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龍と鑑定士  作者: ふっしー
第三部 第九章 図書館都市シルヴァン編『インペリアル手稿と神器暴走』
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本音

 フレス達にそんな事件があったなんて露程も知らないウェイルはというと。


「……おいおい、夢じゃないのか、これ……」


 豪華すぎる大浴場に、目を丸め舌を巻いてしまっていた。


「ちょっと、危険すぎやしないか……」


 テメレイアは謙虚にレプリカだよなんて言っていたが、それはどうやら嘘であったらしい。


「本物のラクイエの作品じゃないのか、これ……!?」


 ウェイルが驚きつつもしげしげ鑑定していたのは、浴場の壁に置かれた大きな大理石の彫刻。

 ラクイエ・アルカード。

 アレクアテナ芸術史において、リンネと並ぶ大彫刻家である。

 生前はあのセルクとも親交があったといわれ、セルク・ラグナロクに描かれた龍の彫刻は、彼の名を大陸中に轟かせたという名作である。

 ラクイエの素晴らしいところは、その可憐な彫刻技術と共に、制作スピードがあった。

 彼は一度作品を作り出すと、とにかくすぐに完成させてしまうのだ。

 当然設計、彫刻、研磨などすべての過程を終えてである。

 それ故、彼の作品は数が多い。膨大ともいえる。

 プロ鑑定士協会ですらその全ては把握できておらず、見つかった彼の日誌やメモ、作業効率から察するに、その作品数は優に8000を超えるとされている。

 ゆえに、一つ一つで見れば、あまり金額のつかない作品もあるため、意外にも本物は手に入りやすい。

 しかしながら物によってはリンネと同等、作品によってはそれ以上の価値が付くこともあり、それ故にもっぱら贋作がよく作成される。

 数多くのルクイエ作品の贋作を見抜いてきたウェイルだからこそ、見た瞬間本物だと気づけたわけである。


「ラクイエのサインも間違いなさそうだ。レイアの野郎、どれだけ金が有り余ってるんだよ……」


 ここは大浴場。

 水もあれば、知らない人の手もある。

 いくら数があり安価なものがあるといっても、当然ながらそこそこの値はするのだ。

 そんな貴重なものを、まさかこんなところに展示してあるとは思いもしなかった。


「気になっておちおち入浴もできんぞ……」


 プロ鑑定士の性か、作品のことが気になると怖くてゆっくりなどしてはいられない。


「……ゆっくりできん……」


 湯船に浸かって、お湯を被ってみるものの、次の瞬間には視線は彫刻にくぎ付けに。


「職業病だな、これは」


 あがった後、テメレイアに一言文句を言ってやろう。

 ウェイルはそんなことを考えながら、短い入浴を済ますと、部屋に戻ることにしたのだった。


「……そういえば、フレスの機嫌取りのこと、なんも考えてないぞ……」










 ――●○●○●○――









 ウェイルがフレスのことをどうしようかと思いながらテメレイアの部屋に戻ると、そこには対照的な表情を浮かべた二人がいた。

 テメレイアの苦笑した顔、フレスが俯く姿だ。


「やあ、良いお湯だったかい?」

「ふざけるな。ラクイエ作品の本物があるなんて聞いてないぞ。気になりすぎてゆっくり出来なかった」

「ハハ、ウェイルならそうなると思ったよ。でも、あの作品は200万ハクロア程度の価値しかない。気にする必要はなかったのに」

「200万ハクロアがさも安いという言い方をするな。どう考えても大金だぞ」

「君らにとってはね」

「嫌味な奴だよ、まったく」

「それじゃ僕も浴場に行ってくるよ」


 出て行くとき、何やら意味深な笑みをこちらに向けてきたが、何の事だかよく分からない。


「なんなんだ、レイアの奴……」


 ぶつくさ文句を垂れつつも、そろそろ目の前にフレスと対話を始めねばならない。


(さて、どうやって機嫌を取ったものか)


