命の恩人
その日の夜はとても思い出したくのない過去の黒歴史暴露大会となり、ウェイルに立つ瀬などなかった。
テメレイアの記憶力は異常の一言で、ウェイルと出会い行動した全ての事柄について、まるで全てメモしたかのように完璧に口頭で言ってのけた。
何が怖いか、その際のセリフ、発言の日付、時間、さらに言えばウェイルの仕草一つ一つなど全てこの場で再現して見せたのだ。
思わず鳥肌が立ってしまったことは内緒である。
最初こそどうにかしてテメレイアの口を封じようと話を逸らしたり逃げようとしたりしたものだが、テメレイアの話術はもはやプロ顔負けのモノで(いくつも事業を成功させているのだから実質プロではある)、すぐに話を元に戻されてしまう。
師匠の恥ずかしい過去にケタケタ笑うフレスと、語りながらニヤニヤ唇を釣り上げるテメレイアに、もうどうにでもなれと諦めることにしたのだった。
夜も更け、自分の黒歴史を暴露されることに慣れてしまったウェイルは、顔面真っ赤になるような話の最中でも、うとうと出来るようになっていた。
考えてもみればウェイルに睡魔が襲うのは当然と言えば当然である。
何せ数日前までは、新リベアブラザーズと経済戦争をしていたのだ。
あらゆる準備を重ね、実際に株主総会に乗り込み、多くの誹謗中傷を浴びながらも勝利した。
その激動の株主総会を経て、休む暇なくヴェクトルビアで勲章を授与され、これまたすぐにカラーコインの鑑定のためシルヴァンへやってきた。
息をつく暇もないほど多忙な日々に、ウェイルには休息が必要だったのかもしれない。
二人の笑い声を子守唄に、ウェイルは深い眠りへと落ちていった。
「おやおや、君の師匠はお疲れのようだね」
「最近忙しかったからなぁ」
小さくいびきをかくウェイルに、目を奪われる二人。
「ふふ、こう見るとウェイルもただの子供にしか見えないね」
「レイアさんは今でもウェイルを子供みたいにあしらっているじゃない?」
「はは、そう見えるかい?」
「うん。だってウェイル、レイアさんには勝てないって言っていたし」
「それは謙遜だね。僕、あ、二人の時は私でいいかな? こっちの方が本来の一人称なんだ」
「大丈夫。ボクには気を使わないでほしいな」
「ありがとう。話を元に戻すけど、私こそウェイルには勝てないんだよ」
「レイアさんが?」
フレスは脳内でウェイルとテメレイアを天秤に乗せてみる。
知識、鑑定眼、資産、容姿。
鑑定眼についてテメレイアの実力について判り兼ねる部分はあるが、その他の部分についてはテメレイアの圧勝だ。一体どこが負けているというのだろうか。
「フレスちゃんから見て、私のウェイルに対しての行動はどう見える? 過剰かい? 希薄かい?」
シルヴァンに来る汽車の中から、このホテルに泊まるまで。
テメレイアの行動のほぼ中心には、必ずウェイルへ尽くす気持ちがあるように見えた。
「過剰、だとは思うかな。でもレイアさん、ウェイルのこと大好きって言っていたから、そのせいだと思うんだけど、違うの? 誰だって、好きな人には尽くしたいのが人間だと思ったけど」
だとすれば人間でない自分はどうなのだろうか。
自分で言って、咄嗟にそう思うフレス。明確な答えは見出せない。
「やはり過剰だと思うんだね。……うん、尽くしたい。それはそう思うよ。私はウェイルのこと、本当に大好きなんだ。本人には恥ずかしくて言えないけどね。それにウェイルは私の事、男だと思い込んでいるし」
「ウェイルって、昔から鈍感なんだね……」
「ウェイルが鈍感だと気付いた時の君の気持ち、私にもよく分かるよ。この男はどうしてこう普段は賢いのに、ここだけは馬鹿なのだろうってね」
互いに苦労した面があったのだろう。自然と二人から笑いが漏れる。
「でも私がウェイルに対して過剰に尽くすのは、恋愛感情だけが原因ではないんだ」
そう言うテメレイアはどこか遠い目をしてウェイルを見つめていた。
その顔はとても優しくて――どこか憂いを感じているもの。
「私はね。ウェイルに命を助けてもらったことがあるんだ」
「命を……?」
「そうさ。私にとってウェイルはいわば命の恩人。だからかな、彼の事がとても気になるんだ。気になって気になって夜も眠れなくて、自分を慰めなければ狂いそうになるほどに」
「ウェイルが命の恩人……?」
普段の冷静で、それでいて気さくなテメレイアからは想像もつかない話。
フレスには後半の意味はよく判らなかったようだが。
「君になら、私に近い気持ちを持つ君には、私の過去について語ってみたい。迷惑でないなら、時間をいいかい?」
「そんな、こっちこそボクなんかが聞いちゃっていいの!? ウェイルにすら話していないんでしょ!?」
「逆だよ。ウェイルだからこそ話せない。ならば聞いてくれ。ずっと隠してきたけれど、誰かに聞いてもらって気分を紛らわしたいと思ったことも何度かあるんだ。正体を知られた君にはある意味で丁度いいんだ」
それからしばらく、テメレイアの過去語りにフレスは耳を傾けることとなった。