テメレイアの過去
気がつけば、私は多くの人に囲まれていた。
しかし、子供ながらに察していたのかもしれない。
周りの人たちは、決して自分を慕って集まったものではないのだと。
私には父がいる。
デイルーラ、リベアという巨大企業には及ばないものの、その後に続く様々な事業に手を出している貿易企業「ウィルハーゲン・コーポーレーション」の社長だ。
誰もが道を譲るほど大物である父の寵愛を一身に受ける私に対し、周囲の人間が取る行動は、妬むかへつらうか、そのどちらかしかなかった。
そんな人達も、私が十歳になる前に、態度が一変した。
その理由はただ一つ。
私が天才だったからだ。
それも飛びっきりの天才だ。
楽器を持てば、三日で熟練のプロのように奏でることが出来たし、一度見聞きしたことは、絶対に忘れない。
特に才能が発揮できたのは経済関係で、私がたった数十枚の資料を見通しただけで、どの株価が上がるか容易に予想できた。
そして決まってその予想は的中したのだ。
才能が開花した辺りから、父の様子も急変した。
私の才能は金になると睨んだからだ。
会社の経営や方針など、何から何までわずか十歳の私に押しつけてきた。
それでも私は天才ゆえ、それを当り前のようにこなしてきた。
もはや必然ともいえるほど、テメレイアの経営方針は的中し、会社はますます大きくなっていった。
気がつけば私の周りには妬むものなど誰一人いなくなっていた。
妬んでいても、その才能を見るや否や、すぐに態度を変えてくるからだ。
誰もが私の才能によって生み出されるおこぼれにあやかろうとしてくる。
私の周りに残ったのは、元々へつらってきていた人間と、そして新たに出現したおこぼれに預かろうとする卑しいものだけ。
そんな人間に囲まれる日常に、嫌気が差すのも時間の問題だった。
私は常に父から監視・軟禁されていた。
許可なしに館から出ることも叶わず、外に送る電信や手紙の類一切も全て禁止されていた。
おかげで随分と孤独な幼少時代を過ごした。
父から言わせれば当然のことではある。
何せ私は、この天才的な才能を生かして次から次へと金を生むことが出来るのだ。
そんな打ち出の小槌の様なお宝を、早々手放すわけもない。
さらに言えば、私は諸刃の剣である。
私がライバル企業に寝返りでもすれば、それこそ父の会社は即倒産だ。
何度か軟禁生活が嫌で父に抗議したことがある。
もっと自由にさせろと何度も訴えた。
その訴えは、暴力を持って棄却された。
お前は私の為に、その才能を使い続ければいい。
激昂した父は、そう叫びながら何度も何度も私を殴った。
私が唯一持ち合わせていない腕力という強大な力に、屈服せざるを得なかった。
ある日、私は息の詰まるようなこの軟禁生活から脱しようと、脱走を図った。
練りに練った作戦だった故、作戦開始当初はとても上手くいった。
警備の目をごまかし、街に出て、船を出した。
久しぶりに乗った船に、私は興奮し、十歳ながら明るい未来を夢見ていた。
計画が詰まったのは、目的地であるリグラスラムに到着してからだ。
難民の多いここは、身を隠すにはもってこいの場所。
故に父に見つかる可能性は低いと考えていた。
しかしそれは浅はかであった。
父は私のことをよく知っている。
天才ゆえ、どこに行けば効率よく逃げることが出来るかという、そういう私の思考を読み切っていた。
父は大金を叩いてリグラスラムの住人を雇い、私を確保しようとしていたのだ。
天才的な頭脳があるとは言え、所詮は子供。
逃走順路を推測するものの、体力が追いつかない。
数人の男達に追いかけられた私は、すぐに周囲を取り囲まれてしまったんだ。