競売都市 『マリアステル』
芸術大陸――『アレクアテナ』。
そこに住まう人々は、芸術や美術を嗜好品として楽しみ、豊かな文化を築いてきた。
そしてそれら芸術品を鑑定する専門家をプロ鑑定士という。
彼らの付ける鑑定結果は市場を形成、流通させるのに非常に重要な役割を果たしている。
アレクアテナにおいてプロ鑑定士とは必要不可欠な存在なのである。
――そのプロ鑑定士の一人、ウェイル・フェルタリアは、龍の少女、フレスベルグと共に、鑑定の仕事で大陸中を旅していた。
――●○●○●○――
――ガタン……ゴトン……。
聞きなれた汽車の音の中、今までの旅の中にはなかった声がそこにあった。
「ねーねー、ウェイル、凄いよ!! 速いよ!!」
「分かったから落ち着け……」
プロ鑑定士のウェイルと、その弟子フレスの二人は、プロ鑑定士協会本部のある都市『マリアステル』へと向かっていた。
「だって! 風も気持ちいいし!」
フレスは初めて乗る汽車に興奮が収まらないようだ。
対するウェイルはというと手元を見つめ、黙々と作業していた。
「ねー、ウェイル!! 見て、あの村! 羊がいっぱいだよ!! 食べたいよ!!!」
「マリアステルに着いたら食わせてやるよ。だから落ち着け」
「ウェイル、ウェイル!! 凄くキレイな山だね!! あの雪、気持ちいいんだろうなぁ……ねぇ、行ってみようよ、ウェイル!!」
「あーーーー、うるさい!! 少し黙ってろ!! それにお前、興奮しすぎるとまた――」
「――あっ」
――バサァッッ、バリッ――
フレスの背中に青白く輝く一対の翼が出現した。
着ていたローブを破って。
「言わんこっちゃない……」
フレスは興奮すると龍の姿に戻ってしまう体質なのだという。
ラルガ教会での戦いでは"キスをする"という方法で興奮し、フレス本来の姿である神龍『フレスベルグ』の姿へ戻った。
しかし、フレス曰く興奮する度合いというものがあるらしい。
中途半端に興奮すると翼だけ出現させてしまうそうだ。
さらに面倒なことに、興奮の程度によって翼も2枚、4枚、6枚と枚数も変わってくるらしく、今回の場合は2枚出現している。
これはそこそこ興奮しているらしい。
もちろん気をつけていれば翼の出現を抑えることは可能であるそうだが、如何せんフレスは素直すぎる。
言い方を変えれば天然なのだ。到底無理な話だ。
「お前、今日何回目だ?」
ギロリとフレスを睨む。
「むぅ、三回目……」
フレスはウェイルの目線から逃げるように顔を背けながら答えた。
「別にお前が興奮するのはいいんだ。お前にとっては初めての汽車なんだ。興奮するのは仕方ないと思うよ? だから少しくらいはしゃいでくれたって構わないさ。だがな――」
作業している手を止め、少し間を置いて言い放つ。
「翼が出るたびに服が破れるだろ!! いい加減にしろ!! もう三回も破りやがって!!」
「仕方ないじゃない、外の景色が凄いんだもん!!」
「あのなぁ、そうやって破った服は一体誰が直してるんだ?」
ウェイルがさっきから黙々とこなしている作業。
それは――裁縫だった。
鑑定士は様々な技能を習得していることが多い。技能を得ていく内に自然とその専門分野に詳しくなるからだ。裁縫もその然りであり、もちろんウェイルは裁縫にも心得がある。
しかもどちらかというとウェイルは裁縫が得意な方だ。だからといって一度直した服を何度も何度も直すのはいい加減嫌気が差してくる。
「うう、ごめんなさい、ウェイル。でもどうしても興奮してしまうんだよ……」
フレスが涙目で、しかも上目遣いでウェイルを見た。女の武器フル投入である。
流石のウェイルでもこの攻撃には立ち向かう術を持っていなかった。
「……わかった、次が最後だぞ……。もう直さないからな!」
「ありがとう、ウェイル♪」
――男って弱い生き物だよな……と、改めて実感したウェイルであった。
「ほら、直ったぞ。早く着替えろよ」
「うん♪ ボクの着替え、覗いてもいいからね!」
「目を瞑っておくからさっさとしろ!」
ちぇーっ、つまんない、とフレスが愚痴を漏らしているが無視してやる。
(――全く龍の考えることは分からんな……)
聞きなれて赤面することもなくなった衣服の擦れる音。
音が止んだのでどうやら着替え終わったようだ。
「終わったか?」
「終わったよ~」
目を開くと、しっかりと服を着たフレスがいた。
「本当に見なかったの? ウェイルになら見せても良かったのに~」
「何言ってんだ、お前……。もう翼を出すんじゃないぞ!」
「わかってるよーぅ」
龍には恥じらいってものがないのだろうか。
「それよりさ、ウェイル。ルークさんから貰った資料、何が書いてあったの?」
――ラルガ教会の事件が終った後、駅で別れ際にルークからある資料を貰った。
何でもその中には違法品に関係した情報があるという。
「まだ見てない。見ようと思っていたんだが、誰かさんが服を破り散らしてくれたおかげで見る時間が無かったよ」
「むぅ、ウェイルの意地悪」
フレスはぷーっと顔を膨らます。
「じゃあ今から見ればいいじゃない」
「そろそろマリアステルに着く時間だ。鑑定士協会に戻ってゆっくりと読むとするよ」
――競売都市『マリアステル』。
王都『ヴェクトルビア』と並ぶ、アレクアテナ大陸屈指の大都市だ。
ほとんどのオークションハウスの本部がこの都市にあり、一年中様々なオークションが開催されている。
世界中から多くの商売人、鑑定士、そして大富豪が集まり、アレクアテナ大陸でもっとも貨幣が集まる都市だといわれている。
そしてこのマリアステルには、商いに関する二大組織『プロ鑑定士協会』と『世界競売協会』が本部を構えており、その巨大な建物はこの都市のシンボルとされている。
鑑定士が大陸から集めた情報は全てここで管理されており、新たな贋作を発見する度に全ての鑑定士と情報が共有される。
「そろそろマリアステルが見えてくる頃だ。――あれだ、あの二つの塔があるところ」
ウェイルは窓から見える、都市の中心にそびえ立つ、二つの塔を指差した。
「あの右の塔がプロ鑑定士協会本部だ。そして左が世界競売協会本部。どちらも凄い建物だろう?」
「す、すごーい!!! 高いよ、あの塔高すぎるよ、ウェイル!! 頂上が雲で隠れてるよ!! 今からあの塔に行くんだよね!!」
「ああ、そうだ。頼めば屋上まで案内してくれるかもしれん」
「本当!? 早く行きたいよ、ウェイル!! すぐ行こ! 早く行こ!! さっさと行こ!!!」
「おい、フレス、あんまりはしゃぐと――」
「――あ」
――ビリッ、バサァッ……。