 首をポキポキと鳴らした後、ゆっくりとフレスの隣に腰を掛ける。


「フレ――」

「あのね、ウェイル」


 ウェイルの釈明、というよりは言い訳は、フレスのぽつりとした小さな声に遮られた。

 フレスの珍しい様子に、ウェイルも疑問に思い、言葉の続きを待つことに。


「ウェイル、ウェイルはボクのこと、どう思う……?」


 フレスにとっては汽車で最も本人に尋ねてみたかった質問。

 対するウェイルは唐突に来た答えの難しい質問に、少し動転していた。


「どう思って……?」


 質問の意味が判らないことはないが、意図が判らなかった。

 どうしてフレスが突然こんなことを言い出したのだろうか。


(レイアの野郎、何か吹き込んだか)


 フレスと視線が偶然合う。

 なんとも言えない空気に、息苦しさを感じてしまう。


「…………」


 しばらくの沈黙。

 シュンと俯くフレスの表情は、なんとなく痛々しい。


「――楽しいよ」


 そんなフレスの表情を見ていると自然に湧き上がってきた感想。


「――え?」


「だから、お前といると楽しい。退屈しないからな」

「ボクといると楽しいの?」

「ああ。なんというかな。お前、龍なのに、幼いところあるし、危なっかしいところがあるだろう。そういうところ、なんだか気になるんだよ。つい手を差し伸べたくなる、というのか。お前と出会って思ったんだが、俺は結構面倒見がいいらしい」

「それじゃボクがドジだからいいっていいの?」

「ある意味そういうことかもな。なんにせよ、ほっとけないんだよ。退屈しないのさ」

「……うう。それじゃなんだかお荷物みたいだよ……」

「それは考えすぎだ。俺はお前にずいぶんと助けられているよ」

「ウェイルが、ボクに……?」

「俺は何度もフレスに命を救ってもらっているし、神器に関しても任せているところはある。そしてそれ以上にな……」

「それ以上に……?」


 ウェイルは勢いで思わずここまで行ってしまったが、これ以上は恥ずかしすぎて言葉が詰まってしまった。

 今鏡を見れば、珍しいことに顔を真っ赤にさせていることだろう。

 入浴後のほてりでフレスには気づかれていないことが幸いではあるが。


(流石に恥ずかしいぞ……)


「ええい、とにかくお前といると楽しい、それでいいだろ?」

「むう、続きが聞きたいんだよ!」

「知らん! もういいだろう!?」


 言葉途中で終わったことに不満爆発なフレスだったが、その表情は先程とは打って変わって明るいものになっていた。

 どうやらフレスの中にあったわだかまりも、少しは解消されたようだ。




 フレスと出会って、ウェイルは大きく変わった。




 『不完全』に復讐することだけを考えて生きてきたこれまでの人生。

 そんな虚し過ぎた人生にフレスは大切なものを与えてくれた。

 それこそは『生き甲斐』。

 復讐以外の人生もあるのだと、ウェイルは師匠という責任ある立場になってようやく悟ることができたのだ。

 復讐を諦めたわけじゃない。必ず成し遂げると心に誓っている。

 ただ、それ以外にも生きる目的ができた。

 今はフレスを立派な鑑定士にする。それが生き甲斐だ。


 そしてその後は。


 プロになったフレスと共に、旅を続けたい。

 恥ずかしすぎて言えないが、ウェイルの本音は酷く純粋なもので、代えがたいものだったのだった。


 二人はいつものペースに戻ると、


「それで、よくもさっきはボクのこと、バカ扱いしてくれたよね」

「なんだ、覚えていたのか」

「まったくもう」

「あら、怒らないのか」

「ボクだって長年生きている龍だからね。そのくらい大人の対応するよ」

「そうかい、そりゃ大人だ」

「大人だよ」


 なんて言いつつ頭を撫でられて気持ちよさそうに笑顔を浮かべるフレスに、ウェイルは吹きだすのを堪えるに必死だった。


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