルってば!」
やかましい聞き慣れた声で目を覚ます。
「ん……、どうしたよ……」
「ウェイル、大変だよ! 大変なことが!!」
「何が大変なんだ……。今日は鑑定は休むことにしたんだ、眠らせてくれ」
フレスが騒々しいのはいつものこと。
もう一眠りしようとゴロリと体を横にするも、珍しくフレスが食い下がってくる。
「鑑定どころじゃないんだよ! 都市が! 大変なことに! 外を見てよ!!」
フレスが窓を指さす。ゆっくりと起き上がって開けてみた。
「なんなんだ、まだ暗いじゃないか。寝かせてくれ」
「何言ってんのさ! 暗いからおかしいんだよ!」
「それのどこがおかしい…………、って、なんだと!?」
流石のウェイルも眠気が吹き飛ぶ。
ウェイルは朝から眠り始めたはず。
「もう夜なのか!?」
「もう、違うよ!! 時計を見てよ!」
フレスに促されるまま時計で時間を確認してみる。
時計の針は、確かに今が昼であることを告げていた。
「まだ昼の二時!? どうしてこんなに暗いんだ!?」
「ボクだってさっき起きて何がなんだか判らないよ! 外がやけにうるさくて、起きてみたらこんなに!」
「シルヴァン全体が……真っ暗だった、ということか」
時計の針は昼の二時十分を回ったところ。
それにも関わらず、外はまるで夜の様に真っ暗であった。
しかしウェイル達の周囲、つまりホテル周辺は暗いとはいえ本が読める程度は明るい。
「もしかして図書館の木の影か……?」
「この辺は影の影響も少ないってことかな」
二人して空を見上げてみる。
図書館からそこそこ距離のあるここら一帯は、微かではあるが太陽光が届いていた。
「図書館の周囲、大変なことになってる……」
点々とランプの灯りだけがユラユラと浮かび、後は漆黒の闇が都市を包んでいる。
その原因はシルヴァニア・ライブラリーの大樹が太陽光を完全に塞いでいることだ。
「ソラリス・モノリスに何かあったのかな!?」
「おそらくはな。核心は持てないが」
この都市を明るく照らしている神器。
あれに何かあったと考えるのが妥当かも知れない。
「図書館の中も真っ暗じゃないの!?」
図書館の中はランプも多い。
しかしこの異常事態だ。図書館の中も安全とは言い難い。
「だとしたら、レイアも危ない」
何が起こっているのか判らない。
ただ一つ判るのは、図書館の周りから光が消えているということ。
「どうするの!?」
「どうもこうも……」
テメレイアのことが心配で助けに行きたい気持ちもある。
しかし、実際どうすればいいのかウェイルにすら判断不能なのだ。
「とにかくテルワナに聞いてみるしかないだろうな」
二人はすぐさま部屋を出て、現状をテルワナに問い詰めた。
「どうなってるんだ!? 図書館は一体!?」
「実はですね、話によると図書館の周囲を照らしていた神器『もう一つの原始太陽』《ソラリス・モノリス》に不具合が生じたとか」
「……やはりそうなのか」
想像通り、神器に何かあったようだ。
あれが破壊されればこう暗くなることも必然である。
「復旧はいつになる!?」
「それがさっぱりでして。何せ相手は神器です。詳しいことを知る人間はいないでしょう」
確かにその通りだ。人工神器ならまだしも、あのソラリス・モノリスは旧時代の神器のはず。
詳しい人間などいるわけがない。
そう、人間は。
「今、プロ鑑定士協会に連絡を取って神器に詳しいプロ鑑定士を派遣してもらう手筈になっているそうです」
プロ鑑定士協会になら旧時代の神器を研究している鑑定士もいないことはない。
だが、ここは辺境の地。今からすぐに汽車を走らせても到着まで数日はかかる。
「判った。なら俺達が行こう」
「ウェイル殿が!? 何故!?」
「神器に詳しい弟子がいるんでね」
そう、人間には判らないかもしれない。
だが龍であれば話は別だ。
「ボクならたぶん判ると思う。神器回路にはそこそこ自信があるんだ」
「俺達が行く。テルワナ、何か灯りはないか」
すでにウェイル達は行く気になっている。
しかしテルワナはそれを良しとはしてくれなかった。
「いけません、危険です! テメレイア様のご友人を危険な目に遭わせるわけには」
「そのテメレイアが危険な目に遭っているんだろう!? 助けなくて何が親友だ!」
ホテルのロビーに置いてあった照明用神器を見つけると、ウェイルはそれを持って外に出た。
「心配せずともすぐ戻る。俺には良い弟子がいるからな」
「任せてよ」
二人は闇に包まれた都市へと向かう。
神器を治して、親友を救うために。
「おい、先回りしろ。何としても止めるんだ」
テルワナの静かな命令が発されていたことも知らずに。